しか野
2026-03-14 20:48:59
2771文字
Public スミイサ短編
 

目は口ほどに(スミイサ)

2024.10.5/約2,700字/遠恋する2人。イサミの横顔は美しいなって話です。

目は口ほどに

初出:2024.10.5
※再録本『Just we two』に収録
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 日本国内にて遠距離恋愛という状態にある2人は、久しぶりに重なった休暇を利用して小旅行へと繰り出していた。歴史的な建造物をこの目で見たい、とスミスが熱望したので、日本は京都の某観光名所に連れてきてやったところである。
 周囲は観光客でごった返しているため、じっくりというわけにはいかないが、イサミとしても久しぶりの場所を楽しんでいたり、スミスにも同じように楽しい思い出を作ってほしいと熱心に思っていたりした。
 にも関わらず、だ。
……スミス」
 イサミは隣に立つ男に、低い声で呼びかける。彼はすぐさま、溶けた飴玉みたいにでれでれの目を向けてきた。呼ばれて嬉しいと表情にありありと現れていて、飼い主に尻尾をぶんぶんとふる犬のようだとも思った。
「なんだい? ……俺のかわいいお姫様は、ご機嫌斜めかな?」
……
 ぎろっと鋭くひと睨みしてやると、彼はアメリカのホームドラマみたいに戯けた様子でホールドアップしてみせる。
「冷たい目も、出会った頃のことを思い出すから悪くないな。あの時のお前はクールで……っと、本気で睨まないで」
 機嫌を直して、とスミスがぐいっと腰を抱いて体を寄せてくる。人前ではやめろと言いたいところだが、どうせ周囲の人間はおしゃべりに夢中だったり、(スミスと違って)歴史的で荘厳な建物をしっかり目に焼き付けたりしている。とりあえず、手の甲をつまむのはやめておいてやった。
「あのなぁ、俺じゃなくて、目の前の景色を見ろよ!」
 ここに集まった大勢の人々の主たる目的を、イサミは指し示した。その指の動きに釣られるようにスミスの目線も動くが、すぐさま元のところ、すなわちイサミの方に戻ってくる。
「Huh? 見てるよ、もちろん。エキゾチックで最高のtempleだな!」
「てきとーすぎ。絶対見てなかっただろ」
……じゃあ俺は、何を見ていたと思う?」
……
 意地の悪い男だ、わかっていて聞いている。
「イサミ?」
 整った精悍な顔が覗き込んでくる。きらきら輝く緑色の瞳に射抜かれると、イサミは尾てい骨のあたりをくすぐられているかのように、どうにも落ち着かない気分になるのだった。
……気になる、そんなに見られてると」
 再会したときからずっと、彼の視線は己の横顔にばかり注がれている。だからイサミの心臓は絶え間なく早鐘を打っていて、息苦しいほどだった。
「恥ずかしい?」
……うん」
「イサミ、お前って本当に……24時間365日ずっとかわいいな」
 素直に肯定したイサミにスミスはいたく感激した様子で、頬のあたりに唇をくっつけてくる。柔らかい感触とちゅっという音に、さすがに彼の顔をぐいぐい引き離した。そこまで許した覚えはない。いてて、なんて言っているが、言葉とは裏腹にその顔は嬉しそうだ。
……そんなにそばにいないんだから、分かんないだろ」
「分かるよ。俺にとってイサミはいつだって、世界一かわいくてきれいでクールな男だから」
……
「照れてる。はぁかわいい……大好きだ」
 たぶん赤くなっていたのだろう、指の腹で頬をなぞられて、くすぐったさに目を細める。俺も好きだと返すのはなんだか気恥ずかしいから、夜2人きりになったら言ってやろうと思った。

***

 スミスは幾度となく、イサミと共に日本国内を旅行したがった。曰く『イサミの育った国を、隅々まで余すところなく見てみたい』とのことだが、南鳥島や沖ノ鳥島まで足を運びたがったらどうしよう、なんて考えたりもする。
 それはさておき、本日見に来ているものといえば滝である。ナイアガラの滝のような大瀑布、とまではいかないものの、なかなか立派で見応えがあった。
 しかしスミスは相変わらずである。今日も今日とてうっとりと、イサミの横顔をじっと見つめてくるのだった。やはり恥ずかしいものは恥ずかしいが、人間には『慣れ』というものがある。ちょっとからかってやろうかと思って、口を開いた。
……なぁ。そんなに見てたら、飽きちまうんじゃないか?」
「え? 何に? まさかお前に?」
 水の落ちる音で声がとても聞き取りづらくて、自然と顔が近づく。
「そ。見飽きるぞ」
 イサミは、今日もきらきら輝いている1対のグリーンアイ、その間をちょこんとつついた。
 自分の顔が、あまり面白味のない造作である自覚はあった。スミスは物好きなのだ。こんな顔を、かわいいかわいいと猫でも愛でるみたいに撫で回してきたりして。
 スミスがここにきて初めて、ほんの少し不愉快そうな顔をする。心外だ、とその表情は物語っていた。
「それって笑えないjokeだぜ、darling。俺がお前に飽きる?」
「そんなことないって?」
「当然だろ。……ずっと、お前だけを見ていたいよ。俺の目線、ここで永久に固定されたらいいのになぁ」
 ここ、とスミスはイサミの頬に手を寄せてまっすぐに見つめてくる。恥ずかしいという気持ちがぶり返してきて、思わず視線を逸らしそうになるが、スミスの目が放つ強い圧力がそれを許さなかった。まるで1本の矢で射抜かれているような気分だった。
「俺はイサミが大好きなんだ」
「し……知ってる、けど」
「忘れるなよ、イサミ。俺は君の全てを愛してるってこと」
 everything、全て、とイサミは心の中で反芻する。彼の声はとても真摯な響きをしていた。顔の作りがどうのこうのとか考えるのが、馬鹿らしくなるくらい。
「ああ……本当にきれいだ」
 地中奥深くから発掘された宝物でも愛でるみたいに、スミスの手がイサミの頬を繰り返し撫でる。
……物好きなやつ」
「Nope、俺はすごく趣味がいいんだ。目も嗅覚も、それに、運もね」
 だから君を見つけられた、とスミスは笑う、心から幸福そうに。
 彼と出会わなかったら、なんてIFは考えたところで無意味なことだった。そんな世界は存在しないからだ。寒気がするから、考えたくもない。
 イサミは急に湧き上がってきた衝動に任せ、目の前の男にぎゅっと抱きつく。周囲の大勢の人々など、もう眼中になかった。Wow!と嬉しそうな声と共に背中と腰に逞しい腕が回り、強く力を込められた。彼に包まれていると、ここが世界で1番安心して呼吸ができる場所だと心底思う。
「イサミ……このまま離れたくないな……
「俺も……
 
 実は近々転勤を控えていて──幹部は大体、2、3年に1回は配置が換わるのだ──、お前の近くに行く予定だと告げたら彼はどんな反応をするだろう? イサミは想像して愉快な気持ちになり、スミスの肩に頬を押し付けながら口元を緩ませた。