kanaco
2026-03-15 20:17:33
4498文字
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城砦怪談『机の下』

本作は『縦書き』で作成しておりますので、閲覧の歳も『縦書き』でお読みいただけると幸いです。
城砦怪談シリーズの単作。信一と十二が子供の頃のおはなし。

城砦怪談『机の下』

 
 「なぁ~、マンガの続きが読みたい」

 夜の八時。
 信一の部屋でゴロゴロとしていた十二が、ヒマそうにダダをこねた。

 この時間帯まで入り浸っていればお泊りコースだ。そして十二の提案も、最近は珍しくない。信一の部屋からさほど離れていない空き部屋に、持ち主不明のコミックがたくさん置かれていて、二人はヒマがあれば通っていた。信一は「ええ?」と言ったものの、自分も続きが気になっているシリーズがあった。

 龍兄貴から、子供だけで七時以降に出歩くことを禁止されている。だから信一と十二は内緒で抜け出すことが度々あった。信一の部屋と空き部屋の距離は三十メートルも離れていない。ちょっと行ってコミックだけ持ち出してくるのだ。

 信一と十二はこっそりと廊下を歩き、コミック部屋に入ると電気をつけた。読むマンガを吟味するため何冊か抱え込む。それから部屋の中央に置かれている机に向かった。

 まだ十代の信一と十二には、少し大きい洋風のテーブルセットだった。年齢からみても小柄な十二は、まだ足が床につかずプラプラと揺れてしまうくらいだ。二人は向かい合って座ると、お試しで読書を進めた。そして、しっかりと座ってしまったのが良くなかったのだろう。夢中で読み始めてしまった。

 信一がハッと気がついた時、どれくらいの時間が過ぎたのか分からなかった。十二はまだ本に夢中。信一はキョロキョロと周りを見渡し、妙な違和感を覚えた。

 なにか、変。

 信一はすぐに「城砦が異様に静かだからだ」と気づいた。

 昼間の城砦は活気に溢れているし、夜がきても急に静かになるわけではない。深夜であれば話はまた別だ。昼間と違う仕事をする人間たちが動き出す。とはいえ、人々の生活音はいつでも鳴り響いて、人間が集団で暮らしている気配を濃く知らせてくる。

 それなのに、城砦が静まりかえっているのだ。

 もしや、とんでもない時間になっているのか。

 信一はヒヤリとすると、イスから降りようとした。座面に両手を置き、足を床に降ろそうと目線を下に向ける。そこで、パタリ、と動きを止めた。

 テーブルの下が目に入る。

 そこは暗くて、よく見えない。角度からいっても、奥の方は確認ができなかった。

 しかし、そこに。
 足が二つ、見えたのだ。
 
 信一よりも大きい、白い足。
 つま先から足の甲まで見える。
 足首は…………闇に包まれて、見えない。

 信一は固まり、その足を凝視した。

 人がいる。
 人?

 テーブルの下に、大人が1人。
 いることなどあるだろうか。

 つま先がピッタリとそろって、信一の方を向いていた。
 信一は現実的に想像しようとした。
 どうしても、その先に体が続いている様子が想像できない。
 それなのに、裸足の大人が机の下に、信一と向かい合うように座っている。

「信一?」

 信一は肩を跳ねさせた。視線を真正面に戻す。十二が訝しげな表情をして信一を見ていた。

「どうした?」

 信一は言葉がうまくでず、口をパクパクと動かす。十二が首を傾げた。それから、机の下を覗き込もうとする。信一は反射的に腕をのばし、十二の右手を掴んだ。フルフルと首をふる。

