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果南(カナン)
2026-03-15 06:46:35
1889文字
Public
さめしし
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おにぎり
さめしし。つき合っている二人の幸せごはんの話。今回は村雨先生の夜食です。
村雨先生は大学病院勤務の設定。
電子レンジの扉を開け、中に手を伸ばした。
熱くなりすぎていないことを指先で確かめてから、掴んで取り出す。ノートパソコンを広げたままの机に戻り、椅子に腰を下ろしながら、包んでいるラップを剥がした。
ぶわっと立ち昇る、炊けた米の匂い。薄く揺らめく湯気。
丸みのある三角形のおにぎりは、獅子神の手でしっかりと握られたもので、ずしりと重い。コンビニなどで売られている通常のサイズに比べて、優に二倍はある大きさで、腹持ちも期待できそうだった。
しかも、楽しみはこの量だけではない。
「いただきます」
小さく唱えてから、かぷりと三角形の頂点に噛みついた。
口いっぱいに広がる、白米の味わいと甘み。微かな塩気が米を引き締め、良い噛み応えと旨みを引き出している。
そして、その奥から顔を出す
——
最高の具。
甘辛く煮詰められ、生姜の風味が効いた牛肉。おにぎりの中に入る都合で小さく刻まれてはいるが、しっかりとした存在感がある。一緒に煮込まれた牛蒡も十分に味が染みていて、肉と共に噛みしめると、歯触りの良さと旨さがじわりと脳に広がっていく。神経の伝達経路にはそぐわない、非科学的な言い回しにはなるのだが、この美味い具と米を存分に頬張っているという喜びは、確かに脳全体で満足している、という感じがするのだった。
やはり、獅子神の料理は素晴らしい。
そして、こうして夜食を整え、私に持たせてくれていることも。
今週はいつもにも増して多忙が続き、学会の準備が滞ってしまっていた。今夜の当直ついでに仕上げてしまわないと、予行のスケジュールに間に合わない。そう説明すると獅子神は、じゃあ食いながら作業できるほうがいいか、と言って、このおにぎり弁当を作ってくれたのだった。
ラップに包まれた大きなおにぎりは、あと二つ。他に、ウィンナーや卵焼き、プチトマトなどのちょっとしたおかずが、ラップを敷かれたタッパーに入っている。片手で食えるし容器も洗ってこなくていいからな、と獅子神には言われていて、箸の代わりに爪楊枝が二本、添えられていた。
黙々とおにぎりを咀嚼し、ふんだんな米と、牛肉のしぐれ煮を味わう。具の量は思ったよりも多く、これを綺麗に白米で包んでいる獅子神の手腕には、改めて唸らざるを得なかった。
キッチンに立ち、おにぎりを作る獅子神の姿を、思い浮かべてみる。
大きな手を薄く水で濡らし、塩をつけて、ぐっと白米を掬う。手早く形を整えながら、牛肉のしぐれ煮を中に乗せ、広げた白米で覆って、握っていく。多少冷ましてあるとはいえ、炊きたての熱い米だ。握り終えて皿に置いた時には、両の手のひらがうっすらと赤くなっている。その手を水で濡らして、また次を握っていく。
私のために、獅子神が作ってくれたおにぎり。
彼の、愛情。
「
……
礼を言わなくては、な」
もちろん、いつでも感謝の言葉は伝えている。弁当に限らず、日々の料理でも、その他の事でも。
しかし、こうして深夜の医局で、いつ鳴るのかと院内PHSを警戒しながら、期日の差し迫ったスライドをノートパソコンの画面で睨んでいると。
獅子神の弁当がことさらに温かく、ありがたく思えるのだった。
彼が私に向けてくれる、自然な優しさ、配慮。
惜しむことなく与えられるそれらを浴びて、ひと口ごとに彼を感じる。
彼の笑顔が、共にある。
「まったく、あなたは
……
」
静かな医局に、自分の言葉が流れた。
口元が自然に、笑みを刻む。
「素晴らしい恋人だ。獅子神」
手にしたおにぎりの、最後のかけらを口に入れる。すでに具のしぐれ煮は無くなっていたが、煮汁が染みて味の移った米は、また独特の旨さがあった。
ゆっくりと噛んで、飲み込む。ペットボトルの蓋を開け、冷たい緑茶を含む。
続けて、残りのおにぎりを食べるかどうか、迷った。
「ふむ
……
」
適度に腹は満たされ、脳もクリアになっている。少し集中して、次の休憩で食べるほうが良さそうだった。
個別にラップで包んでくれているから、そんな調節も簡単だ。
実に、素晴らしい。
「
……
ありがとう、獅子神」
明日帰ったら、必ずあなたに伝えよう。
感謝の気持ちを、愛の言葉で包んで。
いつも以上に。もっと。
照れて耳まで赤くなり、心拍を速めてたじろぎながら、それでも嬉しそうに頬を緩め、白い歯を見せる獅子神。眼前に鮮やかに立ち上がるその笑顔に、心の中でそっとキスを送って、空になったラップをごみ箱に放ると、私はノートパソコンの画面に向き直った。
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