10008Senya
2026-03-15 07:28:41
9031文字
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千織の服は中々良いもので気に入っている

くっ付いてないクロリンデがリオセスリと踊ったりナヴィアフリーナとお茶会したり踵落とししたりする話。
リオセスリ×クロリンデ要素は低い。これからみたいな話。

千織の服は中々良いもので気に入っている
 燦然と輝くシャンデリア。
 その下では優美な音楽に合わせて豪奢なドレスを身にまとった花達が舞う。
 貴族商人有名俳優、今宵人々が集うこの会は、ほかにも漏れずフォンテーヌでは一般的な上流階級の夜会のそれである。
 開催者は爵位はさして高くないが各界に顔の広い人物で、リオセスリも何度か協力を仰いだ人物である。
 滅多に水の上のこうした煌びやかな会には出ないのだが、良好なビジネス関係を維持する為に招待に応じたのだ。出自はさておき、現在は最高の爵位を持つリオセスリの登場に彼を知るごくわずかな人間は驚いたが、それは少数でありほとんどはこの正体不明の青年が誰であるのかヒソヒソと囁きあった。
 主催者のように仕事で協力関係を持った者か、正体不明の青年の素性を知りたいという好奇心旺盛さで主催者に取次を願う者もいるがリオセスリは努めてにこやかに対応した。リオセスリがその拳を向けるのはあくまで罪を犯したものであって善良で潔白な人々は彼の庇護の対象でしかない。だが、悪の芽となると話は別だ。
 正体を知らない者達にはとある工場の管理者であると詳細を濁して説明するが、どこからかその素性を知った者も少ないながらもおり、さすがに自らの不正を詳らかにしてリオセスリに裁量をはかろうとするものはいないが、もしもの時は何卒……というような空気を醸し出してくる者はそれなりにいる。
 自分はあくまで刑が確定した後の管理者であるから、取り入るのなら最高審判官であるヌヴィレットではないのかと思う。取り入ろうとしたところで不可能に変わりないが。
 「(おや?あそこにいるのは……)」
 人込みの隙間から見えた先、壁に寄り掛かる人物がリオセスリの目にとまる。
 紺青のドレスに身を包み、艶やかな黒髪を結い上げ、引き結んだ凛とした唇にどこか鋭さをもった目元。
 手に持ったフルートグラスを燻らせなが壁の花となっているその人。普段の凛々しい制服姿とは全く異なる姿だが、間違いない。決闘代理人でありかつて原始胎海の氾濫に共に立ち向かったクロリンデその人であった。
 気心知れた相手を見つけてしまえば、足は自然とそちらに向くのは仕方のないことだ。
「ごきげんよう、クロリンデさん。まさかあんたがここにいるなんて思いもよらなかった」
「ごきげんよう。公爵。私もあなたと同じ意見だ」
 目の前まできたリオセスリにさして驚くこともなく、空いている手をリオセスリに差し出した。
 恭しくその手を取り流れるようにハントクスを施す。決闘代理人と監獄の主であることを忘れるような紳士淑女のやりとりであった。
「差し支えなければ理由を伺っても?」
「こうした会に呼ばれることは稀にある。大体の場合は断っているのだが、経験も兼ねて今回は参加してみることにしたんだ」
「なるほど。確かに色々と経験することは大切だからな。それで、本当のところは?」
 クロリンデの回答があまりにも淡々としていたこと、そして彼女の視線が一定の感覚で何かを探していることから目的は別にあるとリオセスリは考えたのだ。クロリンデはふ、と目を細めると視線でもってその目的をリオセスリに伝えた。
 一人の令嬢がリオセスリの目にとまる。デビュタントを終えたばかりだろう、かなり若い少女で、同じ年ごろの令嬢達と会を楽しんでいる様子だ。
「業務時間だ。ただし、表立っての警護はできないと言われたので主催に頼んで潜り込ませてもらったんだ」
「へぇ、なるほど。クロリンデさんほどの人が警護するなんてよほどの資産家か、有力な貴族のご令嬢と言ったところなのか?」
「いや、そういうわけではないのだけど……
 口籠る様子に、リオセスリはああ、と今度は手を差し出した。
「せっかく来たんだ。二人して壁の花になるのも勿体無い。一曲ご一緒願えますか?」
 にぃ、っと貴族の男は決してしないであろう悪戯っぽい笑みを浮かべて誘う。自分で自分を花と言うのかこの男は、と半ば呆れながもクロリンデはその手を取った。
 周りに人がいては詳しい話ができないからとリオセスリが誘ったことをクロリンデは理解していて、それに応じたのだ。
「誘っておいて難なんだが、ダンスの経験は?」
「練習くらいなら。いつか誰かと踊るかも知れないからと、フリーナ様とナヴィアに教わった」
「ふはっ、それはまたなんとも豪華なティチャーだな」
「そういう公爵はどうなんだ」
 恭しく礼をして、手を繋ぐ。
「踊れなきゃ誘わないさ」

