しか野
2026-03-14 20:33:46
5257文字
Public スミイサ短編
 

ひみつだよ(スミイサ)

2024.5.3/約5,200字/イサミお酒激強い説を推している

ひみつだよ

初出:2024.5.3
※再録本『You are the one』に収録
----------

 また一緒に飲みに行こうという約束を果たすため、二人はかつて歓談したワイキキのバーにいる。帰国前に時間をとれたのは幸いだった。
 二人はそれぞれ、スミスは好物のコナビールの瓶を、イサミはカクテルグラスを傾けている。中身は鮮やかなグリーンのカクテルで、その色が自分の目の色に似ていると感じたのは、自惚れだろうか。
 背後のテーブルでは、生還した仲間たちが声を上げて盛り上がっている。そのくせ、スミスとイサミを邪魔すまいとしてか、カウンターには寄ってこないのだった。
……気を遣われてるな」
「どうやらそうらしい。でも、いい夜だな。イサミ」
 彼は薄く微笑んで頷くと、またカクテルを一口飲んだ。中々ペースが早い、確かもう三杯目だ。日本人の多くはアルコールを無害化する能力が低い──すなわち酒に弱いらしいから、ほどほどのところで止めてやらなくてはいけないだろう。
「原隊復帰、したらさ……もう中々、会えなくなるな」
「寂しいことを言わないでくれよ、bro。お前が呼んだら、俺はどこへだって飛んでいくさ」
「九メートルの巨大なロボットになって?」
「残念ながら……鉄の塊に乗り十二時間かけて、だな」
 他愛もない会話で目を細めて笑うイサミに、スミスは見惚れた。彼は親しい相手には豊かな表情を見せてくれるが、笑顔のバリエーションは少ない。というより、レアリティが高い。大抵は無表情か、あるいは難しい顔をしているかだ。だけどそれが綻んだ時のかわいらしさと言ったら、筆舌に尽くしがたかった。そして無防備で、どんなことをしても守ってやりたくなってしまう、危うさのようなものも秘めている気がする。
「でも帰国前に、お前もステイツに来るだろう?」
「ああ。……仕方ないことだが、俺はあまり目立つのが好きじゃない。騒がしいのも」
 アメリカ本国で行われる、名誉勲章の叙勲式を憂鬱に思っているのだろう。ようやく覗いた笑顔は隠れ、イサミは物憂げな表情でため息をついた。
「知ってるよ。でも俺たちが脚光を浴びることは、ルルを守ることにもつながると思う」
 わかってる、とイサミは神妙な顔で頷いた。
 戦災に巻き込まれた孤児として保護したが、極めて高いパイロット適性があったために特例で兵士として徴集した──というのが、彼女に与えられたシナリオである。敵性存在によって作られた『人に限りなく近いもの』などと知られては、どんな好奇の目にさらされるか分からない。スミスとイサミに世間の目を集めることで、彼女の存在を薄めてやる必要があった。
「イサミは何も心配しなくていい。ずっと俺のそばにいてくれ。お前を、無粋な輩の目になんか晒させやしないさ」
 ぱちん、と安心させるように片目を閉じてやる。イサミは、長いままの前髪の隙間から、じっとこちらを見ているようだった。
……
「叙勲式の時だけは仕方ないけどな。でもそれ以外では背中に隠れてていい。俺はお前のknightだから」
……
……な、何か言ってくれないか」
 めいっぱい恰好つけているのに、イサミから返ってくるものといえば視線と沈黙のみである。彼はしばらくそうしていたが、やがて目をそらすと、
……マスター、同じやつおかわり」
 いつの間にか空になっていたグラスを差し出しているのだった。
「イサミィ! そんなイサミィ!」
……いいよ、守ってくれなくても。ガキじゃねぇんだからさ」
「ガキとか、そういうんじゃないよ……俺が勝手に、お前を守りたいだけ」
……マスター、もう一杯」
「イサミィ! ちょっとペースが速いぞ! それと俺の話聞いてたか!? 結構キメてたんだぜ!?」
 両肩をつかんで揺さぶってやりたかった。イサミの目元辺りが赤く染まりつつある。これはいよいよ、チェイサーを注文して付けてやらねばなるまい。
 スミスの言葉を、イサミは笑えないジョークとでも受け取っているのだろうか。しかし紛れもない本音だった。スミスはイサミのことが大切で、守りたくて、そして大好きだ。それはすでに伝えている気持ちだった。イサミから『you too』は聞けていないが、同じ気持ちであるとほとんど確信している……怖くて中々問い質せないが。
……聞いてるよ、スミス」
「イサミ……
「あー……これ美味いな。もう一杯いっとこう」
「イサミ、頼むからそのへんで! 水! 水を飲もう! な?」
「いらない、そんなの。マスター、ロブ・ロイ」
「それめちゃくちゃ強いやつだろ! やめとけって!」
「お前ももっと飲めよ、カウボーイ。まさか、ジャパニーズに飲み負ける気か?」
 煽るような台詞と、中々話を聞いてもらえないもどかしさが相まって、少々鶏冠にきてしまった。からかわれているだけと分かっていても、ここで乗らなければ男が廃る。まったく馬鹿らしいしヒビキやヒロあたりが聞いていたら呆れられていただろう。
……言ったな?」
「言ったぜ、坊や。……マスター、こいつに同じのを」
 初老の紳士は肩をすくめて、だが口は出さずにグラスを出してくれた。

