しか野
2026-03-14 20:36:33
8723文字
Public スミイサ短編
 

死さえ2人を(スミイサ)

2024.5.19/約8,700字/ヒビミユイサの女子(?)会はかわいいですね

死さえ2人を

初出:2024.5.19
※再録本『You are the one』に収録
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「今からお前のこと、口説いていいか?」
「え……?」
 革張りの柔らかなソファで膝を寄せ合い、他愛もない話をしているときだった。ふとイサミが何か思い立ったように、そんなことを口にする。スミスは突然の、思いも寄らない提案に体を硬直させた。

***

 紆余曲折──の四文字で片付けるにはあまりに濃い経緯を経てお互い無事に原隊復帰し、今はそれぞれの国で職務にあたる日々をおくっている。それゆえに、いわゆる遠距離恋愛下にある二人だが、今さらその程度で揺らぐような柔な絆を結んではいない。それにスミスときたら、本当に真面目に働いているのか疑わしいくらい頻繁に、イサミに会うため訪日するのだった。愛娘のルルは一緒であったり、あるいはスクールの友人と遊ぶため──もしくは両親に気を遣って留守番したりと様々だった。
 明日はニヵ月ぶりに、彼がはるばる半日かけてやってくる。イサミはもちろんあらかじめ休暇の申請をしていて、『相変わらず仲が良くて何よりだ』と理由など聞かずとも分かっていると言わんばかりのサタケから、つつがなく承認ももらっている。
 スミスの滞在中は、彼の仮住まいとなるホテルに出向く予定なので、部屋を特別掃除する必要はない。準備だって、着替えさえあればほとんど事足りる。つまり、明日午後に彼を迎えるため空港へ赴くまでは、特にやることもない。趣味の筋力トレーニングに励むくらいだろうか。
 そういうことなら!とヒビキと共にイサミを誘いにやってきたのがミユである。久しぶりに飲みましょうよと連れられて、着いた先は青い暖簾のかかった庶民的な居酒屋だった。基地に程近いため元々なじみの店なのだが、建物はまだ真新しく木目もつやつや輝いている。それもそのはず、ここはデスドライヴズの襲撃で全壊し、つい最近再建されたばかりなのだ。
 暖簾をくぐると、店主の威勢の良い声がかかる。
「朝が早いなら遠慮しようと思ったんですけどね!」
 早速てきぱきとビールを三杯と、それからいくつかの料理を注文したミユが、お通しのもつ煮を受け取りつつ目を爛々と輝かせながら言った。
 小上がりに設えられたテーブル席は高い衝立で仕切られていて、個室ではないにしろ比較的話しやすい。ミユとヒビキが並び、向かいにイサミが座るのが三人で飲むときの定番の席次だが、時が経って酔いが回るにつれ意味をなさなくなっていくものである。
「いやー、こいつはどんだけ飲んでも平気だって」
「それはそうなんですけど、気持ちがはしゃいでると酔いって回りやすいじゃないですか? だから念のために」
「はしゃいでるって、誰が」
 イサミは訝しむが、ヒビキがおかしそうに笑いながら、
「そんなの、あんたに決まってるじゃない」
 と言ってのけたので、イサミはぐっと口をつぐむことになった。
「顔に出ちゃってますよぉ。いいじゃないですか、はしゃいじゃって! あっ、ほらビール来ましたよ!」
 それぞれグラスをもって、掛け声とともに打ち鳴らす。イサミはぐぅっと一気に半分ほど飲み、味のしっかり染みたもつ煮を摘まんだ。味が前と変わっていないことに心が安らぐ。
「はぁ~……それで、最近スミスさんとはどうなんですか?」
 上唇についた泡をぬぐいつつ、ミユがぐっと身を乗り出してきた。彼女は趣味兼専門分野であるメカに関することと、それからスミスとの関係についての話題になるとこうして目をきらきらと輝かせるのである。よくわからないが大分気にかけてくれているらしい、とイサミは彼女の反応を前向きに捉えていた。
「どう、って言われてもな」
 良くも悪くも、彼との関係は何も変わらない。特段、新鮮なネタなど持ち合わせていないというのが正直なところだった。
「そんなの聞くまでもないでしょ。うまくいってない二人なんて想像できる?」
