10008Senya
2026-03-15 19:49:41
5274文字
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空放オメガバース(前編)

だいぶ前に書きかけて置いていた空放オメガバース。
空→α
放浪者→Ω
前半部分になります。
作者はウルトラハッピーエンドしか書けないのでハッピーエンドになる予定です。

 「あなたのバース性はΩよ」
 カルテを手に持った少女が目の前に立つ少年に告げる。
 バース性。男女の性別とは異なるもう一つの性。
 α、β、そしてΩの三つが存在し、それぞれ異なる性質を持つ。
 αは優れた才能とカリスマ性を備えた魅力溢れる人間が多いのが特徴だ。対してΩはその数の少なさはさることながら、定期的に訪れる発情期とその時期に発せられるフェロモンが他のバース性を狂わせるため長きにわたって迫害を受けてきた。
 その一方で、αの能力を最大限に引き出す運命の番と呼ばれるパートナーはこのΩ性に限っており『αによるΩ狩り』やΩの人身売買といった事件も度々発生していた。
 研究と医療、そして社会福祉が発展している近年のスメールではΩの人権と尊厳は比較的守られており、フェロモンを抑制する薬品や、発情期そのものをある程度コントロールする薬品も市場に出回っている。
 だから心配ないわよ、少女、草神ナヒーダは彼女の囚人である放浪者に告げたのだが、彼は固まったままだ。
「何か心配事でもあるの?それとも自身がΩだということが意外だったのかしら?」
「僕はβだ」
 我に返った放浪者がピシャリと言い放つ。
「神になる段階で僕は体の隅々まで調べ上げられた。その結果、αでもΩでもないβという結果を得ている」
「それはΩではないけれどΩのフェロモンに反応しなかったから、という結果から導き出されたものかしら?……そうみたいね。私の推論だけど恐らく、あなたは未分化の状態だったんじゃないかしら。そして発現する前に改造を受けてしまった所為でバースの成長が止まっていたのよ。でも世界樹によってあなたはいったんリセットされて、あなたの身体はあるべき姿に戻り始めているのかもしれないわ。あなたを作り上げているのは失われた高度な技術、だから何が起きもおかしくないわ」
……
 放浪者は唇を一文字に噛み締めた。
 ファトゥスであった時、周りの執行官たちが軒並みαであるのに対し、凡人であるβという結果が出た際もほんの一瞬苛立ちはした。だが神の器である自身にバース性は必要ないと割り切り以後自身のバース性に関しては考えないようにしていた。
 それが、スメールに来て草神の囚人になって、体に違和感があって相談したらこの様だ。
「どうして」
 よりにもよってΩなんだ、という呟きは口から出ることはなかった。

「さて、判明したからには色々と準備をしましょう」
 クラクサナリデビは武器を顕現するかの如くツルツルした表紙の薄いパンフレット二種、そして一枚の書類をどこからともなく取り出した。
「これがスメールで一般的に頒布されているバース性の最初の教育書籍よ。スメールにおけるバース性の社会的観念と関連窓口の情報が書いてあるわ。もう一つが教令院における相談窓口の案内よ。基本的にスメールではバース性はオープンにしている者も多いけれど他国出身の留学生の中には隠しておきたい人もいる。そうした人でも快適に過ごせるように取り組んでいるのよ。Ωだけの秘密のシェルターもスメールシティや教令院の中にあるから安心して欲しいわ」
 あとはこれ、とナヒーダは書類を渡す。
「あなたの情報をスメールシティの医療機関に共有する同意書よ。一般的にΩ性はその身体的特徴から医療機関にかかる機会が多いの。例えばどうしても発情期を抑えたい時の一時的な抑制薬の処方箋の発行や、考えたくはないけれど襲われてしまったあとの緊急措置とか、先に情報があれば優先して診察を受けることができるの」
「襲われる?この僕が?笑える冗談だね」
「そうね。神の目を持っているあなただと想像できないでしょうけれど、発情期はあらゆることをリスクとして捉えておくべきよ。私はあなたの初めての発情期を友達の目を通して見守るつもりだけれども、あなた自身も自分の身を守る為に行動してほしいの」
 そういってナヒーダはじ、っと今は放浪者の手にある書類を見つめる。
 数瞬ののち、放浪者は舌打ちをして渋々書類にサインした。