***

 気がついたら自室の、乱れたシーツの上だった。
 こんな過ちはどんな女の子相手にだってしたことがなかった。スミスは酒に強い方と自負していたし、海兵隊の規則でも酒量は厳しく制限されている。だというのに!
……これは……
 頭ががんがんと酷く痛むし、胃に泥でも流し込まれたみたいな強い不快感がある。こみ上げてくるものを抑えるように口に手をやりながら起き上がると、己は全裸だった。一糸まとわぬ姿とはこのことだ。そして隣には、やはり同じく裸の人間が壁側を向いて横たわっていた。薄いブランケットから小麦色の肩を覗かせ、すやすや呑気に寝息を立てているのは、間違いなく無二の相棒その人である。
(holy shit……
 ざっと音を立てて血の気が引いた。おそるおそるブランケットをめくると、相棒もやはり全裸だった。腰のあたりには明らかに強く力を込めたような手のあとがくっきりと、それから背中に不気味な病気にでもかかったかのように鬱血痕が無数に散らばっている。ところどころ歯形もあって痛々しかった。はたから見ればとんでもない暴行を受けた被害者そのものだ。あまり記憶が残っていないが、間違いなくしこたま飲んだくせ、己の息子は中枢神経の鈍化に負けずにいきり立ったというのか! あるいは体中に吸い付いて撫でまわしたり噛みついただけかもしれない。とても『だけ』とは言い難い行いではあるが、せめてそれだけであってほしいと心から祈った。
「い……イサミ! イサミ起きてくれ! イサミ!」
……んぁ……? なんだ、朝か……?」
 さすがに規則正しい自衛官、寝起きは悪くないようだ。イサミはふぁ、と大きなあくびをして目をこすりつつ、のっそりと起き上がった。想像はしていたが、これまで見えていなかった胸のあたりもやはり鬱血と歯形まみれだった。特に乳首のあたりなんてひどいものだ。スミスは思わず頭を抱えた。
「あー……なるほど」
 うんうん、とイサミは二、三度頷いた。いやに冷静だが、どうやら二人の間にただならぬ事態が起こったことは即座に理解したようだ。この惨状を見ればさもあらん。しばらく腕を組んで目をつぶり、何某か考えた後にイサミは口を開いた。
……よく覚えてないが、なかったことにしようぜ」
「イサミ……すまない、本当に。た、多分俺がその、お前を……
 二日酔いによるダメージは濃かったが、それ以外に……具体的に言うと下半身に違和感はなかった。むしろすっきりしている気がした。するとイサミは自身の腰のあたりをさすりつつ、けろりとした様子で、
「うん、尻が痛いな」
 あっけらかんと言い放つ。スミスは強い眩暈を覚えて倒れこみそうになった。誰より大切な想い人にとんでもない無体を働いたことが確定してしまったのだ。
「やっぱり……。本当に、どう詫びたらいいのか。まずは思いきり殴ってくれないか? 手加減は一切いらない。それから、どうか訴え出てくれ。軍法会議にかけられる覚悟も、どんな罰を受ける覚悟もある。もちろん極刑でも構わな」
「待て待て、待ってくれスミス」
 立て板に水のごとく言葉を並べ立てるスミスを、イサミが慌てた様子で遮ってくる。そんなことは思いもよらない、という表情だった。
「イサミ、だけど」
「いいんだ。お互い酒に酔ってたってことで、忘れようぜ。俺は女じゃないんだし」
 話はここまでと言わんばかりに、イサミはベッドから降りようと素足を冷たい床におろした。しかしそうはいくまいと、スミスは彼の肩をつかんで引き留める。
「そんなの関係ないだろう! お前は暴行を受けたんだ、そこに男女の別なんて」
「俺がいいって言ってんだからいいんだよ! スミス、少し落ち着け。お互い冷静になろうぜ?」
「俺は冷静んぶっ」
 イサミは手を乱暴に押し付けてきて、スミスは強制的に口をふさがれる。危うく舌を噛んでしまうところだったし、鼻まで覆われて呼吸すらできない。
「そこまで。とりあえず俺は部屋に戻る。シャワーも浴びたいしな。……あー、悪いが下着を貸してもらえるか? どこに放り投げたか分からん」
「もご…… わ、わかった」
 彼の手が離れて、ようやく息ができる。大きく息を吐くと、まずは彼の要求に応えるべく痛む頭をどうにか堪えて立ち上がり、着替えが詰め込まれているチェストまで向かうことを目標とする。心底痛いし気持ちも悪いが、イサミの受けた仕打ちを思えば容易いことだった。
「あっ……
 背後から、例えるなら急所をふいに触られてしまったかのような、艶のある声がした。びくっとして振り返ると、ベッドから降りたイサミ──今さら隠す気もないらしく全部むき出しだ──が、尻に手をやって顔を赤くしていた。
「た……
「た……?」
「たれてきた、お前の……
 スミスは今度こそ気を失って倒れこんだ。

