しか野
2026-03-14 20:29:38
4889文字
Public スミイサ短編
 

俺のすべて(スミイサ)

2024.4.7/約4,800字/すみません本当に書いた記憶がない……

俺のすべて

初出:2024.4.7
※再録本『You are the one』に収録
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「あの時もう、許したつもりだった」
 俺に触ることを、とイサミはチョコレートを溶かしたような甘いブラウンの瞳で見上げながら、確かにそう言った。思わず生唾を飲み込みながら、スミスは彼のシャツをたくし上げる。するとしどけない様子で投げ出されていた腕を、ぎこちなく浮かせてくれた。己が都合の良い夢を見ているわけではないのなら、それは『脱がせてもいい』という意思表示に他ならないはずだ。

 ***

 マウナ・ケア山での決戦後、戦闘に参加した面々はハワイ島を離れ、一時オアフ島に駐留している。みな思い思いに疲れを癒したり、油断なく訓練に励んだりと様々だったが、イサミとスミスについてはそうはいかなかった。命令違反に係る説教だとか、尋問だとか、身体検査だとかで慌ただしい日々をおくることになったのである。
 やむを得ないことではあったが、スミスはイサミが心配で仕方なかった。何しろ彼はオアフに戻ってきた後、糸が切れた人形のようにぷっつりと意識を失い、そのまま三日間も目を覚まさなかったのだ。すわ激しい戦闘の後遺症か、あるいはブレイバーンと素粒子レベルで一体化したことによる影響か、とスミスは泡を食ったのだが、下された診断は『過労』である。ようするに疲れて眠っているだけ、だと。スミスはほっと胸をなでおろしたが、それだけイサミは体も、そして心も疲れ切ってしまったのだと胸が締められる思いだった。
 そんなこともあって、とにかくイサミと腰を据えて会話する機会を中々持つことができなかった。時々見かけたり、すれ違うことはある。だが目配せしあったり、軽く声を掛け合う程度が精いっぱいだった。
 そして10日ほど経ち、慌ただしさも多少は落ち着いてきたころ。ある日の昼下がり、空腹を満たすために食堂にやってきたところ、同じく少し遅めの昼食を摂りに訪れたイサミとばったり出くわしたのである。
「イサミ!」
「スミス、偶然だな」
 イサミはすでに手にプレートを持ち、食事を盛り付けていた。しかし健啖家の彼にしてはやや控えめな量だと感じたので、体調を確かめる意味でも指摘する。するとイサミは浮かない顔をした。
「あんま動いてないから、腹も減らねぇんだよな。それに……俺はちょっと、肉が付きやすいし」
 ようするに、運動量と食事量が見合っていないと太ってしまう、というのを気にしているようだ。確かにフィジカル面が重視される陸自として、無駄な贅肉をつけるのは避けたいのだろうが、ずいぶんかわいい悩みだとスミスは思ってしまうのだった。
「気持ちはわかるけど、今はしっかり食べないとな。ついた肉はトレーニングで落とせばいいさ。俺も付き合うよ。……ところで、食事をご一緒しても?」
「構わない。こうやって話せるの、久しぶりな気がするな」
 そう言ってイサミはほんのり顔を綻ばせた。
 彼の言は、スミスも思っていたことだ。あいにく三十分後には次の予定が入っているためゆっくり会話を楽しむ、というわけにはいかないが、それでも貴重な時間である。
 イサミは長い髪を耳にかけると──この仕草が正直たまらない、とスミスは思う──、パンを千切り、ちまちまとハムスターのように食べ始める。なんだか様子がおかしい。具合が悪そう、というわけではなく、言うなれば、もじもじしているような。こういう時の彼は、何か言いたいことがあるけど素直に口に出せないのだ。
……なぁイサミ。今夜、時間はある?」
 彼が何を考えていて、何を伝えたいのか、余すところなく聞き出したい。それも、できれば人目のないところで。せっかく会えたのだからチャンスと言わんばかりに誘いをかける。
 イサミは少し考える素振りを見せると、やがてこくりと頷いた。
「今夜……なら、時間取れるはずだ。八時くらいになると思うけどいいか?」
「もちろんだ。それじゃあ待ってるから、俺の部屋に来てくれるかい? もちろん、疲れていたら無理はするなよ」
「いや、平気だ。だから、あんたの部屋……行く」
 向かいに座る彼の目が、なんだか熱い決意に満ちているように見える。どうやら思ったより重要な話をされそうな気配だ。スミスとしては彼に改めて愛を伝えたいと思っていて、その機を伺っているのだが、今夜叶うかどうかはイサミ次第のようだ。
 いずれ、いや、近いうちにイサミは日本へ帰ってしまう。どうしても離れ離れにならざるを得ないのだ。その前にこの想いをぶつけなくては、きっと永久に後悔し続けることになるだろう。
 なんだか胸が重くなってきて、なかなか食が進まない。次の用件を考えると、あと十分ほどで片づけてしまわなくてはいけないのに。どうやら柄にもなく緊張しているらしい。
「スミス? どうしたんだ?」
 プレートに持った食事が中々減らない様子に、イサミは首を傾げた。先ほどまで熱く燃えていた目はすっかり戻っている。スミスはごまかすように慌ててパンにかじりつき、ほとんど噛まずに飲み込んでから口を開く。
「い、いや。なんでもないさ。このあと司令と話さなきゃいけないから、少し気が重くて」
「らしくないな。今さら緊張することなんてあるのか?」
(あるんだよ、お前が相手だと!)
 そんなことはとても言えず、先に食べ終えたイサミが席を立つのを苦笑いしながら見送ることになった。彼のほうも、次に急ぎの用事があるようだ。
 食堂を出ていく前に、名残惜しそうに振り返ってくれた時の表情がなんとも幼けなく、行かないでくれと縋りつきそうになったことは彼に秘密である。

