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Re:その心は誰のもの

ホワイトデーふかがも
バレンタインの続き。蛇足だろうとハッピーラブラブにしたかった。

 おそらく蒲生くんはぼくに好意を寄せてくれている。バレンタインデーに告白した時、彼の心をそう強く感じた。だけど本人にその自覚はないようだ。だからホワイトデーにどのような返事をくれるのかはまだわからない。
 
 最近、蒲生くんは恋愛小説をよく読むようになった。ぼくにはその理由がわかる。先々週のバレンタインの告白の返事をするため、恋愛に関する理解を深めようとしてくれているようだ。そんな誠実さが嬉しくて、ますます蒲生くんを好きな気持ちが強まる。
 今は家事を終えてすべきことがないからぼくも読書をしたりテレビを見ていてもいい。だけど何もせず座布団の上に座り、机を挟んで向かい側にいる蒲生くんを見つめていた。今はそれが何よりも幸せに感じられる。
 小説を半分ほど読み進めたところで、不意に蒲生くんが顔を上げた。ぼくはずっと蒲生くんを見ていたために顔を上げた蒲生くんと視線がぶつかる。
「どうしたの?」
 蒲生くんは自分が見られていることに気づいていなかったらしい。まさか目が合うと思っていなかった様子で若干しどろもどろになる。
「いや、大した用事ではないが……手を出してみてくれないか」
 急に謎の頼みごとをされ、不思議に思ったけど素直に手を出すことにした。蒲生くんが無意味なことをするとは思えないし、きっと今読んでいる恋愛小説に関係することだから。
 蒲生くんは差し出したぼくの手を握手をするように握ると、訝しげに首を傾げた。
「もういい。ありがとう」
 蒲生くんはそう言ってぼくの手を離した。だけど手が離れていくことが名残惜しくて、蒲生くんが恋愛感情を理解できないまま終わってしまいそうで、今度はぼくの方から蒲生くんの手を掴んだ。
「待って」
「どうした?」
「もし小説で読んだ感情を理解しようとしているなら、こういう繋ぎ方の方がいいんじゃないかな」
 ぼくは一瞬手を離して蒲生くんの指に自らの指を絡めるように繋ぎ直す。蒲生くんの手は開かれたまま固まってしまったけれど、この繋ぎ方の意味がわかったみたいだ。繋いだ手とぼくの顔を交互に見て、バレンタインデーにぼくから告白された時みたいに顔を赤く染めていた。
「どう、かな?」
……わからん。だがもういい。これ以上は心臓に悪い」
 蒲生くんがぼくの手を振り払い離されてしまった。けれど読書を続けながらも心が落ち着かない様子で、ぼくのことを意識してくれているみたいだ。
 きっと蒲生くんが自分の気持ちに気づくのも時間の問題だろう。そう思うと期待で胸がいっぱいになった。


