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しか野
2026-03-14 20:44:18
5202文字
Public
スミイサ短編
each other(スミイサ)
2024.8.4/約5,000字/奥ゆかしイサミ!!!
each other
初出:2024.8.4
※再録本『Just we two』に収録
----------
「イサミ、手を握ってもいい?
……
ありがとう」
スミスの大きな手が、遠慮がちに、そして慎重にイサミの手を握る。大胆に指を絡めるでもない、小学生みたいなやり方だった。
「あー
……
キスをしても?
……
いい? よかった」
そうして触れるのは唇ではなく、頬だ。柔らかくて温かいものがくっついて、ほんの一瞬ですぐに離れる。大した余韻も残さずに。
「今日も楽しかったな、イサミ。
……
おやすみ」
良い夢を、と耳元で囁いて、額にキスをくれる。それは恋人にするような色気のあるものというより、幼い子供の安らかな眠りを祈る父親のような、あたたかい親愛のこもったものだった。少なくとも、受け取っている側のイサミはそう感じていた。
デート──と、イサミは認識している──のたびに、スミスときたら概ねこういう態度でイサミに接してくる。イサミの中で、徐々に疑念が膨らんでいくのも致し方ないだろう。
つまり、スミスはイサミを、恋人として愛してはいないのでは、と。
日本は関東に暮らすイサミと、沖縄駐留のスミスとでは、そう頻繁に逢瀬を重ねることはできない。ひと月かふた月に1回、ある時はイサミがスミスの元へ、ある時はスミスがイサミの元へ飛んでいき、またある時は全く異なるところで合流して旅行を楽しむ。そうして愛を育んでいた──つもりだった。
「
……
あいつ、俺のこともうあんまり好きじゃないのかも」
イサミはちびちびと熱燗をなめながら、低い声で漏らした。言葉にするのが恐ろしくて避けていたが、アルコールの力で口が軽くなっている。
「んな馬鹿な。ありえないでしょあいつに限って」
「確かに。イサミさん、何かあったんですか? 喧嘩?」
「早く謝った方がいいよ。あんたがちょっと『ごめん』って上目遣いで言ってやれば、ころっと許すんだから」
「間違いないですねぇ」
「好き勝手言いやがって
……
」
イサミが恋の悩み──と表現するのは、自分のことながら中々きついものがある──を打ち明ける相手は決まってこの二人、ヒビキとミユだ。自他ともに認めるほど友人の少ないイサミにとって、貴重な相談相手である。男性同士の付き合いという点にとやかくいうこともなく、息もしやすい。
「ごめんごめん。そんで、何があったの? あいつがあんたを好きじゃなくなるって
……
天地がひっくり返っても、またデスドライヴズが攻めてきてもありえないんだけど」
「例えが物騒すぎますけど同感です! イサミさんは多分、何か誤解してるんですよ」
「なんで断言できるんだよ」
「だって、ねぇ
……
スミスだよ?」
「スミスさんですもんねぇ
……
」
ヒビキとミユが顔を見合わせ、深く頷き合う。「何を今さら?」と言わんばかりの態度である。
「おい、理由になってねぇぞ」
「なってるよ。『スミスだから』。それだけで十分!」
「でもでも、イサミさんが誤解しちゃうようなことがあったんですよね。すれ違いも美味しいっちゃあ美味しいんですけど、私お2人にはずーっと仲良くしていてほしいんです」
「
……
なんだよ、美味しいって」
「こちらの話です! ということで、相談乗りますよ! どーんと任せてください」
「
……
そのつもりで誘った」
「よしよし。素直で可愛いやつめ。さぁ話してごらんなさい、愚弟よ!」
「俺の方が歳上
……
まぁいいか」
イサミは気恥ずかしく思いつつも、2人にスミスとの関係について吐露した。毎日の通話やたまのデート、その穏やかな──穏やかすぎる時間について。
「かわいいお付き合いをしてるんですねぇ!」とミユが目をきらきら輝かせながら鼻息を荒くしていたが、果たして『付き合っている』と言えるか怪しいところだ。
「なるほどぉ
……
」
「つまり、手を出してくれないから拗ねてるってこと?」
「そういう露骨な言い方すんなよ。
……
あいつ、ブレイバーンだった頃はもっとこう
……
わかるだろ?」
「まぁ、分かります。ぐいぐいっと来てましたよね」
「あんたへの愛を全く隠してなかったよねぇ。そう考えると確かに、妙に慎重というか
……
」
「んー、イサミさんが不安になる気持ちもわかる気がします」
