来羅
2026-03-14 23:01:17
2370文字
Public トワウォ
 

贈り物(風信)

ワンドロライ第35回。




 龍捲風からもらったものはたくさんある。
 子供の頃の玩具、学校の道具、洋服、靴、ひとり部屋。それこそ生活の全ては龍捲風からもたらされるものでできていた。
 たぶん、今ならそうだと理解できるが、いきなり引き取ることになった子供をどう扱っていいのかわからなかったのだろう。あれがほしいと言えば買い与え、あれが食べたいと言えば作り食べさせ、龍捲風はとにかく信一に甘かった。今の甘やかしとは違う類のそれは、よくぞ高飛車に捻じ曲がらず成長できたものだと思う。
 駄目だと言われたことはほとんどない。
 そもそも物欲は然程なかったのだけれども。それでも信一が『外』の同年代の子供たちと遜色ない生活が送れるような『贅沢品』は惜しみなく与えられた。
 こちらが恐縮してしまうほどの甘やかしは、それが掛け値ない愛情の上に成り立っていたからこそ、信一の自己肯定感を高め、自称香港一の色男が生まれたのは蛇足だ。
「まぁ、さすがにバイク買ってもらったときは、この人正気かと思ったね」
「お前が言うなよ」
 最近手に入れたばかりのオモチャを得意げに乗り回してやってきた信一に、十二と四仔は鼻を膨らませて笑った。
 今日の信一は薄いピンクのシャツにボルドーのネクタイを合わせ、トラウザーズはストライプの入った洒落た格好をしている。メーカー品ではないものの、良い皮を使っているのがわかる靴はまだ汚れひとつない。
「で、今日の格好もまた龍哥の『プレゼント』か?」
「似合うだろ」
「怖い」
「似合いすぎて?」
「お前の頭が」
「なんでだよ」
 四仔の冷ややかな揶揄も、通じなければ意味がない。
 笑いながらその背を叩く十二からひったくった緑寶を一気飲みして顔を顰めた四仔に、また十二が笑った。
 似合っている、ことに異論はない。
 それがまた怖いと思う自分たちの感覚の方が間違っている気にさせられるこの親子が、さらに怖いと四仔は思う。
 二十を目前にしてもなお、足の先から頭の天辺まで龍捲風から与えられたものでできている信一は、疑問にも思わないらしい。
 欲しいと言えば与えられ、欲しいと言わずとも与えられる。
 贅沢になれてしまった体は貪欲だ。
「それで、なんでお前はそんな顔してんの」
 額を小突かれて、物憂げに見上げる。
 頬杖ついて溜め息を漏らす信一は、一枚絵のようにうつくしい。
「駄目だって言われたら生きていけない」
「まだ言ってねぇのかよ」
「言えるわけない」
 一言だ。
 たった一言。
 それが言えずにもう何年もうだうだとしている信一に、十二が呆れて肩を竦めた。
「龍哥に『好き。抱いて』って言うだけじゃん」
「だけじゃないだろ」
「あの人ならいいぞって言うかもしれないぞ」
「言うか。親子だぞ」
 右と左からのぞんざいな相槌に律儀にツッコミを入れて、また溜め息ひとつ。
 『親子』なんだ、と呟いた信一に、四仔が飲みかけの酒をボトルごと寄せた。
 龍捲風という男がいつから『父親』でなくなったのか、覚えてもいない。
 出会ったその日からだったかもしれないし、つい最近のような気もする。
 自覚した瞬間に失恋したも同然の恋は、今も胸の奥を焦がすばかりでじりじりと燃え続けている。
「『親子』ねぇ……
 半眼で見やる十二が、新しい緑寶の蓋を開ける。
「俺の知ってる親は、龍哥とは違ぇと思うけどな」
「俺の知ってる親とも違うな」
 子を無条件に愛するのが親、というわけではないと知っている十二にとって、龍捲風が信一に注ぐ愛情は度を越している。
 また少なくとも普通の親の元で育った四仔にとっても、何から何まで、まるで自分の色に染めるかのようにすべてを与える親はいはしない。
 それなのに、それらを与えられている信一だけが、その異常さに気づかない。
……重症だな」
「だな」
 龍捲風が。
 言葉に出さずに吐息に代えた四仔に、十二が頷いた。





「ああ、ここにいたか」
 気配もなく姿を見せた龍捲風に、酒に呑まれて机に突っ伏していた信一ががばっと顔を上げて振り返った。満面の笑み。尻尾があったらきっとぶんぶんと振っているんだろう錯覚に四仔は眉間を揉む。
「大佬、おかえり!」
「ただいま」
 外に出ていたらしい龍捲風に駆け寄る信一を、龍捲風が目を細めて頭を撫でる。
……耳が見える」
……俺は尻尾が見える」
 胡乱に呟くふたりに口角を上げる龍捲風の顔は、信一からは見えていない。それが良いのか悪いのか、龍捲風の顔はわかってやっている顔だ。ぞくりと背筋を震わせた。
「どれだけ飲んだんだ?」
「少しだよ」
 可愛く小首を傾げてみせても、吐く息の酒臭さと赤ら顔は隠せないが、まぁ、それすら龍捲風には可愛げに映るのだろう。頭が痛い。
「あまり羽目を外すなよ」
 土産だ、と手渡した袋はパンパンに膨れ上がっていた。見るまでもなく中身の検討はつくというものだ。おそらくは甘い物。酒のつまみには程遠い。そして。
「あ! 時計!」
「たまたま見かけてな」
 信一が以前より欲しがっていたその時計はもちろん、たまたまそこにあったから、といって手に入るものではない。
「大佬、サンキュー! 愛してる!」
「ああ、俺もだ」
 抱きつかんばかりに喜ぶ信一は、やはり何も疑問に思わないらしい。真新しい時計を身に着けて上機嫌に歌い踊る。
「その時計の針が重なる頃には帰って来なさい」
 ちらりと顔を上げた龍捲風と目が合った。
 十二も四仔も姿勢を正して、こくこくと頷く。
 足の先から頭の天辺まで。龍捲風によって整えられている男は、その時間まで知らず知らずのうちに手の平の上だ。
「アレで親子とか、ないわー」
「気が合うな」
 知らぬは本人ばかりなり。