こゆ
2026-03-14 19:55:18
2712文字
Public
 

悪意にラッピング

ペンシャチのホワイトデー

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「うーん……?」
「シャチ、まだ決まらないのか」

ひょいと肩越しに覗き込まれたから、そのまま頭を預けると優しく撫でてくれる。どうやらペンギンは、とっくに用意を終えているようだ。

「ホワイトデー、めんどーだな」

おれとペンギンのふたりならバレンタインデーに交換し合って終わりだ。
ただ、お店のスタッフや常連客となるとそうはいかない。
お客さんからもらったものは毎年ささやかではあるが返すようにしている。義理もそれ以外も全部まとめて。
 
「受け取ったからにはお返しをしないといけないなんて誰が言い出したんだ」

お世話になっているから、気持ちを伝えたいから、といろんな理由で先月はチョコレートを贈られた。好意はもちろんありがたい。けれど、友人として、仲間として、客と店員として、それならまだしも、一線を超えた想いに応えることはできない。
しかし、どうしても、店を背負っている端くれとしての立場上、上手いこと手のひらに落とされたそれの重さを感じてテキトーにはできなかった。

おれが所謂『本命チョコ』を贈った相手はこの通り、さっさと他の女の子たちへのお返しを決めてしまったらしい。賢いペンギンは、当たり障りのない贈り物を選ぶのも上手だ。

「まあ、一応店の貢献のためにもテキトーでいいってわけにもいかねーか」
「ん、……ペンギン、一緒に考えてくれる?」
「もちろん協力するさ」

常連客への配慮、それでいて相手に期待させることもなく、かといって下手に傷付けることもないもの。気にするべき点が多すぎて、どこから手をつければいいのかも分からない。店先のかわいくラッピングされたそれたちを眺めてると、ペンギンは少し考えて、それから「お」と声を上げた。

「シャチ、これなんかいいんじゃないか?」
「これは……幼すぎない?」
 
ペンギンが指したのは、海の生き物の形のクッキーが入っているかわいらしい缶だった。かわいいとは思うけれど、相手は一応同い歳から少し上くらいの歳頃の女性たちだ。元々流行りに敏感な人が集まる美容院の客が多いなかであまり子どもっぽい印象を持たれたくはない。

「大丈夫だろ。可愛いものを渡されて、嫌な気分になる女性はいないだろ」
「そうかなぁ……でも、まあ、ペンギンが言うなら」
「ん。それじゃあお疲れのシャチにご褒美だ」

あーん、と促されて口を開けると、小さなものが舌に乗せられる。ほんのり甘いそれはキャンディのようだ。見るとペンギンの手には、小さなガラス瓶が握られていた。どうやら、ホワイトデー用の商品をひとつ購入したらしい。

「ペンギン、それは?」
「おれからのホワイトデーのプレゼントだ」
「え、いいの? バレンタインにも貰ったのに」
「こういうものは、贈りたいから贈るんだよ、シャチ」
「そういうもんか。ふふっ、ペンギンありがとう」

リボンのかけられた小瓶を受け取って、口から甘い砂糖漬けの笑いが溢れた。せっかくならおれも、ペンギンになにかプレゼントを用意しておけば良かった。他の人に贈るもののことで頭がいっぱいだったなんて、なんか申し訳ない。

「ペンギンばっかり準備させてごめん」
「ははっ、目の前のことに一生懸命なのはシャチのいいところだと思う」
……それ、周りが見えてないってことだろう」
「そういう聡いところも美点だと思う」
「もう!」





◇◇




「イッカク、これやる」
「わ、ペンギンの形のクッキー? かわいいわね。サンキュー、シャチ」
「今日はホワイトデーだからな」

昔はなにも考えず、ただペンギンに言われるまま渡していた。その後も結局、毎年似たようなものを周りに配っている。そうして、親しい仲ほど、同じような顔で同じようなことを言ってくる。

「シャチ、今年もペンギンが選んだの?」
「ふふん。選んだのはおれ! でも、昔ペンギンに貰った意見を参考にしてる。毎年」
「へェ、なるほど?」

ホワイトデーのお返しに、贈るものによって意味があると知ったのは、スワロー島を離れてしばらくしてからだ。
クッキーの意味は、「友達のままで」になるらしい。
誰が決めたのか知らないが、それが浸透しているのなら良いのだろう。
皆が一様に『誰かに選んでもらったのか』と聞くのは、この可愛らしい容器がある人物を彷彿させるからに他ならない。

「一言で言えば、嫉妬深い彼女の分かりやすい牽制って感じ」
「おれは数年はきづかないまま、方々に配ってたんだぜ。小っ恥ずかしいったらないっての」
「あはははっ、まあそうね。今のペンギンにしては幼稚な威嚇に感じるけど、十代のペンギン少年のキモチを考えると、ふふふっ、まだ可愛げがあるわね」

選んだのがペンギンだと気付くのは、一部の親しい者くらいだ。しかし重要なのはそれを誰が選んだかではなく、おれではない誰かが選んだ、ということ。おれにクッキーを贈らせる存在がいる、と示すことだ。

「おっ、イッカクちょうど良かった」
「噂をすれば」
「ん?」

扉を開けて、食堂に向かい合って座るおれとイッカクを見るなりペンギン口の端を上げて、まっすぐ近寄ってくる。ホワイトデーだからとイッカクに箱を渡して、おれに小瓶を寄越してくれた。

「ペンギン、なぁにコレ?」
イッカクが美味しそうなものの気配を察知して、瞳をキラキラさせている。
「抹茶のバウムクーヘンだ。なかなか人気らしいんで食べてみてくれ」
「えーと、バウムクーヘンの意味は、絆、だったっけ」

特に意図せずそう言うと、ペンギンは分かりやすくぴしりと固まった。まさかこの期に及んで、おれがお返しの意味を知らないとでも思っていたのだろうか。

「ペンギン、そっちの瓶はキャンディ? それにも意味があるの?」
……そう。おれたちの故郷ではキャンディが主流だったな」
「それをおれが知ったのは海に出てからたけど」
「あらまあ。ペンギンが故意にその話題を遠ざけてたってわけね、ウケるー」

イッカクのうんざりした声にあえて答えずに、ペンギンはキャンディの入った小瓶をおれに差し出した。

「はい、シャチ。おれの意図に気付いてたんならもうクッキーじゃなくてもいいんじゃねーか? なんか居た堪れないんだが、おれが」
「えー、今はもう見れないペンギンのピュアな時代の思い出を大事にしてーじゃん。ふふふっ、かわいいじゃん? ペンギンの親切を装ったかわいい牽制」
「いい性格」
「ふふん、美点と言ってくれてもいいんだぜ、ペンギン」



 

 
ーーキャンディを贈る意味は『あなたが好き』