+++++

 好奇心半分侮り半分で初めての発情期を終えた放浪者は、この発情期は重大なインシデントだと認識した。
 まず発情期に入る直前にフェロモンが周りの人間たちを狂わせ、放浪者に熱のこもったイヤらしい目線をぶつけてきた。
 その容姿ゆえに、これまでも似たような目線を受けたことは数知れないが、それとはまた違った暴力的なものを孕んでいて、その様子を『友人』を通して見ていたナヒーダに言われるがまま、用意されたセーフティルームへと籠ったのだ。
 そこからは地獄だった。
 性欲と云われるものとは無縁だったのに、ただただ切なく寂しく、すがりつく存在が欲しくてたまらなかった。
 湧き出る熱を発散するすべも分からずただ耐えるのみの、一週間だった。

 セーフティルームから出てきた放浪者を迎えたナヒーダはチョーカーを彼に差し出した。
 番のいないΩの頸を守る必須品で、Ωと判明した日にもナヒーダは彼に渡そうとしたのだが必要ないと突っぱねたのだ。
 しかし、発情期中の予想以上の前後不覚状態に今度は渋々とそのチョーカーを受け取った。
「このチョーカーの鍵は、あなたが心から番になりたいと思える相手が現れるまで私が保管しておくつもりよ」
「そうかい。そんな相手は、現れないと思うけれども。……しかし、首輪まで付けられるなんて益々囚人らしくなってきたものだ」
 自嘲するとナヒーダはそれなら、と新しい首輪を出した。宝石と真珠を散りばめたチョーカーで首輪というよりも装飾品と言って差し支えない豪華な逸品で無駄を嫌う放浪者にとっては、その好みの対極に位置したデザインだった。
「ちっ、これでいい」
 あんな派手なのを付けられてれてはたまらないと、放浪者は最初に渡されたチョーカーを首に付けた。
「それと、しばらくは身の回りの安全に気をつけてね。悲しいけれど、あなたに対してよからぬことを企んでいる人間もいるの」
 と言うのも、放浪者がΩであるということは、教令院中に知れ渡ることとなり、あまつさえ『番』にしようと企んでいる者までいるのだという。
 因論派の星であり、容姿端麗でナヒーダに付き従う放浪者を番にしたとなればスメールでの未来は約束されたものだと野心家のα達は考えているらしい。
「発情期を経験したあなたなら理解してくれると思うけれど、期間中はどんなに強いひとでも理性がなくなって弱ってしまうの。自分なら大丈夫と思わずに行動して欲しいわ。できる限り今まで通りの生活が送れるように私も支援するつもりだけれども」
「フン……
 不機嫌に鼻を鳴らすが、ナヒーダの意見に違を唱えるほど放浪者は傲慢に成れなかった。
 自身のバース性が判明してから放浪者はΩ性についての書籍を読み漁った。生論派の生物学的研究書籍はもちろんの事、Ωの社会的地位の変遷を記した因論派の論文まで探して読んだのも、自身のバース性が煩わしいものとならないように対策を練るためだったのだが発情期の前では全て消し飛んでしまった。
 そしてΩについてまわる『番』に関する特性のうち、最も印象に残ったのが番を亡くしたΩの末路だった。放浪者は番をもつつもりはさらさらないが、もし何かの間違いでそこらへんのαと番関係になってしまったら、向こうが先に死んでしまうのは明白だ。
 番のαに先立たれたΩは新たな番を作ることもできず精神的にも肉体的にも衰弱し悲壮な人生を送ることが多く、後を追うようにして亡くなるパターンも決して少なくない。
 更には番とともに迎える発情期はこの上無い幸福感を味わうため、亡くした後のそれは耐え切れないほどの苦痛になるとも。
 あれ以上の地獄を味わうのは流石に煩わしいと、放浪者はナヒーダの提案を素直に飲むことにしたのだった。