 最初こそぎこちない動きではあったが、歴戦の戦士である二人はすぐに互いの動きに慣れ、周りの貴族達と遜色ないステップを見せるようになった。そうして余裕が出てきたところで二人は会話を再開する。
「とある事件の証言者の娘だ。先日証言者のもとに脅迫状が届いて、内容は家族に危害を加えられたくなければ法廷に立つなという内容だった。特に娘について何かしらの言及があったようで、ヌヴィレット様を通じて私に護衛の話が来た。事件の犯人は拘束しているがどうやら仲間がいるらしく、そちらはまだ捜査中なんだ」
「それは俺にも少し関係ありそうだな。しかしそんな状況だったら娘さんを夜会に出している場合ではないんじゃないのか?」
「私も同感だったのでヌヴィレット様に進言したが、すでに日常生活ではなるべく外出しないように家にこもるようにしていて、かなりフラストレーションが溜まってしまったらしい。それで人目の多いパーティーなら滅多なことは起こらないだろうと言うことで、社交界への参加は緩和した、と。それと……どうやらデビュタントした直後というのは貴族の令嬢にとっては社会に溶け込むためにとても大切な時期らしい。年長者に顔を覚えてもらったり、同年代とネットワークを形成しておかないとその後の人生に苦労をするのだとか」
「なるほど。慣習と人間関係で雁字搦めの世界だ。確かに一理ある」
「とはいえ、万が一があってはいけないから夜会でも警護が必要と言う人で私が来たのだが、するにしても表立っていると窮屈だということでこのような事態になった、というわけなんだ」
 クロリンデがくるりとターンをすると、ドレスの裾がふわりと広がる。まるで花のようだ。
「大変だな。それで、その裁判はいつ行われるんだい?」
「今月末だ。決闘がある日は別の者やマレショーセ・ファントムが警護にあたるが、こうした夜会では私が回されることになっている。顔が割れている分、護衛とバレなくてもある程度の牽制になるから」
 最強の決闘代理人、正義の番人ともいえるクロリンデがいれば滅多なことは起こらないだろう、ということらしい。
「しかしご令嬢が参加する夜会全てに潜入するとなるとかなりの根回しが必要だな。密かに警護するとなると主催者まわりには緘口令を敷く必要があるだろうし」
「公爵の言う通りだ。今回私が参加できたのも、たまたま執律庭に協力的な人物だったからスムーズに事が運んだんだ。……私に夜会の招待状が来ていれば、話は楽なのだけれども」
 悩ましげに溜息を吐く姿は愁いを帯びていてどこか艶めかしい。普段と違う美しさが強調された装いということも相まってリオセスリは思わず見とれてしまうが、顔を上げたクロリンデと目が合い目はそらさないまでもどこか気不味い気持ちになった。
「招待状ねぇ、俺のところには腐るほど送られてくるが……そうだクロリンデさん。一つ提案があるんだが」
 リオセスリの提案にクロリンデはすぐさま首を縦に振った。
 