「できません! けど! やっぱりアツアツの惚気をたっぷり、ご本人の口から聞きたいわけです! 明日への活力のために!」
「か、活力……?」
「はい! さぁどうぞ! とびきり濃厚なやつを!」
 丸めたおしぼりをマイクのように突き出され、イサミはすっかり困り果てた。ヒビキはにやにやと人の悪い笑みを浮かべて頼りになりそうもない。濃厚なやつ、濃厚なやつ……と脳内で懸命に唱えつつ、イサミはもごもご口を開いた。
「惚気、って言われてもな……毎日ビデオチャットで話してるくらいだ」
「毎日? 欠かさず?」
 きゃあ、とミユが嬉しそうに鼻息を荒くし、ヒビキが片眉を上げる。何か変なことを言っただろうかと怪訝に思いつつ、イサミは頷いた。
「ああ。時差があるから難しいこともあるけど。だいたい俺が寝る前、あっちの出勤前くらいが多い……かな」
「どんな話を!?」
「別に……その日とか前の日にあったことを話すくらいだな」
 二人の間に横たわるのは、概ね十六時間ほどの時差である。何か特別な用事や課業上の事情がない限り滅多に夜更かししないイサミは、概ね二十二時ごろに床に入る。すると朝の早いスミスとはちょうど、入れ替わるような形で眠ることになるのだった。その前にひととき、画面向こうの平べったい彼と声とだけの逢瀬を楽しむのが日課である。
「毎日って飽きない? って、あんたたちには愚問だったかぁ」
「仲が良くって何よりじゃないですか! それで?」
「ええと、それで、あいつが……今日も愛してる、とか、なんかそういうことを言って、終わる……
 ヒュウ、とヒビキが口笛を鳴らすのはもはや様式美とも言えた。
「それになんて返すんですか!?」
「ん、まぁ、ありがと、とか……俺も、とか……いや、なんでこんなこっ恥ずかしいこと言わなきゃいけねぇんだ!」
 雰囲気に乗せられていたイサミがようやく正気に戻り、アルコールのせいではなく顔を真っ赤にしながらテーブルを叩く──とはいえ人目のある場所なので極めて控えめである。
「もー! お腹いっぱいになっちゃうじゃん! 注文しすぎたかも。食べきれないよ」
 ヒビキは次々サーブされる小料理たちを眺めつつ、言葉とは裏腹に楽しげな様子で頬杖をついて笑う。弟分の幸せそうな様子が嬉しくてたまらない、という表情だった。くすぐったくなったイサミはごまかすように、ぬるくなり始めたビールの残りを一気に飲み干した。
 しかし一方、ミユはむむっと目を唇とを引き結ぶと、厳しい様子で腕を組んだ。また何か語り出すぞ、と二人は少しばかり身構えてみせる。
「イサミさん! 駄目です、そんなんじゃ!」
 やがてカッと目を見開いたミユが、力強く言ってのけた。
「駄目って……なんだよ」
「いえ、スミスさんはおそらく全く気にしてないでしょうけど、それでも……たまにはイサミさんの方から、熱い愛の言葉をぶつけないと!」
 ぶつけると言うより何か叩き壊すように空をパンチして見せ、ミユはなおも熱く語る。
「それはあたしも思うなぁ。もちろんお二人さんがかんっぺきに相思相愛ってことは分かってますけど? それでもさ、たまには伝えてみてもいいんじゃないの〜?ってね」
「そういう、もんか……?」
「ま、初めての彼氏ならわかんないか」
 勝手知ったる風に胸を張るヒビキに、彼女の方こそここのところ恋の気配がないことを知っているイサミは、どうにも納得いかないと顔を顰めた。
「なんだよ偉そうに」
「何よ」
「まぁまぁ! そういうことで! イサミさんはスミスさんをびしっと口説いてきてください! 休み明けに報告、待ってますからね!」
 にわかに睨みあい始めた二人を宥めるように割って入ったミユが、ほどよく冷めたフライドポテトを数本イサミの口にぐいっと押し込む。塩気がきいていて美味なるそれを咄嗟に受け止め、咀嚼する間もなくヒビキがぱんっと手を打ち鳴らした。
「はい、決まりー!」
「決まりですね!」
……お前らな、勝手すぎんだろ!」
 行儀よく飲み込んでから反論するも、聞き入れるものはこの場には1人もいなかった。
「やー、楽しみだなー! ほらイサミ、餃子おいしそうだよ。いくつ食べる? 良い子のイサミ君におねーちゃんが取ってあげよう」
