何故俺達はこんなところ、街外れのコーン畑に迷い込んで、なのに何故隣に座るゼノは呑気にお袋が持たせてくれたピクニック用のランチボックスから取り出したサンドウィッチ
――俺らは今日、実験をするのじゃな具公園に遊びに行ってることになっていた
――を食べながら狭い空を眺めているのだろう、と、俺は太陽に照らされて湯立つ頭で考えた。でもそれもすぐにやめてしまった。ここで足止めを食らってる理由は分かりきっていたし、ゼノが余裕たっぷりなのはいつものことだったからだ。
高い茎が視界を遮るせいで、まるで自然の天然の迷路にいるように感じられ、頬を撫でる風で不気味に音が鳴る、そんな畑の中に俺達が迷い込んだのは、ゼノ製作のロケットが軌道を外れて発射され、コーン畑のど真ん中に落ちたように見えたからだった。それにしても不気味な光景だ。これじゃあまるで、ありきたりなホラー映画の導入みたいじゃないか。
――いや、別に怖いわけじゃないぜ? だってこれは現実だ、親父が好んで読むスティーブン・キングの短編みたいな展開が待ってるってわけでもないし、あんな狂信者ばかりの宗教がこの街に存在するとも思えない。それにコーン畑で迷うなんて、そもそもが都会のお坊ちゃん達の空想だ。トウモロコシは機械で等間隔に植えられているから、その畝に沿って歩けば十数分もあればここから抜けられる。でも、なのにどうしてゼノはそうしないんだろう。なのにどうしてゼノはここから抜け出さないんだろう。それはハイスクールで習う問題よりややこしく、幼馴染みの不可解な行動のせいか、単なる夏の水分不足からか、俺は頭を締め付けるような頭痛に悩んだ。
「スタン、顔が赤いよ。レモネードを飲みたまえ。熱中症になってしまう」
俺が黙りこくっていると、ゼノはそう言ってでかいペットボトルこちらに渡した。俺はそれを受け取り、キャップを開けて口をつける。ゼノはマヨネーズ、セロリ、ナッツを混ぜたソースを舐め取り、いたずらっぽく笑っていた。お袋自慢のチキンサラダサンド、婆ちゃんが教えてくれたらしいレシピ。
「大丈夫かい? でも、この分じゃロケットを見つけるのは一苦労だね。データを取りたかったんだが諦めようかな」
俺がレモネードを半分ほど飲むと、ゼノはぶつぶつと早口に言った。ぎらきらと頭を照らす太陽はもう傾きかけていて、確かにコーン畑に落ちた精密機械を夕暮れ前に見つけるのは難しいように思えた。ロケットは見つけたいが、さすがに夜遅くなったらお袋が怪しむ。だって俺達は公園でピクニックをしていることになっており
——ハイスクール生と飛び級の大学生がそんなことをするわけがないっていうことは置いておいて
——そんなんで夕食に遅れたら大目玉だったからだ。スタンリー、本当のことを言いなさい。ピクニックじゃなくて何をしてたの? 本当にゼノといたの? 煙草はともかく、薬だけは絶対に許さないわよ!
お袋の小言を想像して、俺は勝手に憂鬱な気分になった。このままコーン畑で迷い続けていたいとすら思った。キングの映画みたいに不気味な子供達が出て来たら、銃をぶっ放してやんのに。あいにく今銃はないが、大勢との喧嘩の仕方くらい分かってる。いや、もちろん俺達は別に迷っているわけじゃないのだが、抜け出すのは簡単な話なのだが
……。
「せっかくのピクニックなのに憂鬱そうだね」
「あんたがロケットを失くしちまったんだぜ? 折角長い時間を書けたってのにそれでいいん?」
「原因究明が困難なミッションもある。こんなんでへこたれちゃいられないよ」
そう言ってゼノはサンドウィッチを小さな口に完璧に放り込み、咀嚼し、俺の持つレモネードに手を添えた。その時、指が触れてしまい俺はちょっとだけ動揺した。コーン畑を舞台にするのはホラーと相場が決まってるのに、コーン畑でロマンチックな展開が始まる恋愛映画なんて聞いたことがないのに、甘い感覚を見せるものがあったとしたって、そんなのは結局ホラー映画の導入に違いないっていうのに、もし今俺達が隠れてキスでもしたら、恐ろしいピエロがやって来て、滅多刺しにしてくるかもしれないのに。
「それに、ロケットの捜索より楽しいこともある」
「ゼノ
……?」
宇宙みたいな、真っ黒な瞳が近付いてくる。撫で付けた銀髪が風に揺れて、レモネードの甘酸っぱい匂いが漂う。サンドウィッチの、ちょっと塩からい味も想像出来る。
このままキスしちまう? このままファックしちまう? 青空の下で、あんたの中に入っちまう? それもいいね、あんたとファック出来るんならさ、ホラー映画の冒頭で殺される売れない役者みたいな最後も、喜んで受け入れられるね。
狭い視界、頭の上にある真っ青な空、傾いた太陽。あれが落ちる前に俺達は家に戻んなきゃならない。だったら、今指を触れさせているそれだけじゃなく、もっと深くくっつきたい。あんたの隣にずっといたい。永遠を感じたい。コーンメイズみたいな畑の真ん中で、あんたのことを感じていたい。
「
……スタン、今キスしたら、僕達って殺人鬼に殺されるかな?」
「あんた、見る映画は選んだ方がいいぜ」
俺もおんなじこと考えてた、とは言わなかった。その代わりに俺はゼノの頬に手を添え、そしてキスをした。サンドウィッチとレモネードの味がするキスをした。
これからファックするのかどうかは分からない。いつ畑の持ち主が来るとも知れないし、金のない学生が俺達のように遊びに来るとも知れなかったから。
唇は甘い、酸っぱい、塩からい。でも、ゼノの味もする。だから、俺は最高にハッピーだった。こんなに幸せなんだ、ホラー映画の憂鬱さや閉塞感に相応しくないんだ、俺達ってやっぱりさ、冒頭で殺される能天気なカップル役なのかもね。それくらい、俺達は完璧な幸せの中にいたからさ。たとえいつか来るモラトリアムの終わりが俺達を襲っても、きっとそんなの簡単に乗り越えられるからさ。俺達って、それくらい愛し合っていたからさ。
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