 ***

 イサミは約束通り、午後八時を回ったころにスミスの部屋を訪ねてきた。驚いたことに、清潔感のあるシャツにチノパンというラフな出で立ちだった。彼はそもそも演習のためにこのハワイを訪れたという経緯があるため、私服は持ってきていないと聞いていた。ワイキキのバーでグラスを傾けていた時も、めかしこんだヒビキと違い、かっちりとした制服姿であった。もちろん、そんなストイックなところも彼の魅力の一つであるが。
「どうしたんだい、それ」
 部屋に迎え入れて、適当な場所がないからとベッドに座らせてやりながら問いかける。やや不安そうに眉根を寄せたので、ネガティブな意味にとられてしまったらしい。スミスは慌てて両手を振る。
「変な意味じゃないんだ! 私服は持ってきてないって聞いてたから、驚いただけさ。すごく似合ってるよ」
「別に……ヒビキがワイキキで調達してきたのを着ただけだ」
「なるほど」
 おそらく彼女が手を差し伸べなかったら、いつもの作業着を身に着けてきただろう。もちろんスミスとしてはそれでまったく構わなかったが、ヒビキには何か察するものがあったらしい。実にcoolだ。
 これならこちらも着替えておくんだった、と今さら思ったところで遅い。ここで突然服を脱ぎ始めたら、不審者もいいところだ。
 両頬をばしっと──心の中で──叩いて気持ちを切り替え、枕側寄りに座った彼の横を指さす。
「隣、座っていいかな」
「あんたの部屋なんだから、好きにしろよ」
 それはそうだ、とスミスは鼓動を早くしつつ隣にゆっくり腰を下ろした。このくらいの距離は適切だろうか、彼は戸惑ってないだろうかと内心あれこれ考える。しかし彼は何も気にした風はなく、顔を向けてきた。
「その……調子はどうだ?」
「俺は平気さ。お前こそ、疲れてないか?」
「なんともない。検査と尋問以外はほとんど寝てたし。でも中々時間が取れなくて、”これ”がそのままなのが鬱陶しいな」
 そう言ってつまみ上げたのは、伸びたままの髪の毛である。スミス自身は見ていないのだが、託されたブレイバーンから力を引き出した際にそうなったと聞いていた。ルルもそうだ、出会ったころのような姿になっていた。この現象をどう捉えるべきか、身体にどのような影響をもたらしたのか、現代の医療で推し量るのは難しいかもしれない。
 しかしひとつ間違いないこととして挙げられるのは、どんな風になってもイサミはスミスの大好きなイサミである、ということだ。
「とても素敵だ。今のお前も、もちろん以前のお前も。慣れないというなら俺が切ってあげるし、そのままにしておくのも良いと思う」
 いずれにしろ、できることなら誰にも触らせたくない。海を隔てて離れ離れになる未来が確実に待っているのに、どうしたって彼の髪を──いや、髪だけではなくすべて、他者が触れるのは我慢ならないと思う。
 無意識のうちに、シーツをくしゃりと握りしめていた。イサミには見えてないらしいのが幸いだった。
「スミスは……目、が……
