しか野
2026-03-14 20:27:02
2837文字
Public スミイサ短編
 

waltz(スミイサ)

2024.4.5/約2,800字/タキシードっていいよね、という話

waltz

初出:2024.4.5
※再録本『You are the one』に収録
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「Oh……My Gosh……
 目の前に広がった光景に、スミスは思わず膝から崩れ落ちそうになった。絶望だとか、悲観だとか、そういったマイナス感情に起因するものでは断じてない。あまりに眩く美しくて、体が屈してしまいそうになったのだ。
 彼のために特別に用意された、ドレッシングルーム代わりの一室。友人のコーディネートをこなしたヒビキが、私も準備しなきゃと立ち去ったのは数分前のこと。その頼もしい背中を見送ってから、果たして愛しのヒーローはどんな風にドレスアップしたのか、スミスは胸を高鳴らせながらドアを開けたのだった。何しろ彼は数時間前まで『制服で十分だろ』なんて締まらないことを言っていたので。
「なんだよ、化け物でも見たみたいな顔して」
 怪訝な面持ちをしたイサミは、髪を元の通りさっぱりと整え、ATFをあげての慰労パーティという場にふさわしく着飾っていた。シルバーグレーのタキシード、逞しくも締まった腰を際立たせるブラックのウエストコート。『こいつはセンスないから! あたしに任せといて!』と親指を突き出していたヒビキの、得意げな顔を思い起こす。
 ああ、君を信じてよかった、ヒビキ・リオウ3尉。
「それは誤解だ! 驚いたんだよ、お前があまりにも素敵だから。とても、その……gorgeousだ」
 もっと近くで見てみたい、すぐさま距離を詰め、機嫌を損ねぬよう腰に手をやって抱き寄せる。むっと唇を突き出しつつも頬は赤く染まっていて、感情が顔に出やすい彼の愛らしさに、心の中で拍手喝采だ。
「このタイも素敵だ。よく似合ってるよ。さすが、一番の友人のの見立てに間違いはないな」
……あんたも、まぁ、悪くないんじゃないか。白、似合うんだな」
「本当かい! お前に褒められるのが何より嬉しい」
 できることならこのまま攫ってしまいたい。この姿を、仲間たちとはいえ不特定多数の視線に晒すのはあまりに悔しいし、許されるなら独り占めしたい。しかしそんな自己中心的な欲望を、今この場で口にするわけにはいかなかった。
(ここは我慢だ、ルイス・スミス! みんなヒーローと一緒に平和を祝いたいんだからな!)
 心の中で激しく葛藤していると、いい加減離れろ、とイサミに距離を置かれてしまった。ぬくもりが離れ、急に腕の中が寂しくなる。ブレイバーンだった時のように、この胸の中に彼を仕舞えたらいいのに。
……きっとダンスもあるだろうな。イサミ、経験は?」
 胸によぎった気持ちを祓うように、話を変える。イサミはぎゅっと眉根を寄せ、首を振った。
「あるように見えるか? 小学校……ジュニアスクールの『マイムマイム』以来だな」
「フォークダンスか! それはとても、可愛らしかっただろうな」
 そういうのもいいけど、とスミスは懲りずに接近して腰に手を回し、空いた手で彼の手を取る。
「あんたは慣れてそうだな」
「どうかな? プロム以来だよ」
 あの時はキングにも選ばれたっけ、と思い出す。
 卒業後は士官学校へ入ることが決まっていたから、こんな風に馬鹿みたいに騒げるのはきっと最後だろうと思っていた。なりたかったのは人々を救うヒーローだ。プロムのキングなんかじゃない。それでも取り繕うように勝気なチアの女の子を誘ってエスコートし、おそらくそれなりに楽しく踊ったのだと思う。だけどスミスの興味は卒業後の進路にばかり向いていたので、ほとんど記憶に残っていないのだった。
 だけどもう少し、練習しておけばよかったかもしれない。そうしたらもっと上手く、イサミをリードできただろう。
「あまり覚えてないけど、基本のステップくらいは教えられるぜ? やってみよう」
 ワン、ツー、スリー。ワルツの基本は三拍子。指を鳴らしてリズムを教えてやる。イサミは興味深そうに耳を傾けている。果たしてこれから行われるパーティでこんな上品なステップを踏む機会があるかどうか分からないが、きっと覚えておいて損はない。
 スミスに引っ張られるように、イサミもぎこちなく足を動かす。代わりに上半身がおろそかになるので、倒れてしまわないよう腰を強く引く。BGMといえばスミスの適当な鼻歌であったが、彼の脳内にはNYPの奏でる荘厳なワルツが流れていた。すばらしい時間だった。
「スミス、もっとゆっくり……っ」
 時々足を踏みかけたり、よろめいて額を肩にぶつけたりする。TSの操縦はあんなにも華麗にこなすのに、生身ではこんなにも不器用なところを見せる。知れば知るほど彼に夢中になっていく。
 鼻歌をやめ、立ち止まる。イサミが慣れぬ動きに息を切らしつつ、首を傾げた。
「どうしたんだ? スミス」
……お前はきっとたくさんの人に誘われて、こうしてダンスを踊るんだろうな」
 嫌だ、譲りたくない、俺とだけ踊ってくれ。そんな本音、とても口に出すことはできない。見上げてくる彼の、日に焼けた温かな頬に手を寄せる。
 イサミはその手にちらと視線を向けると、一言短く告げた。
「無理。踊らない」
「え?」
「スミスだけで十分。だって、お前ならどんだけ足踏んだって平気だろ?」
 イサミはそんな憎まれ口をたたきながら、スミスの手に頬を摺り寄せ悪戯っぽく笑う。これだから彼が好きなのだ。いつも、きっとこれ以上好きになることはできないと思うのに、いつの間にかその最高記録を更新している。きっと命が尽きるまで、そういうことを繰り返すんだろう。
「ほら、そろそろ行くぞ。ルルやみんな待ちくたびれてる頃だろ」
「ああ、わかってるよ。……イサミ」
 先んじて部屋を出ようとするイサミの手を掴み、耳元に口を寄せる。
「後で、俺の部屋に来てくれるかい? darling」
 その装いを剥ぎ取る権利が欲しい、そういう邪まな想いを込めて囁く。イサミは耳に息を吹きかけられる形になって体を強張らせたが、やがて言外に込められた下心を察してか、耳を赤く染めながら俯いた。首を横に振らないということは、きっとOKということだ。そうであってくれと思った。
 無防備な様子にたまらない気持ちになる。この後は片時も離れずにぴったりとくっ付いて、彼に足を踏まれる栄誉は、決して誰にも譲るまい。
「行こうか、俺のヒーロー」
 エスコートするように、手を差し出す。
……お前だって、ヒーローだろ」
 イサミは素直にその手を取ってくれる。薄手のグローブ越しに体温が伝わる。優しく握り返しながら戯れに指の腹を撫でると、親指の付け根の柔らかいところをつねられた。なんともかわいい照れ隠しだった。
 たくさんの辛いことがあった。多くの仲間を失った。地上に残された爪痕は大きい。それでも、今日という日を迎えられてよかった、そう思いたい。
 祈るように、スミスは彼の手を強く握りしめた。