しか野
2026-03-14 20:30:42
6558文字
Public スミイサ短編
 

full of curiosity(スミイサ)

2024.4.16/約6,500字/いま読むとすごい解釈違い!!ィサは痩せ体質だと思います。

full of curiosity

初出:2024.4.16
※再録本『You are the one』に収録
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◆Isami

 やはりだ、気のせいではなかった。自分は昔から『そう』だったのに、このところすっかり油断していたのだ。
 連日ろくにトレーニングもせず、食事や飲みに誘われれば着いていって、俺たちのヒーローに乾杯!と強いアルコールを奢られたら素直に何杯でも、うまい肴と共に飲み干した。そして疲れ切ってベッドに倒れこみ、惰眠をむさぼる日々。今だけだからな、と上官であるサタケに呆れられていたが、大きな戦いを終えてイサミもすっかり気が抜けていたのだ。
「増えてる……五キロ……
 寝起きにシャワーでざっと汗を流したあと脱衣所備え付けのボディスケールに乗り、表示された数字に目を剥いた。体が資本の陸上自衛隊員が、こんなだらしない有様でどうするというのか。
「おや、イサミ? そんなところでぼーっとしてどうしたんだ?」
「わーっ!!」
 背後から聞こえた声に、イサミは慌ててボディスケールから飛びのく。肩にかけていたタオルで股間、というか主に腹を隠しつつ振り向くと、驚いた様子で立っていたのはスミスである。
「び、び、びっくりした」
「びっくりしたのはこっちだよ。どうしたんだ大声を出して……そんな格好じゃ風邪をひいちまう」
 同じくシャワーを浴びにやってきたのだろうが、まだ作業着を身に着けたままのスミスは手に持っていた大判のタオルをイサミの肩にかける。そして頬をほんのり赤らめると、気をつけなきゃ駄目だと照れ臭そうに言う。
「そんな恰好、他の男には見せないように」
 I'm begging you、と殊更丁寧に、区切るようにして強く言われる。
 スミスは明らかにこちらの体を意識している。イサミは恋愛沙汰には極めて疎く、彼と好き合っていると分かった今も、ほとんど友人と接するような態度を崩せなかった。しかし、彼をただの友人と思っているわけでは、もちろんない。間違いなく恋人──それも初めての──だとちゃんと受け止めている。ただ、経験が薄いために、相応しい振る舞いというものが難しいだけで。
 それでも分かってしまった、まるで天啓のように。おそらく近いうちに、彼と一線を越えるような出来事が起こるのだ。彼がそう誘いかけてきて、揺さぶって、こちらの体を開きに来るはずだと。
 ぞわ、と肌が粟立った。気持ち悪いとか、嫌だとか、そういうネガティブな感情によるものではない。少しの恐怖と、それから大きな期待がイサミの感覚を刺激した。
(だったら……こんなだらしない体じゃ、がっかりさせるんじゃないか?)
 今は彼がやや目をそらしてくれていることと、それからタオルのおかげで、余計な肉のついた体を見られずに済んでいる。逃げるなら今である。
「スミス、は、これからシャワーか? 俺メシいくから、またな」
「え? ああ、うん。体をよく拭いて、湯冷めしないようにな」
 母親みたいなことを言いおいて、彼は怪訝そうな顔をしつつもイサミを見送ってくれた。

 翌日から、イサミは生活習慣を徹底的に元に戻すことに努めた。規則正しく過ごし、酒は控え、趣味のトレーニングに打ち込む。基地内に立派なジムがあって大いに助かった。設備も充実しているし、今は使用者もそう多くなくて存分に体をいじめることができる。今はこれが仕事だと言わんばかりに邁進するイサミに、小言を言っていたサタケもようやくホッと胸をなでおろしたようだった。
「おお、ルテナント・アオ! ここで見るのは久しぶりだな」
「相変わらず、ジャパニーズにしてはいい体してるよな」
 同じくトレーニングにやってきた米海兵隊の男たちに絡まれ、無視を決め込むわけにもいかず出来る限りにこやかに対応する。彼らは命がけの険しい戦いを共に生き抜いた戦友でもある。
「ええと、マシン交代しようか?」
「いや、いいよ。俺らはあっち使うから。……ルテナントはここが良いよな」
 ここ、と触れられたのは汗で塗るついた上腕二頭筋だ。
「分かる! どうやって鍛えてんだ? 今度メニュー教えてくれよ」
 あなたたちも中々のものだとか褒め返しつつ、しばし筋トレ談議に花を咲かせる。日本人と欧米人は筋肉の質に差がある、という話は特に興味深い内容だった。
 しかしそんな和気あいあいとした様子を見かけ、鬼気迫る様子でずんずん近寄ってきた男の姿があった。


