ソファーに並んで座っている隣で菓子の包み紙を使って何をしているのかと思ったら、日車の手の中ではいつの間にか、一羽の小さな鶴ができあがろうとしていた。
「器用だな」と日下部が言うと、日車は頷いた。
「小さい頃はこうして、余った紙で折るのが好きだった」
仕上げとして、両翼の根本から前後へ飛び出ている一対の触角——適切でないことは承知しているが、他に良い表現が思い浮かばない——の一方を半ばで折り曲げ、首と頭部が作られる。
日車の手によって完成した金色の鶴は、日下部の親指よりもひと回りかふた回りぶん小さい。日車はそれを目の前のローテーブルに置くと、ぼんやりと見下ろしている。
もとはチョコレートの包み紙だった。早朝出勤と残業が絶えない呪術高専の職員室には時折、フリーランスの呪術師や補助監督たちから差し入れが届けられる。今日ホワイトデーなんで、と日下部や日車にチョコレートを渡してくれた補助監督は言っていた。家ん近くの百貨店でフェアやってたんでまあなんかそういう感じです、糖分補給にどうぞ、女性陣いわくけっこう甘いらしいですよ——帰宅してから、スーツのポケットへ入れっぱなしだったことに二人して気がついた。いま食べなければ存在を忘れてしまうだろうという理由で、夕飯のデザート代わりに食して現在へと至る。
「鶴ねえ。ガキの頃、どっかのタイミングで一度は折らされるよな」
「ああ。俺は小学校の頃に行事か何かで千羽鶴を作らされた」
「うっわ。千羽だろ? そりゃキツい」
「一人で何十羽も折る羽目になった。苦行だったことしかもう覚えていない」
日車の話に顔をしかめながら、手元の缶ビールに口をつけてあおる。
仕事終わりのビールは格別だ。口の中に残るチョコレートの甘さが、アルコールの旨味を引き立てている……気がする。もしくは単に、ミルクと砂糖の甘ったるさを、ビールの苦味で誤魔化しているだけなのかもしれないが。
「前にテレビで見たんだけどさ、医者とかが手術の練習で折ったりするらしいぞ。鶴」
「手術の……練習?」
「そ、素手じゃなくてアームみてえな……細かい作業をするとき用の、先がめちゃくちゃ細いやつな。それを使って、これまた小せえ紙で鶴を折んの」
「確かに折り紙も、ものによっては細かい作業の練習に使えそうだが」
「ところどころ難しいもんな、鶴も簡単そうに見えて案外」
包み紙はもうひとつ残っている。日下部が食べたチョコレートのぶんだ。テーブルの上へ放り投げられているそれへ、日車が視線を注いでいる。
「俺のも折っていいぞ」
「君が折ってみたらいいんじゃないか」
「はあ? やだよ、めんどいし。理由もないし」
酔っているのだろうかと疑った。
テーブルの上には包み紙と折り鶴、それと日車が飲んでいる缶ビールがそれぞれひとつずつ置かれている。
缶の中身がどれくらい減っているのかは、当然ながら見えない。
ゆえに態度や様子から判断するしかない。首を傾けて日下部を見る日車の口元には微笑が浮かんでいる。目尻がほのかに赤い。黒目がうっすら滲んで見える。
「地味かもしれないが案外に楽しいぞ。日下部」
溜息をついたのは降伏宣言に等しかった。缶をテーブルへ叩きつけるように置き、包み紙を手に取る。折り紙よりもずっと小さい。本当にこんな小さな紙であれを折りやがったのかとひとりごち、しゃあねえなと呟く。
「俺はあんたほど器用じゃねえから、出来は期待すんなよ」
「折り方は覚えているか?」
「忘れた。だから、一から十まで全部、手取り足取りあんたが教えてくれるんだろ」
すぐに横合いから骨ばった指が伸ばされ、日下部の手の甲へと無遠慮に触れてきた。
それが狙いだったのだと今になって確信した。やはり日車は酔っている。酒の力を借りなければ、こうして甘えることもできないようなやつなのだから。
あるいは酔ったふりを装っているのか? しかし、今となってはどちらでも構わない。俺は日車の術中にはまった。それも自ら踏み込んだのだ、大人しく彼の欲求に応えてやろう。
酔っ払いの勢いとは侮れないもので、時に妙な集中力さえも発揮してしまうものである。
ただし精密さには大幅に欠ける。それでもずいぶんと粘ったほうだ。日車の指導を受けて日下部が折った鶴は当然ながら、先の完成品よりもずっと不恰好でしわくちゃだった。
出来の悪さにもかかわらずなぜか日車が気に入ってしまい、捨ててしまうのは勿体無いと言い張ったので、今はお手本のような彼の綺麗な鶴とあわせて、テレビボードの端に飾っている。
毎朝、起きて一番にリビングの遮光カーテンを開くと、窓際に近い二羽の鶴は朝日を反射してきらきらと輝いた。
夜間からずっと待ち侘びていたように全身を目一杯煌めかせているその姿を見ると、ひどい出来だがそこまで悪くはないか、と日下部も己の不器用さを許せてしまう気がするのだった。
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