 友人とのお茶会はクロリンデにとって大切な時間の一つだ。そこに美味しいスイーツ、お茶が加われば至福の時間といっても過言ではないだろう。仕事の話、話題の映影の話、他愛もない会話は平和な日常を維持するためのモチベーションになる。
 しかしこの日、ホテル・ドゥボールでのアフタヌーン・ティーに赴いたクロリンデを待ち構えていたのは友人の尋問であった。
「クロリンデ、最近よく公爵とパーティーに行っているって聞いたんだけど本当!?しかも毎回ダンスにも参加しているって。もしかして二人は付き合っているの!?」
 ナヴィアの口から飛び出た内容に同じテーブルについていたフリーナは噎せ返った。
「フリーナ様、大丈夫ですか?」
「げほっ、ふ、、、あ、うん大丈夫。ちょっと驚いただけだから」
 口元をハンカチーフで拭い、コホン、と咳払いを一つしてチラリとクロリンデを流し見る。
「それで、ナヴィアが言っていることは本当なのかい?」
「彼と夜会に参加してるのは本当です」
「か、彼!?」
「ナヴィア、ただの三人称に興奮しないで。詳しくは話せないけど、仕事の一環だ。夜会に参加しないといけなのだけど、参加するのに公爵が受けた招待を利用させてもらっている」
 夜会への参加は同伴者を伴うことがほとんどで、クロリンデはリオセスリに伴う形でパーティーへ潜入させてもらっているという。
 リオセスリとしても、水の下からおおよその『事』はできるとはいえ、たまには新しい『人脈形成』を目的に招待に応じようとしていたのだが、いざ参加してみれば、パートナー不在で身なりのいい若い男ということで正体不明であってもリオセスリを誘惑しようとする女性が数えきれないほど寄ってくるため、しばらく遠ざかっていたらしい。だがクロリンデがいることでその懸念はほぼ解消されて、win-winであるという。
「でもダンスも踊っているのよね?それも仕事の一環とでも言うわけ?」
「厳密にはそうなるかもしれない。周りからは『仕事中』と思われないようにしないといけなくて。あくまでプライベートで参加しているという事にするために振舞っている」
「確かに、勤務中にダンスを踊るなんてあんまり考えつかないもんね」
 ようやく咳が治まったフリーナはケーキスタンドからサンドウィッチを摘まんで口に運ぶ。
「ナヴィアのご期待に沿えず申し訳ないな」
 クロリンデもサンドウィッチを口に運ぶ。
「なーんだ。てっきりクロリンデに春が来たのかと思って期待しちゃったのに」
 頬を膨らませてケーキスタンドからスコーンを取り出す。なおナヴィアの分のサンドウィッチは二人に先立って早々に胃の中に収められている。
「もしその時が来たら二人には真っ先に話そう」
「本当かしら?」
「もちろん。私たちは友人でしょう?それに、恋バナというものも、してみたい気はしているから」
 世間一般の女子が盛り上がるという恋バナ。自分を含めてこの場にいる三人には交際相手も懸想している相手もおらず未知の領域で、できるものならしてみたいという憧れがあるのは事実である。
「でも友人とはいえ、プライベートなことは無理に話す必要はないと思うから、言いたくなければ言わなくて良いからね?誰にだって、自分の中に留めておきたいことはあるだろうし」
 「フリーナ様……お気遣い、ありがとうございます」
 おそらく一般的な事を言っているのだろうが、五百年もの間大きな秘密を隠してきたフリーナが言うと重みが違う、とクロリンデは思った。
「それで、その『お仕事』はいつまでなの?」
「一応、今月末でカタはつく予定。あとは向こうの出方次第といったところだ」
「ふーん?もし、こっち棘薔薇の会でできることがあれば言ってね」
「ありがとう。その場合は上司ヌヴィレット様とも相談の上、話を持っていこう」
 クロリンデはスコーンを手に取り、クロテッドクリームとジャムを乗せて口に運ぶ。今日のジャムはモンド産のヴァルベリーで、先日訪れたモンドの情景が頭の中に浮かぶ。
「そう言えばモンドに行った時に旅人が……
 今日のお茶会も話題は尽きず、美味しいスイーツと良質な紅茶を堪能し、クロリンデは楽しい時間を過ごした。


「へぇ、クロリンデさんは中々良い休日を過ごしているんだな」
「そうだな。友人に恵まれていて、幸運だと思う」
 今宵も今宵とて何某子爵のダンスパーティにリオセスリとクロリンデは参加していた。護衛対象の監視リオセスリの社交、それ以外の時間はこうして雑談をするのだが、仕事の話をするわけにもいかないので話題は自然とプライベートのことになってくる。
「公爵は休日はどのように?」
「ん?俺かい?もっぱらトレーニングをしたり紅茶を買いに行ったりだな。看護師長のショッピングに付き合うこともあるかな」
「シグウィンさんの?」
「そう。荷物持ちとしてね。コスメショップに千織さんのお店にとにかく色々付き合わされているよ。付き添いとはいえ、若いご婦人方の中に放り込まれるのは中々気を使ってしまうな」
「よく言う」
 クロリンデは手に持った発酵フルーツジュースを呷り、空いたグラスをサーバーに渡した。
「気付いているか?公爵」
「ああ。奴さんついに動き出したな」
 クロリンデの視線の先には護衛対象の令嬢がいるが、様子がおかしい。遠目にもわかるほど顔色は悪く、手に持ったグラスは今にも落としそうで、その周りには複数の男たちが取り囲んでいる。
 体調を崩した淑女を気遣うのは紳士の礼儀だが、男たちの表情に浮かんでいるのは笑みだ。それも歪んだ。
 そして遂に令嬢は抱え込まれるようにして男たちに会場の外へと連れ出されようとしていた。
「行くか。クロリンデさんはどうする?」
「もとより私は護衛だ。行くに決まっている」
 クロリンデは男たちの後を追うため、人々の間に体を滑り込ませた。
「了解。俺もそろそろ大人しくするのにも飽きてきたんだ」
 自分のグラスをサーバーに渡すと、リオセスリはクロリンデの後を追った。
 