◆Smith

 ここのところ、イサミは多忙な様子だった。暇さえあれば基地周辺を走ったり、トレーニングジムで無骨なマシンと蜜月の時を過ごしたり──。話しかけると、また今度な、とあしらわれるのが常であった。『俺よりも、その厳ついショルダープレスマシンの方がいいのか!?』なんて馬鹿げたことは口にしないが、少しずつ鬱憤が積もってきているのも確かだった。
 このくらいの時間ならばジムにいるだろう、とあたりをつけてタオル片手に足を運ぶと、話し声が聞こえてきた。その中にイサミの声が混じっているのを聞き逃すスミスではない。顔を覗かせると、どこかですれ違ったことがある気がしないでもない、つまり少なくとも顔見知り以上ではない米兵の男がイサミの二の腕に気安く触れた。
(Shit……
 思わず舌打ちしそうになり、慌てて歯を食いしばって耐える。ここで馬鹿みたいな嫉妬心を燃やして間に割って入ったら、かわいいイサミの機嫌を損ねてしまうだろう。なんとかうまいタイミングで、あくまで偶然を装い『Hey guys! 奇遇だな!』なんて爽やかな笑顔で立ち入ればよい。
 しかしその我慢は長く続かなかった。イサミの朗らかな笑い声が聞こえてきて、そんな顔を俺以外に見せないでくれ!という気持ちをおさえることができなくなったのである。結局イサミが絡んでしまえば、スミスの忍耐など、日本で言うところの『風の前の塵に同じ』であった。そうしてスミスはずかずかと、トレーニングルームに入っていったのである。