女子2人は腕を組み、イサミの不安に同調する。付き合い始めるまではとことん情熱的に積極的に、結ばれたら冷たくなるなんて、釣った魚に餌をやらない男のようだ。スミスがそういうタイプとは思わないが、違和感は拭い切れない。
「別れた方がいいのか
……
? いや、そもそも付き合ってるのか? 俺たち
……
」
テーブルに額を押し付けてぶつぶつつぶやくイサミの肩を、励ますにしてはあまりに力強くヒビキが二、三度と叩く。
「おーおーうじうじしちゃって。月並みで悪いけどさ、ちゃんと話し合った方がいいと思うよ」
「私もそう思います。すれ違いや誤解は、早めに解消したほうがいいらしいですよ」
「らしい、って。なんで伝聞なんだよ」
「薄い本で学びましたので!」
自信満々に言ってのけるミユに、薄い
……
? と首を傾げるが、彼女がときどき理解し難い言語を話すのはいつものことなので、イサミは気にしないことにした。多分、ミユにはミユの恋愛教本があるのだろう。
「次の休みにあっち行くんでしょ? ちゃーんと思ってること伝えてきなよ」
「
……
わかった。ちゃんと、伝える」
宙ぶらりんの曖昧な状態で関係を続けるのは、お互いのために決して良いことではない。
もしスミスの気持ちがもうこちらにないとして、彼は友情に篤く底なしに優しく良い男だから、友人を傷つけまいと別れを切り出せず惰性で付き合ってくれているのかもしれない。そう考えるとイサミは胸が苦しくなり、目の奥がじんと熱くなってくるのだった。
そして、それがもし真実だとしたら早く彼を解放してあげたいと、心から思った。
◇◇◇
「イサミとの関係は慎重に進めてるよ。
……
以前リョウマが言ってたんだ。『日本人は恋愛には奥手で慎ましいから、がっつくと引かれるぞ!』って」
すっかり慣れた沖縄のビール、それがなみなみ注がれたジョッキを煽る。そして鼻の下にこしらえた白い髭をぬぐいながら、スミスは得意げに友人へ語って聞かせた。
「ああ、それは俺も聞いたことがあるな」
ヒロは重々しく頷く。彼も沖縄の日本人女性に声をかける時は、軽く見られないよう気を遣っているらしかった。
「あいつは日系だからな、俺よりもよほど日本人に詳しかった。だからワイキキのバーでつい舞い上がっちまったこと、後でちょっと叱られたんだよ
……
『あれじゃあ怖がられちまう』って」
「でも、お前は見事にやり遂げた。愛しの日本人の隣を、見事ゲットした! ってわけだ」
「まさにその通り。だけど、俺は決して調子に乗らない」
びしっと人差し指を立てて見せる。あの時──オペレーション・ボーンファイアの時のように、気持ちを暴走させたりはしない。ゆっくり、慎重に、雨だれが石を穿ち穴を空けるように根気強く、イサミの心を解きほぐしていくのだ。ゆくゆくはもちろん、体を重ねる。長期目標である。シミュレーションはすでに完璧で、彼を抱く妄想で何度己を慰めたか分からない。
「ま、頑張れよ。お前たちが幸せになれば、アラカイ大尉も喜ぶ」
「ああ、間違いなく。無事結婚に漕ぎ着けたら、真っ先に報告するつもりだ」
スミスは俄然、張り切った。来週にはイサミがやってくる。今回は、沖縄を代表する観光地として名高い水族館へ案内してやる予定だ。とびきりロマンチックなムードの中、今回こそ恋人同士のように手を握り合ってみせる。今回の目標を、スミスはそう定めていた。
———
「別れないか? 俺たち
……
」
「
……
は?」
まさしく『bolt from the blue(青天の霹靂)』だった。ひと月ぶりの再会だと言うのに覇気がない様子だったから、体調でも悪いのかと気遣うと、彼は首を横に振って予定通りのデートを望んだ。だから水族館にて色とりどりの魚を眺めたあとに、最近贔屓にしているシーフードレストランへとエスコートするという中々悪くないプランを決行した。イサミもおそらく楽しんでくれていたと思う──のだが、食事の席で彼の口から出てきたのは、まったく思いもよらない言葉だった。ずっと様子がおかしかったのは、『これ』を告げるためだったというのか。
スミスは落ち着いて口の中のものを咀嚼して飲み込み、ナイフとフォークを置いた。冷静に話したかった。
「今、何て言った?」
「
……
別れないか、って言った」
イサミはうなだれて、同じ言葉を繰り返した。どうやら、少なくとも空耳ではなかったようだ。
「
……
なぜ?」
それは当然の疑問だろう。想いあっていると信じていた恋人から、今『別れ話』をされているのだ。ぞっと背筋が粟だった。考えるだに恐ろしい、彼と離れるなど。
まさか、今日のデートは最後の思い出作りだった、とでも言いたいのか?