「朝食を食べ終わり次第、渡したい物がある」
 いつもより多い皿を机に並べて朝ごはんを食べようとしたところ、蒲生くんから唐突に宣言された。
 渡したい物が何なのか、言われなくても何かわかる。なぜなら今日はホワイトデー。蒲生くんの様子がいつにも増して真剣であることからしてもバレンタインの返事をするつもりなのだろう。
 ただでさえ起きてからずっと気が気でなかったのに、余計に緊張してしまう。蒲生くんもぼくのことを、なんて思っていたけれど、いざその日が来ると思い違いしていたのかもと不安に襲われてしまっていた。
……わかった。早めに食べるよ」
「いや、焦らなくていい。と言ってもゆっくり食べるほど気持ちに余裕はなさそうだが」
 ぼくの不安は蒲生くんにも伝わっていたようだ。淡々としているようで、その実ぼくに安心してほしいという気持ちをひしひしと感じる。
「うん、そうだよ。やっぱり気づいてたんだ」
「朝起きてからどことなく表情が固いし、張り切っているわけでもないのに朝飯を作りすぎだからな。深水が気もそぞろになるなんて、珍しいこともあるもんだ」
「流石に今日ばかりはね。もしかして、ぼくのことを心配して朝から渡そうとしてくれるのかな?」
 蒲生くんは図星をつかれたと言わんばかりに表情を強張らせた。少し機嫌を損ねたかのように口を曲げているけれど、本当は照れているのだとぼくにはわかる。微かに頬が赤いし、蒲生くんの心はずっと温かいままだから。
「そりゃあ今日一日上の空なまま過ごさせるわけにもいかねえだろ」
「気を遣わせてごめんね。でもおかげで少し気持ちが楽になった気がするよ。ありがとう」
 ぼくが本心からそう言うと蒲生くんは信じてくれたようだ。一瞬だけ優しい笑みを浮かべて心を落ち着かせていた。すぐにいつものように真面目で厳しい表情になったけれど。
「じゃあ雑談はこれくらいにして食うぞ。いただきます」
「いただきます」
 蒲生くんが話題を切り上げたのをきっかけに手を合わせ、それぞれ黙々と食べはじめた。
 蒲生くんは玉子焼きもしらすもたらこもお芋も次々と口に運んでいい食べっぷりだけど、どこかぎこちなく見える。蒲生くんも自分が返事をする側でありながら少し緊張しているようだ。
 一体全体、どんな返事をするつもりなのだろうか。今はまだわからない。だけど蒲生くんがぼくを想って誠心誠意向き合ってくれたことは感じられた。
 それならば結論がどうであれ、好きなままでいることくらい許してくれないだろうか。そんなことを考えながら、ぼくはこっそり用意したお菓子に思いを馳せながら必死に朝食を平らげた。