 突然現れた恋人に、イサミはぽかんとした様子だった。細胞の急激な活性化で伸びたという髪が汗に濡れて頬や額に張り付き、なんともいえない色気じみたものを漂わせている。スミスはかっと頭に血が上るのを感じたが、彼の前では出来る限り紳士であらねばと努めた。英国人でもあるまいに。
「悪いが、彼に話がある。外してもらっても?」
「ルイス・スミス中尉……Okay、分かったよ。またな、ルテナント」
「やれやれ、嫉妬深いloverを持つと大変だな」
「なっ……
「Shut up! さっさと行ってくれ」
 スミスが2人を威圧するように睥睨すると、おお怖い怖いと二人は苦笑して立ち去って行った。他、まばらにいた利用者も、いつの間にか姿を消していたようだった。
 静かになったトレーニングジムで、イサミは首をかしげてスミスを見上げている。何が起こったのか分からない、というような顔だった。
「なんか……怒ってるのか? スミス」
「Sorry, イサミ。そんなことはないさ。俺が勝手に苛立っただけ」
 イサミからすれば、スミスが勝手に機嫌を悪くして勝手に怒っているような状態なのだろう。戸惑いを隠せない様子で、額の汗をぬぐいはじめる。
「よくわからないが、お前もトレーニングか? だったら俺は走りにでも」
「イサミ、待って! このところ、俺のことを避けてないか? もしかして、またとんでもないmisunderstandingでも生じてる?」
「それはない……と思う。あんたが浮気でもしてるってんなら別だけど」
「Never!! 俺にはお前だけだ。信じて……だから、何か悩んでいるなら話してほしい」
 イサミをペックデックから引きはがし、ストレッチ用のマットレスのもとに連れていく。とにかく今は、彼とゆっくり話をしたいのだ。座らせて、汗が冷えないようタオルを頭からかぶせる。
「別に、悩みなんてねぇけど」
「嘘だな。イサミはすぐ顔に出るよ」
「そ、そうなのか? まじか……
 看破すると、イサミが己の頬をいぶかしげにむにむにと揉む。
……話してもいいけど、笑うなよ」
「笑わない。約束する」
 頬にあった手を取って、誓うように指先にキスをする。照れくさそうに顔は逸らされたが、振り払われなくて幸運だった。万が一にでも逃げられないよう、そのまま握りこんだ。
「その……お前もトレーニングは好きだよな?」
「Uh……好きというか、必要だからしてるって感じだけど……好きな方ではある、かな」
「じゃあ分かるよな。筋肉ってのは……トレーニングを一日でもさぼるだけで、もう減り始めるんだ」
 真に迫った様子でイサミが、いかにも深刻そうに語る。笑わないと約束したし、茶化す気にもならないのでスミスはこくこく頷いた。人種や体質にも因るだろうが、確かに筋肉の維持は険しい道である。
「そして十日もすれば。目も当てられなくなる……俺は……俺は……!!」
「い、イサミ落ち着いて。そうだ、ストレッチしよう。体を休めないと」
 宥めすかすように手の甲をなで、マットレスの上にそうっと彼を横たえてやる。
「こらスミス! 話を」
「つまり、筋肉が落ちたのを気にしてたのかい? それがどうして、俺を避けることに繋がるんだ?」
 膝を立てさせて、そっと力を入れて押し込むようにする。んん、とイサミの口から押し出されるようにして生理的な声が漏れる。その悩まし気な響きに、スミスははっとなった。なぜこの体勢を選んでしまったのか、まさか本能のなせる業なのか、と。
(だ、駄目だ。これはただのストレッチ……妙なことを考えるのは、彼に失礼だ)
 だが一度意識してしまうと、寝そべった彼の体に乗り上げるような姿勢はスミスを激しく狼狽えさせた。イサミの、まるで猫が甘えてるような声もよくない。狂おしいほど好いている相手に密着した若い男が、まったく反応しないわけないだろう!と誰へともなく心の中で言い訳を始めてしまうのだった。
「スミス、もっと強く押して、いい……っ、きもちい……
「ぐぅっ……
 顔がかっかと熱くなり、鼻の奥がつんとした。このままではまずい、とイサミに背を向けて鼻を抑える。幸い、何か垂れてくる様子はなかった。
 背後でイサミが起き上がる気配がする。しばらく二人の間に沈黙が下りていたが、彼がなにか気づいたようで、気まずげに声を発した。やはり同性だ、こういう事情を察するのは早い。
……スミス、もしかして……なんだが」
「い、言わないでくれイサミ! I'm so sorry……本当に……
 罪悪感に胸をふさがれたスミスはがっくり肩を落とし、力なく謝罪する。これでは、昼夜場所問わず発情するどうしようもない男だと思われても仕方がない。だがイサミから発されたのは、深いため息でもきつい罵倒でもなかった。
「いや、いい……そっか、そういうことか」
「おさまったら、出ていくから……お前はゆっくり」