 人間も動物なのだと、教令院に戻った放浪者は程なくして知ることとなった。
 放浪者がΩであるということを知ったα達が我先にと様々な方法で接触を図ってきたのだ。
 あるものは手紙に熱烈な想いをしたためて放浪者に。
 またあるものは金銀財宝を携えて「君こそ運命の番だ!」と公衆の面前で求愛。
 またあるものは強引に迫ろうとしたが放浪者に触れる前に足蹴にされ駆けつけたマハマトラにしょっ引かれて行った。
 変わったパターンだと、今までの研究受賞歴とこれまでの研究費取得累計額を提示してきて自身がいかに優秀な研究者であるかアピール、と言った具合だ。
 動物達の中には雌に気に入られようとあの手この手で自分の優秀さをアピールするが、自分によってくるαたちはまさにそれだと放浪者は冷静に分析し冷酷に対処した。
 動物達が自分を見つめている。こちらにくるなら害獣として処すのみ。
 学術活動を邪魔する獣達の対処にうんざりしていた頃、放浪者は馴染みとなったカフェの店内に金色の頭を見つけた。
 その横にはふわふわと浮く白いのもいて、放浪者は驚きとも安堵とも言えぬ気持ちが全身に染み渡るのを感じ、視界も金色の頭以外はまるでインクが滲むかのように輪郭を無くしていく。
「あ!笠っちじゃないか!」
 白い塊がこちらに向かってきて、靄が掛かっていた意識が僅かに晴れる。
「どうしたんだ?ぼーっとして」
「突然、君たちが来たから驚いただけだ。何か用事でもあるのかい?」
「ちょっと外に出ようか、ここは人が多いから。ああ、その前に君の注文を取ってくるよ。ブラックコーヒーでいいかな?」
 放浪者も旅人もスメールでは一有名人で、自然と周りの視線を集めてしまう。何か聞かれたくない話でもあるのだろうかと放浪者は肯定し、旅人に自分のオーダーをしてテラス席へと移動した。

「実はナヒーダから聞いたんだけど、最近君が色々と厄介なことに巻き込まれているっていうか、困っているというか」
……ああ、なるほど。君は僕のバース性を知っているってわけだ。それで心配で来たって?フン、余計なお世話だ」
「あ、いや心配というか、えっと、その……君が自暴自棄になっていないかと思って」
「僕が弱いΩだったことに悲観しているとでも思ったってこと?確かに、この僕がΩだなんて誰も想像していなかっただろうね」
 煮出したコーヒーに口をつける。
「まあでも、お陰でニンゲンも所詮動物なんだと実感したよ。自分は頭が良いと思い込んでいる人間達が本能のままに僕に向かってくる。いっそ研究テーマにしてやろうかと思ったくらいだ」
「え?お前、そんなにたくさんのやつにきゅ、求愛されたのか?」
 パイモンが頬を染めながら驚きと好奇心を隠せないままに聞くと
「両の手では足りないくらいだ。元々、教令院にはα性が多い。Ω性を公表している学生もいるが大抵が番がいる。番がいない、公表されているΩは僕くらいだ」
「だからって、よりにもよって……いや、お前は外見は綺麗だし、頭もいいから……う〜ん」
 失礼な奴だと、放浪者がパイモンをひと睨みすると彼女は怯えて旅人の後ろに隠れてしまった。
「僕は咎人だけれども、理性のない野獣に体を開け渡してその支配下に入るほど全てを投げ出しているわけじゃない。君の心配は杞憂だったってことさ」
 さあもういいだろう、と放浪者が旅人の、空の顔を見ると彼は頬を染めていた。金色の眼はいつもよりもキラキラとしていて、その奥には熱を持っているような……
「一つ聞くけど、君のバース性はなんだ?」
 放浪者の問いかけに旅人ははっとして一瞬目をそらす。それだけで彼のバース性がなんであるか理解できてしまう。
「悪いけど、今日は席を外させてもらう。……いや、今後はあまり一緒にない方がいいだろう」
 驚く旅人が口を開く前に放浪者はカフェの外に出て、その場から早く離れようと天へと昇った。
 あてもなく、その場を離れたい一心で空を駆る。聖なる木の頂上まで登って生い茂る葉に隠れるように枝に座る。
 じっとりとした金色の光が脳裏に焼き付いて離れない。
 彼も他の獣のようなやつらと同じように自分を見たことに、失望と嘲りがこみ上げたのに次の瞬間にはそれを凌駕する勢いで悦びが頭を埋め尽くした。
 彼に求められたい。押し倒されて蹂躙され熱にこの体を埋め尽くされたい。
 どれだけαに迫られようとも感じなかった欲が泉のようにあふれ出る。
 次の発情期はまだ先であるはずなのにだんだんと意識が散漫になってくる。
 『笠っち、笠っち』
 目の前に一羽の小鳥が飛んでくる。それが草神の目で、先ほどの旅人とのやり取り、逃げるように此処に来た事も把握されていることを理解する。
『今のあなたはとても危険な状態よ。急いでこちらに来て』
 散漫になっていく意識。熱を帯び始めた体。ナヒーダの言う危険な状態がなんであるか、放浪者はすぐに理解して、小鳥に導かれるままスラサタンナ聖処を目指した。