「次は何飲みます? 私は熱燗いっちゃいます! イサミさんもどうですか? あっでも焼酎もいいですねぇ」
……
 この二人が組んで、口で勝てた試しは一度もない。いや、多分一対一でも叶わないだろう。寡黙な己にはあまりに不利な戦いだ。しかし、こんな口約束など無視を決め込んでしまえばいいことなのである。
(いいこと、だけどな……
 スミスのことは、間違いなく愛している。疑いようもない自分の本心だ。そしてその気持ちは彼にも正しく伝わっているだろうし、彼だってほんのひとかけらも疑っていない、そう信じている。
 彼はそれはもう様々な表現をもってイサミに愛を伝えてくる。比喩だってお手の物だ。それに対してイサミは、ああ、だとか、うん、だとか端的な言葉で返してしまいがちだ。何しろ、恥ずかしいので。
 スミスは慣れたもので、『shyなイサミもとびきりcuteだよ』と喜んで額やら頬やらに飽きもせず唇を押し付けてくるが、本当に何も思うところはないのだろうか。そう考えると、ヒビキやミユの突拍子もない提案が、極めて正しいことのように思えてくるのだった。

***

「なるほど、そういうことか」
 先日の飲み会での出来事をかいつまんで語ると、スミスは納得したように何度か頷いた。
……嫌だったか?」
「まさか! 違うぞイサミ! そうじゃなくて、お前の言う通りってこと。イサミが俺のこと大好きだって、ちゃんと伝わってる」
……
「だから、ミユの言う通り。全然気にしたことがなかったよ」
「そ、うか……じゃあ、やめてお──」
「ちょっと待ってイサミ、それはそれとして、是非やってみてほしい……とは思う」
 ホテルの客室の、そう明るくはない照明の下でもスミスの目はまるで自ら発光しているようだった。その目をわくわくと一層輝かせながら、スミスはイサミの両手を包み込む。
「やってみる、って
「俺のこと、口説く……ってやつ。どう?」
……いいけど、馬鹿にすんなよ」
「するもんか」
 スミスはたちまち真摯な眼差しをもって、イサミを見つめ始める。思わずその視線から逃げるように俯くと、彼の手が──いつか贈りあった指輪の片割れが目に入った。もちろん己の左手薬指に、同じものがはまっている。普段は傷をつけたくなくて仕舞っているが、こうして彼と会う時だけは、照れ臭く思いながらもそこに煌めきを灯しておくのだった。
 これを互いの指に通し合ったとき、スミスは泣いていた。これは嬉しい涙だよ、と微笑みながら。それを思い出して、今ならば何でも言えるような気がした。
……その、えっと……
 口ごもりながらどうにか、イサミは思いつくままに言葉を紡ごうとする。多分それでいいのだ、あれこれ考え込むよりも。
 スミスは手を引っ込めると、かしこまるようにして自身の膝の上に緩く拳を作った。上官の説教でも聞くみたいだとほんの少しおかしく思いながら、イサミは口を開く。
「俺……本当に、お前には感謝してて……いや、こういうのじゃないな」
 彼に何かを改めて伝えようと思ったとき、やはり最初に出てくるのは感謝だった。
「お前がずっと一緒にいてくれたから、戦えたし、世界も救えたし……それからも、色々あったけどよ……変わらずそばににいてくれて、その、感謝してる……
 スミスはずっと優しく、イサミに心を砕いてくれた。殴られたり怒鳴られたりもしたが、それについて今さらどうこう言うつもりはないし、必要なことだったと理解している。
 イサミはそろりと顔を上げた。彼は緑の目を優しげに細め、言葉をひとつでも聞き洩らすことがないよう、耳を傾けているようだった。
 伝えたいことはまだある。
「そう、それからルルだ。いきなり現れたあの子にも優しくして、面倒見てやって、今じゃ親子だもんな。すげぇよ。あいつは幸せ者だな、お前みたいな父親ができて」
 今や彼の娘となっている彼女が現れた時には、こっちが必死に命かけているのに!と激昂したものだが、思えばスミスがよそ見をしてしまったようで気に入らなかったのだろう、と冷静に自己分析できた。末っ子気質め、とヒビキにも時々笑われる。
 それから、とイサミは眩い一対の緑色に目を向けた。
……お前の目、すごくきれいだ……本物は見たことないけど、たぶん宝石ってお前の目みたいにきらきらしてるんだろうな。……前の青色も、俺の田舎の海の色に似てるってずっと思ってた」