 お皿をシンクへ運び、蒲生くんが居間へ戻った隙にこっそり冷蔵庫からタッパーを取り出した。
 中には蒲生くんのことを想って昨日作ったお菓子が入っている。蒲生くんの返事が何であれ、ぼくが蒲生くんを好きな気持ちは変えることができないから。日頃の感謝と共にこの事実を伝えようと思った。
 お菓子をタッパーから透明な包装袋へ詰め替えてリボンを結んだ。それを後ろ手に隠してぼくも居間へ戻ると、蒲生くんが紫色の箱を持って立っていた。おそらくこの部屋のどこかに隠してあったのだろう。
「立ち話もなんだし座ってくれ」
「うん」
 ぼくは蒲生くんに促されてさっきまで座っていた座布団の上に座る。蒲生くんは自分が用意したお返しに不備がないか確認していて、ぼくもお菓子を持っていることに気づいていないようだ。そのため安心して背中側に包みを置く。
 蒲生くんも机の向こうに座るとぼくのすぐ目の前に箱を差し出した。
「まずは先月チョコをくれてありがとう。それで、これがお礼と俺からの返事だ」
 花の絵で彩られていて華やかさが目を引く。だけどそれ以上にアルファベットで書かれた文字が気になる。この綴りはおそらく……
「ありがとう。早速開けてもいい?」
「ああ。構わない」
 蒲生くんの許可を得られ、嬉々として箱を開ける。そこには予想通り円盤を二つ重ねて間にクリームを挟んだ焼き菓子、マカロンが入っていた。
 それを見て、ぼくは喜びで胸がいっぱいになる。だってこれが返事でもあるということは。
「マカロン……あなたは特別な人」
「知っていたのか」
「うん。元々どこかで聞いたことがあって、今回楽しみすぎて調べ直したから」
 蒲生くんの顔に赤みがかかる。言葉にする前に答えがばれてしまい気恥ずかしくなったのだろう。それでもめげずに強い眼差しでぼくを見つめ、言葉を紡ぐ。
……それなら今さら言う必要はないだろうが、これが今の俺の気持ちだ。深水のことを特別に思っている」
 マカロンを見た時点で幸福感を覚えていたけれど、いざ蒲生くんの口から直接言われると有頂天になる。
 好きが溢れて止まらない。ぼくもこの気持ちを伝えたい!
「嬉しい、蒲生くんもぼくと同じ気持ちだなんて。実はぼくも蒲生くんにこれを渡そうと思ってたんだ」
 ぼくは背中で隠していた包みを机の上に出した。中身は抹茶味のマカロン。蒲生くんが買ってくれたものほど綺麗な出来栄えではないだろうけど、上手く出来たと自負している。
 蒲生くんはぼくからも贈り物があると思っていなかったみたいで目を丸くしていた。
「俺は先月渡してねえぞ。また貰ってどうすんだ」
「これはぼくが渡したいだけだからお返しは気にしないで」
「そうさせてもらう。毎度毎度お返しを用意していたらキリがないからな」
 蒲生くんは机上の袋を受け取って中身を眺め、それからマカロンの意味を思い出したのか少しだけ口元を緩ませる。
 喜んでもらえてよかった。ぼくが微笑ましく思っていると蒲生くんがこちらを見て、慌てて取り繕うように表情を変えた。わざとらしくぼくを睨みつける。
「まさか俺がマカロンを買ったこと気づいてたのか?」
「ううん、偶然被っただけだよ。あなたは特別な人って意味を知ったらもう一度気持ちを伝えたくなっちゃって。だから蒲生くんも同じ気持ちなのを知って驚いたし、今すごく幸せだよ」
 ぼくが笑いかけると蒲生くんは照れくさそうに頭を掻く。だけどすぐに伏目がちになり、困ったように眉を下げていた。
「悪いが、正直言って同じであると断言はできない。恋愛小説や指南書を読んだりしたがいまいちしっくりこなかった。……だけど」
 蒲生くんの目が再びぼくの方を向く。まだ迷いがありそうだった言葉とは裏腹にその目には迷いを感じない。
 だけどの後何を言うつもりなのか。ぼくは固唾を飲んで続く言葉を待つ。
「前に手を繋いだ時、確実に他の奴らには抱かないような感情があった。だから深水が特別な存在であることに間違いない。少なくとも俺は深水が俺に向ける感情と同じだと信じている。これでは、深水の気持ちに応えたことにはならないだろうか」
 包装袋の封入口を掴む蒲生くんの手が強く握られる。袋の上の方はくしゃりとなったものの、中身のマカロンは無事だ。
 蒲生くんが精一杯、自分の気持ちを伝えてくれている。ぼくはそんな彼の様子がありがたくて愛おしくて、自分の両手で蒲生くんの手を包んだ。
「ううん、そんなことないよ。蒲生くんが真剣に考えて出した答えだもの。ぼくも同じ気持ちだって信じてる」
 ぼくがそう言うと蒲生くんは安心したように少しだけ手の力を緩めた。だけどまだ緊張の面持ちは崩せないでいるようだ。まだ自身の気持ちに不安があるからなのか、はたまた先日手を繋いだ時のような感情になっているのか。
 どちらなのかはっきりとしないけど、どちらでもいい。ただぼくは蒲生くんに安心してほしくなって、さらにそれ以上に彼自身の気持ちをもっと知ってほしくなった。
 蒲生くんの手を離して立ち上がり、机を回って蒲生くんの元へ行く。そんなぼくを蒲生くんは不思議そうに見上げていた。
「深水?どうした……って、おい!」
 ぼくは蒲生くんの隣に座りこんで彼を抱きしめる。蒲生くんは抵抗するような声を上げながらも一切振り解こうとはしていない。そのために体温も鼓動もきちんと感じ取れる。
「蒲生くんは今どう感じてる?」
「心臓がうるさい……
「それは蒲生くんの?それともぼくの?」
……両方」
「ふふ、それならぼくたち同じだね」
「それも、そうだな」
 ぼくからは蒲生くんの顔が見えないけど、息遣いで少し笑ったのがわかった。
 きっと、もう気づいている。ぼくも、蒲生くんも。