「だって、お前
……
俺のこと、もうあんまり好きじゃないだろ?」
「
……
どうしてそう思ったのか、理由を聞かせてもらってもいいかな」
「馬鹿な!」と叫んでテーブルをよほど叩きたかった。全くあり得ない、太陽が西から登るくらいにはありえない。しかしスミスは努めて冷静に、イサミを怯えさせないことに注力した。
イサミが顔を上げる。彼はぎゅっと唇をかんでいた。ああ、かわいい唇から血が出てしまう。スミスは思わず手を伸ばしかけたが、ぐっとこらえた。
「
……
だってお前、俺のこと、腫れ物みたいに扱ってるだろ。無理に付き合うこと、ない。嫌なら嫌って、はっきり言ってくれ」
「待って、待ってくれイサミ。おそらく、極めて重大なミスアンダスティングが生じていると思う
……
頼むから、俺の話を聞いて」
公衆の面前でする話ではないかもしれない。スミスは店員を呼んですばやく支払いを済ませると、イサミの手を引いてレストランを出た。彼は唯々として従っている。抗う気力もないのかも、と考えると、スミスが思っている以上にイサミの心は傷ついてしまっているのかもしれなかった。
彼をどうにかレンタカーの助手席に乗せると、スミスも運転席に座ってエンジンをかける。エアコンをかけると冷たい風が顔に当たって、いくらかスミスを落ち着かせてくれた。
「
……
イサミ、俺の話を聞いてくれる?」
「
……
」
こく、と頷いてくれた。まだ話す余地があることにほっとする。彼の中でこんがらがっているらしい何かを、一本一本丁寧にほどいてやらなくてはならない。
「俺
……
前に聞いたことがあったんだ。日本人は恋愛に関しては慎ましいから、あんまりがっつくと引かれるって」
「
……
誰に?」
「覚えてるか? アラカイ大尉」
「ああ
……
お前の、上官だった人」
たぶん、直接会ったことはないはずだ。ワイキキのあのバーで、顔を少し見たくらいかも。だが戦没者を悼み、語り合うたび、スミスは彼の名を口にした。だからイサミの脳にも刻まれている名前のはずだった。
「そう。あいつにそう聞いて
……
すごく
……
我慢してたんだよ」
「が、まん
……
」
「がっつかないように。
……
イサミを怖がらせたくない。大切にしたいし、ずっと一緒にいたいから」
「
……
スミス
……
」
イサミへの思いを込めて、掛け値なしの本音を明かす。うまく伝わったのだろうか、彼の表情は、先ほどまでよりいくらか明るく見えた。
「どうかな
……
誤解は、解けた?」
手を伸ばして、膝の上にある彼の手を握る。お互い、言葉が足りていなかったのだと思った。
「
……
別に、いい。我慢しなくても」
イサミが手を握り返してくれる。彼の手のひらは冷たいのに手汗でしっとりしていて、どうやら緊張していたらしいと知れた。思いやりのある彼のことだから、『スミスのためにも、別れてやらなくては』だとか、きっとそういうことを考えていたのだろう。
「
……
大事にしたいのは本当なんだ。君を心から愛してるから」
「
……
分かった。ごめん、俺、早とちりした」
「いいんだ。俺も勝手に思い込んで、突っ走っちまった」
お互い様だな、と笑いかける。イサミも微笑んで、難しいもんだなと肩をすくめた。
「
……
ゆっくり、すり合わせていこう。イサミ、君のことをもっと教えてほしい」
「
……
うん。俺も知りたい、お前のこと」
「じゃあ、まずは
……
キスをしてもいい?」
もちろんここに、と唇をつつく。イサミは頬を真っ赤に染めると、ぎゅっと目を閉じた。眉間に走った皺が途方もなく愛おしくて、スミスは身を乗り出して唇を重ねる。はじめてのキスは、先ほど食べたロブスターの味がした。
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