 正面玄関ではなく、もっと奥へと進んでいく様子に、今宵の主催者側に内通者がいるのだとクロリンデは悟る。着いたのは庭園で、裏門のようなところから逃げようとしている姿を捉えた。
「逃がさない」
 決意のような言葉が口から溢れて、クロリンデはまるで稲妻のように闇夜を縫い、男たちの前方へと躍り出た。
「ヒッ!?」
 目の前に突然現れた人影に度肝を抜かれ、男たちは声を上げる。
「酩酊したレディを複数でエスコートなんて随分と紳士的な振る舞いだな」 
「な、誰だお前は!」
「この女どこかで……まさか決闘代理人の!?」
 男たちは目の前に立ちはだかる淑女が最強の決闘代理人と気付いた様で一瞬怯むも、普段の制服姿ではなく豪奢なドレスを身に纏い素手であることに気が付くと下卑た笑みを浮かべた。
「痛い目をしたくなきゃそこを退くんだな!」
「それはできない。警告する。その少女を放して大人しく拘束を受けた方が身のためだ」
 一歩も引かないクロリンデに男たちは舌打ちをする。そして隠し持っていた伸縮式の警棒を取り出すとクロリンデに襲い掛かった。
「クロリンデさん!」
 ようやく追いついたリオセスリが声を上げ、ナックルを拳に嵌めて元素を圧縮させて氷を打ち出そうと肘を引く。
 だが
「は!」
 クロリンデは足を振り上げ、それこそ垂直に近いまで、まるで夜道を照らす蝋燭のように暗がりに白い脚が聳え立ったかと思えば、残像を残すほどのスピードで振り下ろされたそれは無頼漢を地面へと叩きつけた。
「が!」
「ヒッ!」
 怯んだ一瞬の隙を狩人は逃すはずもなく、脚を鞭のようにしならせて男達を次々に昏倒させる。
 その様子にリオセスリは思わず口笛を吹く。
「剣技と射撃だけなく、肉弾戦もイケる口なんだな」
 そういえばナド・クライの情報屋のボスも、体術に秀でていたなぁ、などと考えながら、リオセスリは少女を拘束している男の背後に忍び寄り、知り合いにそうするかのようにポン、と肩に手を置いた。
「ヒャッ!」
 突然肩を叩かれた男は余程驚いたのか獲物令嬢から手を離して飛び退き、足をもつれさせてその場に座り込んだ。
「おっと!レディは丁寧に扱うようにと、教師に教わらなかったのか?」
 支えを失って倒れそうになる少女をリオセスリは難なく抱き留め、ため息混じりに男に言い放つ。
「さて、レディを放してもらったことだし、大人しく拘束を受けてもらおうか?」
 にぃ、とおおよそ紳士らしくない笑みを浮かべてリオセスリは手錠を男に示した。

 クロリンデが男たちを制圧し切ったところで騒ぎを聞きつけた主催者達が姿を現した。クロリンデとリオセスリは任務のことは言わず、令嬢を拐かそうとしていた男達を偶然見つけて対処したのだと話し、マレショー・セファントムを呼ぶように伝えると、自身のパーティーで不祥事が起こるなんて!と主催者側は顔を青くしたり赤くする。しかし法の番人とメロピデ要塞の主人を目の前にして隠蔽などできるはずもなく、大人しく指示に従って通報をバトラーに命じた。
 程なくして到着したマレショーセ・ファントム達に犯人達を引き渡して、クロリンデとリオセスリは気を失ったままの少女と共に会場を後にする。少女が招待客達にどのこ誰だと知れ渡る前に家に送り届けようという、クロリンデなりの心遣いであった。
「起きないな。何か盛られたのか?」
 手配していた移動用マシナリーに揺られても少女は目覚めない。呼吸はしてることから、今のところ命に別状はなさそうだ。
「睡眠薬の類を飲み物に混ぜられたのかも知れない。公爵、後程シグウィンさんを派遣してもらうことは可能だろうか?口の固い、信頼できる者に診察をお願いしたい」
「もちろん良いぜ。ああでも出張料金はパレ・メルモニアに請求でいいかい?」
「ハァ、こんな時に何を。……ああ、それでいい。ヌヴィレットさんも同意してくれるだろうし」
 クロリンデは今一度、自身の肩に寄りかかる少女を見る。化粧を施し、アクセサリーとドレスで着飾っているが、眠る顔にはまだあどけなさが残っている。
 平和を謳歌し、これからの未来を生きようとしている者を脅かした者には報いを、とクロリンデは唇を引結ぶ。そして愛しい我が子が危険な目に遭ってしまったと知れたら、親はきっと悲しむだろう、とも。
「今回のことが、この娘の未来に影を落とさないといいのだけど」
……そうならないために、『俺達』がいる」
 それまでの軽い声とは打って変わった、静かで地の底から響くような声にクロリンデははたと視線を上げる。クロリンデか少女かその両方か。
 アイスブルーの瞳はまるで見守るかのような柔らかくも強い光を宿していた。