 イサミは得心が行った様子だったが、スミスは一刻も早くここから消えたかった。しかし立ち上がろうとした瞬間肩をつかまれ、それは叶わなかった。
「待ってくれ、スミス。その……俺もお前と、そういうこと、してみたい気持ちはあるんだ」
「そ、そうなのか!?」
 思わず、最新の戦闘機もかくやという勢いで振り返る。イサミの手を振り払うような形になってしまったが、彼は気にした様子もなく、スミスの驚愕ぶりの方にむっとしている様子だった。
「なんだよその顔。……あるよ、俺にも、そういうの……。けど、もうちょっと待ってほしくて」
「待つさ! お前の気持ちが整うまで、いくらでも」
 身を乗り出すようにして彼に近づき、鼻息も荒く手を両手でつかむ。まったくの初耳だった。なんとなく友情の延長線上みたいな関係が長く続くのかも、と思っていたし、あるいはそれでも構わないとすら考えていた。大切なのは彼と体をつなぐことではなく、共に生きることなのだ。そこをはき違えるつもりはなかった。
 それでも、もし叶うのならばそれに越したことはないという現金なことを考えてしまう。どうかこんな俺を許してくれ、と心の中でイサミに懺悔した。
「いや、気持ちはできてるんだよな」
 すんなりそんな風に告げられ、思わず大声で『What’s!?』を叫んでしまったのは仕方ないことだろう。
「できてるんだけど……その……
 もじもじ、とイサミが空いている手の方の指をいじりはじめる。ここで間違ってはいけない、とスミスは唇をなめ、慎重に言葉を選んだ。
「言ってごらん、イサミ。俺で力になれる?」
……俺、太りやすくて」
「え?」
「だから!! ここんとこダラダラしてたから太ったんだよ! 見てみろこれ!」
 イサミはスミスの手をはらうと、シャツの裾に手をかけてがばっと美しい腹筋を晒した。ボクシングの時だとか、そのほか色々な場面で彼の体を見る機会はあったが、想いの通じ合った今は違って見える。有り体に言えばむしゃぶりつきたくなってしまうので、どうかもっと自分を大事にしてくれ!と叫びたくなる、が、ぐっと堪えて、片目をすがめて眺める。
「うーん……言われてみれば、うっすら肉が乗ってる、ような気がしないこともない、かな?」
「やっぱり……
 ささっとシャツを戻して腹筋を覆い隠し、イサミはがっくり意気消沈した。
「待ってイサミ、誤解しないで。太ったとか、そういうのじゃないと思う。気のせいかも?ってレベルだから、もう少し鍛えればあっという間に元通りだよ。俺が保証する」
 果たして専門のトレーナーでもない己の保証が、どの程度イサミのメンタルに効果があるのか全くの未知だったが、彼の気持ちはそこそこ浮上したようだった。本当か?と小首をかしげられ、深く頷いてやる。
「それに、その……お前の体、好きなんだ。なぁ、引かないで聞いてほしいんだが……最初はここを、使わせてもらってもいい?」
 スミスは手を伸ばすと、あぐらをかく彼の大腿部に手を伸ばした。指先がふれるか、ふれないか、そのくらいの塩梅で肉付きの良いそこをなぞる。
「ここを、使う……って?」
 くすぐったかったのか、身をよじりながらイサミが不思議そうに疑問を呈してくる。彼の性知識なら知らなくて当然かもしれない。
「だから、こうやって……。膝を立ててみて」
 スミスに言われるまま、イサミは膝を立てて大腿部をぎゅっと締める。そしてみっちりと肉の詰まった狭間に、スミスは床に転がっていたペンを食いこませた。
「あっ……
「どう、かな……。いきなり俺のを入れるのは辛いと思うから、慣れるまでは、な……?」
 そういうことか、とイサミは察して顔を真っ赤に染め上げた。挿入を伴うセックスを避けたいとき、疑似的に楽しむためのやり方だ。彼のみっちりと筋肉の詰まった足と、鍛え抜かれた筋力があればきっと骨が溶けてしまいそうなほど気持ち良いはずだ。
「それ、お前は気持ちいいのか?」
 まったく未知の提案をされているのに、逆にこちらに気を配ってくれる優しさにスミスは堪らなくなった。
「No doubt. お前のことも絶対満足させる。……俺のこと、変態だって思う?」
……ううん。気ィ遣ってくれてありがとな。でもちゃんと、いつかは入れてみたいな、それ」
「Oh……God……
 反応しているのを隠せていない股間を『それ』と指さされ、スミスはペンを放り投げて頭を抱えた。恋人はかわいくて、優しくて、えっちで、Sexyだ。それって最高じゃないか! スミスは快哉を──もちろん脳内で──叫んだ。
「ああ! いつか、絶対に。俺に全部任せて」
「うん……他にもいろいろ、教えてほしい」
 抱きしめると、汗の香りがふんわりと鼻腔をくすぐった。どんな媚薬よりもとてつもなく官能を刺激されるそれに、スミスは脳がしびれるのを感じた。
 今夜にでも早速部屋に連れ込もう、スミスはそう誓うのだった。