***

「あいつと飲んで、酔っぱらって……それで、なに?」
「ええとその……その、喧嘩というか。ぶつかりあいというか、そういったことを、だな……
 格納庫でヒビキを捕まえたはいいが、この場で全てを詳らかにするわけにはいかず、スミスはいまひとつ的を射ていない説明に終始することになった。イサミが許してくれれば、彼女にも真実を告白する覚悟がスミスにはあるが。
……
「その顔、やめてくれないか……。何も覚えてないと言うんだが、やっぱり、その、ちゃんと話し合うべきだと思って。彼が今どこにいるか知らないかい?」
 言い募るスミスに、ヒビキは何もかも察したかのように心底嫌そうな顔をした。男同士の痴情のもつれ話など聞きたくない、とそのしかめっ面が告げている。しかしすぐに眉間の皺は解けて、きょとんと不思議そうな様子を見せた。
「何も覚えてないって、イサミがそう言ったの?」
「ああ。でもけろっとしていたな。二日酔いにはならないタイプか、うらやましいな……
 ジャパニーズがみんな酒に弱いなんて偏見だった、と反省するばかりだ。脳の記憶もアルコールによって刻まれた内臓の記憶も一切合切消し飛ぶなんて、中々さっぱりしていて良い酔い方だなと変に感心してしまった。
……あのさ」
「うん? なんだい、そんな真剣な顔をして」
 しばらく逡巡していた様子だったが、意を決したというようにヒビキが口を開いた。
「たぶん教えといた方がいいと思うから。……あいつ、とんでもない『ワク』だよ」
「WAKU?」
「ああ、ええと……大酒飲みってこと。すぐ顔は赤くなるけど、いくら飲んでもずーっと正気だし、記憶をなくしたなんて聞いたこともない。ダイダラ隊はみーんなあいつに潰されたことあるよ。サタケ隊長だって」
 もちろんあたしもね、とヒビキは嫌なことを思い出したように再び顔をしかめた。
「あー……Are you kidding?」
「No」
……
 誰より近しそうに見える友人殿にきっぱり断言されて、スミスは一瞬頭が真っ白になった。
 彼女の言うことが本当なら、彼はすべて覚えている。お互い浴びるように酒を飲んだことも、その後二人してスミスの部屋に行ったことも。それから服を脱いで抱きあい、セックスしたことを。スミスのものを胎に注がれたことも。全部だ。
……あいつなら、さっきジムに行くって言ってたよ。妙に厚着してるなと思ったらそういうことかぁ」
……Thanks!! あとでまた報告するよ!」
「あんまり聞きたくないなぁ……。はいはい、行ってらっしゃい」
 幸運を、と優しい彼女に祈りに見送られ、イサミの真意を、本当の心を問うため、スミスは一目散に駆け出すのだった。