「え、なに」
 十二の疑問に声は出さず、口パクで訴える。

 し・た・み・ん・な。

 十二がピタリと動きを止めたので、信一はもう一度、そろりと机の下を見た。

 白い、足がある。
 まったく、動いていない。

 信一は涙目になって顔を正面に戻した。しかし、十二と目が合わなかった。

 十二の猫のような両目が、上を向いている。

「十二?」

 声をかけても十二が反応しない。ジッと静かに上を見続けている。
 
 信一が掴んでいた十二の手が、急に動いた。信一が驚くと同時に、十二が目線を信一に戻す。しっかりと視線が絡んでから、十二が囁くような声で言った。

「上、見んな」
 
 十二が、信一の手をギュっと握り直した。
 空気が張り詰める。
 信一は固まった。

 
 下を見るな。
 上を見るな。

 
 向かい合ったままお互い動けなくなって、信一と十二はお互いだけを見つめ続けた。
 怖すぎて、体どころか視線さえこれ以上動かせない。
 十二の手がべちょべちょに濡れている。自分の手の平も同じようなものだろう。

 十二を連れて、逃げないと。

 そう思うのに、下を確認する勇気がない。

 もし、まだいたら。
 動いたら。
 
 足を、捕まれたら。

 それに、上って?
 

 信一はゴクリと唾を飲み込む。
 その時。
 

「何をしている」

 突然、膠着している2人の耳に聞き慣れた声が届いた。信一と十二は一斉にドアの方を向く。

 龍兄貴が立っていた。こうなれば上も下も関係ない。小さな体を大きく弾ませて、次には弾丸のような早さで廊下へ一緒に飛び出した。
 
「兄貴!」

 タックルにも近しい強さで飛び込んできた子供たちを、龍兄貴は難なく受け止めた。信一が左足に、十二が右足にしがみつく。2人は兄の後ろに体を隠すと、恐るおそる部屋の中を覗き込んだ。信一は机の下を見たが、さっき見たものはなかった。十二も喋らない。自分と同じなのかもしれない、と信一は思う。それでも怖いままだったので、信一は静かに部屋のドアを閉めた。

「何をしている」

 龍兄貴が言葉を繰り返したので、信一は罰が悪そうな顔をしてキュっと兄のズボンの布を握った。

「ごめんなさい、十二とマンガを読んでたの。もう、お部屋に戻るよ」

 廊下はいつもより薄暗くて、信一は兄貴の表情をしっかりと見ることはできなかった。廊下に取りつけられている電球が、チリチリと点滅しながら弱弱しく光っている。いつも騒がしい城砦があまりにも静かなので、信一は不安になった。龍兄貴が一緒にいることが救いだ。

「帰ろう」
 信一がそう声をかける。
「帰ろう」
 龍兄貴も返事をした。

 ちょっと、兄貴、怒ってるかも……と思ったが、同じ怖いなら、兄貴に叱られる方がよっぽど安心であった。
 
 

 長い廊下を歩いて信一の部屋に辿りつく。

 信一は部屋のドアを開くと、中に飛び込んですぐさま部屋の灯りをつけた。

 暗い廊下を歩いていたため、蛍光灯の煌々とした明るさにとても安心し、ホッと息をつく。十二も同じだったらしく、信一よりも大きなため息をついた。今日はもう寝たい……とベッドに目が吸い寄せられる。しかし、あまりにも怖い思いをしたので心細かった。さっきの”おばけ”が本当に去ったのかも分からない。自分だけではなく、年下の十二だっているのだ。龍兄貴に一緒に寝てもらえたなら心強い。

 信一が龍兄貴に視線を向けると、兄は部屋の前に立ったまま静かに信一と十二を見つめていた。部屋が白いほど明るいのに、廊下が不思議と真っ暗だった。部屋から漏れ出す光が龍兄貴を照らしている。それなのに、足元は妙に黒く見えた。
 
「ねぇ、哥哥も一緒に寝よう?」
 
 信一は龍兄貴の手をゆるく引っ張った。龍兄貴はその場から動かなかった。ドアの下縁にぴったりとつま先がついている。龍兄貴の腕だけが力なく持ち上がり、部屋の中に引っ張られる。
 