 後日クロリンデは裁判記録とともにこれから護送されてくる囚人の情報をメロピデ要塞に共有するべくリオセスリの元を訪れた。
「折角く来てくれたんだし、紅茶の一杯でも」
 と、まるでクロリンデが来る時刻を把握していたかのように飲み頃になった紅茶をカップに注ぎながらリオセスリはソファに座るように促した。
 注がれてしまっては飲むしかないと、クロリンデは持ってきた書類を執務机に置くとソファに座った。
 リオセスリは紅茶とちょっとした茶菓子をクロリンデの前に置くと、書類に目を通し始めた。
「へえ、誘拐犯達は主催者とは無関係だったんだな」
「ああ。犯人の一人がメイドとねんごろになって『一度でいいから貴族のパーティーを体験してみたい』と招待状を偽造するように仕向けたようだ。一人分のそれを実行犯の数だけ複製してあの日に潜り込んで、と言う事らしい。招待客の管理については緩かったと言わざるを得ないけど、主催に責を問うのはいささか気の毒だろう。メイドの方は騙されていたとはいえ雇用主の信用を裏切る行為をしたのだから、訴えられることになるだろうけど」
 私たちにできるのは精々弁護人を紹介することだろうな、とクロリンデはカップに口を付けた。
 紅茶に並々ならぬこだわりを持つリオセスリらしく、今日の一杯も素晴らしい。ホテル・ドゥボールのアフタヌーンティーで出されてもおかしくない。
「公爵」
「ん?なんだいクロリンデさん」
 書類から目を離してリオセスリはクロリンデに視線を向けた。
「これまでの礼をしたいのだが、何か欲しいものはないだろうか?」
「礼だって?一体なんの?」
「何って、パーティーに参加するのに公爵への招待を利用させてもらったから。それも何度も」
 ああそのことか!と思い出したかのようにリオセスリは手を打つ。
「あれは俺にもメリットがあったら気にしないでくれ」
「そうは言っても私が助かったのは事実なんだ。あなたはパレ・メルモニアからの謝礼も断ったと聞いている。私個人から礼をさせて欲しい」
 まっすぐ見つめてくる視線に、頑として譲らない意志が見えてリオセスリはそれならばと口を開いた。
「じゃあクロリンデさんのオススメの飲食店に連れて行ってくれないか?噂じゃあ個性的なところをいくつか知っているらしいと聞いているから気になっていたんだ。水の下だと変わったものは……あるにはあるが、美味しい変わったものを偶には食べてみたい」
 要求を述べられたことにクロリンデは胸を撫で下ろした。
「そんなことでいいなら、承知した。空いている時間を教えて欲しい」
「ああ。今日の勤務後に連絡しよう」
 目に見えて上機嫌になったリオセスリに、クロリンデはメロピデ要塞は看守側もそんなにも厳しい食事事情なのだろうかと同情した。
「服装は何がいいか……そう言えばクロリンデさん」
「なんだ、公爵」
「クロリンデさんのドレスは、その、大丈夫だったのか?」
「大丈夫とは?」
 今度はリオセスリらしからぬ言葉を濁し始めた態度に、忙しい男だとクロリンデは思う。
「犯人を拘束した時、結構動いただろう?破れたり形が崩れたり」
「ああ、それなら心配ない。あれは特注品だから」
「特注?」
「ダンスはもとよりある程度の戦闘にも対応できるようにオーダーしたんだ」
 踵落としや回し蹴りがある程度で収まるわけなかろうと言うツッコミは置いておいて、フォンテーヌでそのような無茶苦茶なオーダーを請け負えるデザイナーは一人しかいないだろう。
「もしかしてあのドレスのデザイナーは……?」
「ああ、千織の服は中々良いもので気に入っている」

 終