 イサミが手を伸ばし、指の腹が目尻に触れる。鼓動が馬鹿みたいに跳ね、スミスは息をのんだ。
「あっ、ああ、うん……お、俺も驚いた。『彼』を纏っていた名残なのかも」
「あんただって、どっちも似合ってる。……俺の『碧』って名前は、BlueともGreenとも読むんだ」
 どっちも俺の好きな色だ、とイサミはスミスの両頬を包み込んで相好を崩した。その柔らかく暖かい笑顔を見て、言葉にならない熱い思いがこみ上げてくる。スミスは頬に寄せられた手をつかみ、引き寄せた。抵抗はなく、イサミが腕の中に飛び込んでくる。
「ああ、イサミ……好きだ、大好きだ!」
 肩口に額を摺り寄せながら、溢れだす気持ちをそのまま言葉にする。
……知ってる。もう聞いたし」
「お前からも聞かせてほしいんだ、イサミ。Please……
 柔らかい耳朶や首筋へ口づけたり、甘く嚙んだりして言葉を乞う。くれないのなら何をしでかしてしまうのか自分でも分からないし、くれたとしてもやはりどうなるのか分からない。心臓が激しく早鐘を打っているし、それはどうやらイサミも同じようだった。呼吸が苦しくなってくるので必然的に、息も粗く小刻みになる。お互い、まるですっかり興奮した犬のようだ。
「すみ、す……好きだ、俺も、お前のこと」
 イサミの腕が、そっと背中に回される。指先の震えがいじらしい。
「『愛してる』、ルイス・スミス」
 彼の口から出たのは日本語だった。だが、その意味はスミスもよく知っていた。外国語を勉強すると大抵、挨拶と、それから愛を伝える言葉は真っ先に覚えるもので、スミスも例外ではなかったのだ。
 感極まって、視界がぼやける。泣いている場合ではない、彼の心づくしの言葉に答えなくては。
「ああ、イサミ……俺もだ、『愛してる』。You’re everything to me……
「スミス……
 彼の方からキスをされる。恰好よく颯爽と唇を奪ってやるつもりだったのに先を越されてしまった。しかしこみ上げてくる幸福感と、それから我慢できない性愛を持って顔を傾け、つながりを深くする。舌を入れると彼は体を震わせた。まったく慣れていないのは明らかなのに、彼の方から口づけてくれたことにスミスは改めて感動するのだった。
 両足の膝裏に手を入れ、ベッドの上にあげる。靴を乱暴に脱がせて半ば投げるように床に置くと、スミスは彼の口の中を思うままに堪能しながら、できるかぎり優しく組み敷いた。
「イサミ、イサミ……なぁ、いいかな、お前に触れても」
 首筋に吸い付き、息を激しく乱しながら、みっともなく懇願する。もはや目の前の男を食べてしまいたい、という本能だけが心を支配していた。
「はっ、あ……もう、触ってるだろ、それに……
 イサミは顔を真っ赤に染め上げて、目を潤ませながら耳元でささやく。
 
「あの時もう、許したつもりだった」

 あの日、二人の心が確かに解け合ったと感じたあの時。ルルがやってこなかったら。
(俺は一体、どうしていただろうか)

 イサミが決意を秘めて何かを伝えようとしていたこともすっかり頭から吹っ飛び、スミスは彼に食らいついた。