2026-03-14 22:02:27
2584文字
Public りゅうみこ
 

お返しは、/頼灯

頼灯ハッピーホワイトデーが書きたくて書きました。
ホームボイスとはちょっと齟齬があるので、if時空ということで何卒…

『神子さま、このところ毎日お勤めに励まれておりますでしょう? 明日はどうぞごゆるりとお休みください』
 昨日のお勤めの終わりにたまきからそう告げられ、急に今日の予定が空いてしまった。
 いつもより少しだけ遅い時間に起きて、身だしなみを整えてから朝食を食べる。
 こんなにのんびりと過ごす朝は久しぶりかもしれないなあ、なんてぼんやりと思いながら後片付けを済ませたところで、付け文の受信を知らせる音が耳朶を叩いた。
【結川、今いいだろうか?】
 ベッドサイドに置いていた貝文箱を手に取り、通知欄をタップすると、頼朝さんからの付け文がディスプレイに表示される。
 シンプルながらも実直さが滲み出ている彼らしいメッセージに思わず頬を緩ませながら、私はすぐに「はい」と返信をする。すると、目を離す間もなく頼朝さんからの返事が届いた。
【お前に渡したい物があるのだが、今日会える時間はあるか?】
【今日は一日お休みなので、いつでも大丈夫ですよ】
【それではこれから会いに行っても構わないか? 今どこにいる?】
【はい。自分の部屋にいます】
【わかった。十五分後に伺わせてもらおう】
【お待ちしています】
 メッセージのやり取りが途切れ、私は思わず貝文箱を抱きしめるように胸元に寄せてしまう。
 思いがけず頼朝さんと過ごす時間ができ、胸が高鳴る。込み上げる喜びのまま、「やった」と弾む声で呟きを零した。


「おはようございます、頼朝さん。どうぞ中にお入りください」
「おはよう。邪魔をする」
 ぴったり十五分後に宿舎の扉を叩いた頼朝さんを満面の笑みで出迎えると、柔らかな微笑みが返ってきて心の奥がじんわりと温かくなる。
「お茶の用意をしますので、座ってくつろいでいてください」
……待ってくれ」
 浮きたつような心地のまま踵を返そうとした瞬間、心なしか切羽詰まったような――聞き間違いかもしれないけれど――声音に引き止められ足を止めた。
 頼朝さんに向き直り、目を上げて頼朝さんの顔を見つめる。あまり感情をあらわにしない彼の面持ちが、わずかに張り詰めているような気がした。
(頼朝さん、緊張している……?)
 逡巡するような様子は、まるで初めて私の部屋に来た時みたいで。
 でも、あの時とは違って、注がれるまなざしには揺るぎがない。だから、私は頼朝さんが話を切り出すのを待つことにした。
――灯、これを」
 ほどなくして沈黙を破った頼朝さんから差し出されたのは、彼の瞳の色を思わせる青緑色のリボンで可愛くラッピングされた、ちょうど両手に載る大きさの箱。
 そういえば、付け文に「渡したい物がある」と書いてあった。何かの記念日だっただろうか、と考えを巡らせ、はたと気づく。そういえば今日は――
「先月の……バレンタインデーのお返しだ」
――っ!」
 たった今頭の中に浮かんだとおりの答えを頼朝さんの口から告げられて、私は目を丸くする。
 たとえ私と同じ世界の出身だとしても、人生の半分以上を桜霞の世界で生きてきた頼朝さんにはバレンタインデーやホワイトデーの文化には馴染みがないはず。それなのに、お返しを用意してくれた。
 驚きと、それをはるかに上回る喜びが胸に迫って、咄嗟に声が出ない。
 口を噤んだ私の姿に何を思ったのか、不意に頼朝さんの表情が曇ったように見えて、私ははっとした。
「あ、ありがとうございます!」
 やや声を上擦らせながら、差し出された箱を受け取る。手に持った瞬間、ほのかに甘い香りが鼻腔をくすぐって、心がときめいた。
「よければ、箱を開けてみてくれ」
 頼朝さんに促されるまま箱を腕に抱え、リボンをほどく。取り落とさないようにそっとふたを開け、私は息を呑んだ。
「わあ……! 可愛い!」
 目に飛び込んできたのは――マカロンの詰め合わせ。綺麗で味を想像するのも楽しい、色とりどりのそれだけではなく、桜の花をかたどったものもあって、思わず子供のようにはしゃいだ声を上げてしまう。
 胸のうちの思いを載せた視線を送れば、頼朝さんがほっとしたように相好を崩した。
「喜んでもらえたようでよかった」
「すごく嬉しいです。改めて、素敵な贈り物をありがとうございます」
 大好きな人が私のために心を砕いてくれたことがたまらなく嬉しくて、幸せで。今の私はきっと、しまりのない笑みを浮かべているに違いない。
 ありったけの思いを言葉にして紡げば、頼朝さんは面映ゆそうに口を開いた。
「好意を寄せる相手にホワイトデーのお返しを贈るのは初めてだったから、たまきや他の精霊たちに助言をもらいはしたのだが、お前のことを想いながら贈り物を選ぶ時間は……とても楽しくて、幸せだった」
 そのひと時を思い起こすように目を伏せ、頼朝さんがはにかむように目を細める。その瞬間、彼への愛おしさが一気に込み上げてきて胸がいっぱいになった。
 頼朝さん――悠真さんが、好き。だいすき。
 堰を切ったように溢れ出す想いに突き動かされるまま私は背伸びをして、私は彼の唇に自分のそれをそっと重ねた。
「あか、り……!?」
「大好きです。――悠真さん」
 触れるだけの口づけを解いて、囁くように思いの丈を伝える。
 不意を突かれ、見る間に染まっていく頬を隠すように、悠真さんが自らの口元を手で覆った。
「お前には本当に――
 途中で言葉を切った彼が、空いている手で私の腕の中にある贈り物をひょいと取り上げて、テーブルへと置く。
 再び私のほうを向いた悠真さんに優しく肩を抱かれ、そのままどちらからともなく額を合わせた。
 間近で見る彼の双眸は、私への愛情を雄弁に語っている。熱を帯び、いつもよりわずかに色の濃い瞳に見惚れながら、私のそれも彼の目に同じように映っているのだろうかとぼんやりと思う。
 そうだとしたら少し気恥ずかしいけれど、困りはしない。だって、まなざしでも想いを分かち合えるなんて、とても幸福なことだから。
……俺からも口づけてよいだろうか?」
「勿論いいですよ」
「ありがとう、灯。愛している――
 愛する人が私の名を呼ぶ声が、愛を紡ぐ声が、耳元から全身に巡り、私を満たしていく。
 重ねられた唇から伝わってくるかけがえのないぬくもりに包まれながら、まぶたを下ろしたのだった。