「ちょっと怖くなっちゃった。だから今日、おねが……

 「大丈夫」
 
 遮るような声が被さった。信一はビックリして隣を見た。十二だった。一切の瞬きをせず、まるで猫がどこか一点を集中して見つめるかのように、龍兄貴を真剣に凝視している。
 
「俺たち、一緒に寝るから」

 十二が龍兄貴から視線を外さないまま、信一の腕をつかんだ。ゆっくりと手を外させると、龍兄貴の腕がブラン、とまるで落ちるかのように大きく動く。信一は十二を見て、龍兄貴に視線を戻した。明かりが当たっているはずなのに、どうしてか眼鏡の奥がぼんやりと見えた。口元はいつものように笑んでいる。しかし一言もしゃべらない。敷居の線から一歩も動かなかった。
 
「だから兄貴は帰って大丈夫」

 十二はもう一度強く言った。信一の腕をグイっと引っ張ると自分の背中に隠してしまう。それから、ゆっくりと慎重にドアを閉めた。

 パタン、ドアが音を立てた。
 信一と十二は数秒だけドアを見つめると、同時に顔を見合わせた。

「寝ようか」
 信一が言った。
「うん」
 十二が同意した。



 …………………………

 

……ということがあってさぁ」
 
 信一は口に咥えたストローから、ズズズと音を立ててオレンジジュースを吸い上げた。行儀が悪い、と四仔が嫌な顔をする。隣席の不機嫌について、信一は気にせずニッコリと笑う。そして人差し指を下にツンツンと向けた。
 
「ちなみに、このテーブルのこと」
 
 洛軍がギョッとしながら下を覗き込む。それから顔を上げてホッとしたような顔をした。四仔はマスク姿で伝わるほど露骨に顔を顰めた。信一から見て斜め前に座っている十二だけは、気だるげな雰囲気でストロー口を噛んでいる。信一は両手で頬杖をついている、やる気のない幼馴染に声をかけた。

 「そういえば、上に何がいたんだよ?」

 十二は「んー?」と空返事をした。
 十二の猫目が、ぐるんと上を向く。釣られたように全員の両目が天井の方を向いた。

……髪」
「ん?」
「なげぇ、女の髪」
…………
「天井からガキの俺の額のトコまで、まっすぐ垂れてた」

 しばしの沈黙に包まれた後、四人は同じタイミングで目線を元に戻した。鬱々とした雰囲気になってきたことを察して、信一が意識して明るい声だした。

「でも龍兄貴が来てくれて、ホント助かったぜ」
 おかげで無事だった、と笑えば、洛軍も穏やかな表情で同意する。
「さすが兄貴だな。すごいタイミングだし」
「そうなんだよなぁ、俺たちが夜に抜け出してんの、秘密にしてたのにさ」
「城砦で夜に子供がフラフラとするな」
 四仔のごもっともな小言に、信一は肩を小さく竦めた。そして当時のことを思い出して、疑問をふと思い出した。

……そういや、兄貴もちょっと変だったんだよな」
「変?」
「次の日の朝にさ、龍兄貴にお礼を言ったんだよ。昨日はごめんなさい、迎えにきてくれてありがとうってさ。」
「ああ」
「そしたら、兄貴、不思議そうな顔をしたんだ」
「え?」
「その日の夜は、仕事で外に出てたから、城砦にいなかった、ってさ」

 信一と洛軍が不思議そうに首を傾げる横で、四仔がついにはうんざりとした顔をした。自分が思い当たった考えについて嫌がっている様子だった。四仔が十二の方を向く。釣られて信一と洛軍も十二を再び見た。十二は全員の視線を受けて、先ほど信一がしたように、ズズズズ……とストローで行儀悪くウーロン茶を吸いこみ、口を離した。
 
「そりゃそうだろ」
 
 十二が言った。
 
 
「だってあの龍兄貴、影なかったもん」