 思っていたが、気恥ずかしくて伝えられていなかったことだ。
 スミスは目の色が変容してしまったことを、一時期気にしているようだった。亡くなった親から譲り受けた大切なものの一つをなくしてしまったような、そんな喪失感に見舞われていたのだろう。だが彼は気丈に笑って、お前と共に戦った証だ、と誇って見せた。
 だがイサミは、どんな色だってスミスのものならば等しく美しく見えるのだろう、と心から思う。
「お前に見られてると、恥ずかしいけど、嬉しい。俺のこと好きだって、いつも顔に出てるから」
 イサミはまた俯く。自分だってそうなのかもしれない、と思った。言葉少なでも伝わってしまうくらい、スミスが好きだと言う気持ちが目や表情に現れているのかも、と。急に恥ずかしくなって、きゅっと口をつぐんだ。
 ふと、ぐず、と鼻をすするような音がした。顔を上げると、すっかり目を潤ませた金色の男が感極まった様子で唇を震わせている。
「す、スミス? 泣いてんのか?」
「そりゃ、もう……嬉しくて。……ありがとう、イサミ……。これ以上惚れるのは無理ってくらい好きなのに、さらに上があるものなんだな。お前のこと、好きで好きでたまらない……
 スミスは手の甲で目を乱暴に拭うと、両腕を広げて見せた。
「スミス……
「愛してるよ、イサミ」
……俺も……愛してる」
 招かれるままに、イサミは腰を上げて彼の膝上に乗り上げた。彼の逞しく広い背中に手を回してぴたりと隙間なく体を寄せ合うが、スミスはなかなか涙が止まらないようだった。
「泣くなって、スミス」
「ごめん……でも幸せなんだ。怖いくらい」
 こつん、と額をぶつけて、ぽろぽろ雫をこぼす目を間近でじっと見つめる。頬を伝うそれを舐めとるとしょっぱくて、それは確かに生きている人間の味だと思った。
「どうしたら、怖くなくなる?」
 すっかり湿っている、濃く生えそろった金色の睫毛にも舌先を這わせる。そして怯える彼を慰めるように、濡れた頬を両手で包んでやった。
「分からない……難しいな」
……幸せすぎて怖いっていうのは多分、その幸せが離れることを想像しちまうからだろ」
「そう、なのかな……? ……そうかもしれないな。イサミは俺のこと、俺よりも分かってる」
 揃いの指輪が煌めく左手に、スミスが右手を重ねてくる。TS乗り特有の、胼胝や肉刺のつぶれた跡が目立つ硬い手のひらだ。そのかさついた手で頭だとか体のあちこちだとかを撫でられるのが、イサミはいっとう好きだった。
 その感触を享受しながらイサミは、なぜ彼がこんなにも怯えるのかを懸命に考えた。
『イサミが俺のこと大好きだって、ちゃんと伝わってる』
 本当に伝わっているのならば、離れるはずがないとなぜ信じられないのだろう。なぜ怖がるのだろう。
 それはすなわち、イサミの想いが彼に正しく伝わっていない証左なのではないか。
……スミス」
「うん?」
「ちゃんと、言う。これからは。……たぶん俺、お前に甘えちまってたんだな」
 口下手だとか、もともと無口な気質だとか、そういうのは関係ない。『何か』があって後悔してからでは遅いのだ──それはあの戦いの最中、嫌というほど思い知ったではないか。
「ちょ、どうしたんだイサミ、急にそんな」
「急じゃない。……好きだぜスミス。俺はお前から離れる気はない。お前が離さない限りは」
「離すわけ、ないだろう! ずっと一緒だ……死んでも君のそばにいる」
 文字通り、彼は爆縮し戦死してもなお異なる肉体を得てイサミのそばにいたのである。しかし結果的に、イサミは彼が命を落とす瞬間に2度も立ち会ってしまった。それは還ってきてくれた今でもイサミの心に深い傷跡を残しているし、おそらく完全に癒える時は訪れない。時折ちくちくと苛んでくるそれを、甘受して生きていくしかないのだ。
……死ぬとか、簡単に言うなよ」
「ごめん……でも本当の気持ちだ」
「頼むから……もう俺に、お前が死ぬところを見せないでくれ……
 三度目はおそらく耐えられないだろう、そういう確信があった。きっと心が壊れてしまう。そうして幸せな夢の世界に逃げ込んで、二度と戻れなくなるに違いなかった。
「わかった。じゃあ、お前より長生きするって約束する。けど……
 スミスは言葉を切ると、イサミの両手を重ねて強く握った。手のひらは燃えるように熱く、指輪だけが硬質な冷たさを伝えてくる。
「お前が死んだら、すぐに後を追う」
 宝石のような虹彩に血が巡り、いっそう鮮やかに輝く。決して冗談など言っていない、その目は真剣そのものだった。
 例えばイサミがたったいま突然の病で儚くなったとして、スミスは即座に喉にナイフを突き立てて見せるだろう──
 そう考えて、イサミは背筋がぞっとするのを感じた。それは恐怖からではない、間違いなく歓喜から湧き上がってきたものだった。しかし理性が訴えてくる、彼にそんな寂しい行為を許してはいけないと。
 無意識のうちに唇を舐めていた。緊張をごまかすときの仕草だった。
……馬鹿言え、ゆっくり来いよ。何十年でも待っててやるから」
 慎重に絞りだした言葉は理性的だった。これで正しいだろうか、最愛の恋人に告げる言葉として。
 しかしスミスは、受け入れがたいとばかりに首を振る。
「お前が誰かに奪われるんじゃないかって不安なんだ。本当は、いつもそうだ……ごめんな、こんなこと言っても仕方ないのに」
「俺を選ぶ物好きはお前くらいだろ」
 死後のことすら気にするのかと半ば呆れると、スミスは先ほどよりずっと強く首を横に振ってみせた
「イサミは何もわかってない! そういうところもお前らしいけど……はぁ、このままステイツに攫って行こうかな」
「お断りだ。……そもそも、俺はお前以外を見ることなんてない。お前と違って、よそ見はしないからな」
 冗談か本気か分かりづらい言葉をすげなく跳ねのけて──少しでも迷うそぶりを見せたら本当に連れていかれそうな気がしたので──、イサミは強気で言ってやった。胸を張れることではないがイサミはスミスと結ばれるまで恋愛経験など一切なかったのだ。なんとなく、このまま一人きりで人生を歩んでいくのでは、という予感が常にあった。そんな展望を文字通り爆発せしめたのが、いま目の前でぶつぶつと不満を表明している男である。
……でもブレイバーンに対してはまんざらでもなかっただろ。あの時ルルが来なかったら、どこまで許すつもりだったんだ?」
「ブレイバーンはお前だろ。つまり、俺はお前しか見てないってことじゃねぇか」
 もちろんあの時は『ブレイバーン=スミス』と理解していたわけではないが、彼にならば何だって許せると本能が告げたのだ。だから、かの心優しい機械生命体がスミスの転生した姿であることに驚きはしたものの、ごく自然に飲み込むことができたのではないか。イサミは己の一途さについて、そういう風に分析してスミスに語って聞かせてやった。
「イサミ……君はすごいな。とっても熱烈で、情熱的だ」
「これでも、まだ怖いか?」
 俺のスミス、と耳元で囁く。
 素直な言葉も、口に出してみるとなんだか気持ちがよかった。多分溜まりに溜まった、ストレスにも似た何かを発散できているからだ。羞恥心なんかに負けず、もっと積極的に伝えてすっきりして、それでスミスも喜ぶのだから一石二鳥ではないか、イサミはふわふわとした頭でそんなことをつらつら考えた。
 スミスはくすっと笑うと、ただでさえくっついている下半身をより意識的に押し付けてくる。
……ううん、もう大丈夫だ。けど、俺の不安をなくすもっとgoodな方法があるんだ……どうかな?」
「それは?」
 分かっていながらもあえて、イサミは悪戯っぽく笑みながら首をかしげる。悪い子だなとスミスが笑いながら、胸の中心……心臓のあたりにそっと手のひらを押し付けた。
「お前のこと、たくさん愛してもいいかな」
 小動物のようにどくどく早鐘を打つそこが潰れてしまうくらい、激しくされたい。イサミは唾を飲み込むと、精いっぱい蠱惑的に微笑んでスミスの下半身の、服を押し上げるものに指先で触れる。
「それでお前が安心できるなら。……じゃないな、俺もされたい。時間はたっぷりあるぜ、darling」
 抱き合いながら一緒に死ねたらどんなに気持ちいいだろう、イサミはそんなほの昏いことを考えた。しかしそれはほんの一瞬のことだ。スミスに力強くソファに押し倒され、すぐに思考は吹き飛び、真っ白に染まっていった。