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泯
2026-03-14 15:42:11
2647文字
Public
ワンドロ
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Not Blood, Just a Kiss.
パーバソワンドロライ
お題・チョコレート
バレンタインに書いた甘さ控えめ、後味は激甘なふたり。
ドバイでの夏を境に、ふたりの距離は、曖昧なまま現在を迎えている。
円卓第二席からの告白を受けた最後にして最大の海賊は、それに対して明確な答えを与えていない。拒絶も、承諾もせず、ただ、さまざまな軽口と皮肉で煙に巻き続けている。
本来、バーソロミュー・ロバーツという男は、自分のテリトリーに他人を踏み込ませる男ではない。それでも彼は、こうしてパーシヴァルを自室に招き入れることを許していた。その境界だけが、この清廉な騎士に対しては、なぜか曖昧だった。
そして、その理由をバーソロミュー本人だけが理解していない。
中央の小さなテーブルには、紅茶に合わせて持参されたチョコレートが、整然と並んでいた。
「今日こそは、貴方から正式な回答を求めたいのだが」
この微妙な均衡を打破すべく、先に踏み出したのは、パーシヴァルのほうだった。告白の返事の催促だった。
数秒。あるいは、それ以上。バーソロミューは息をひとつ吐く。
「
……
船もそうだが、処女は面倒でね」
声は低く、温度がない。置かれたティーカップの水面だけが、わずかに揺れた。
「私は処女航海を済ませた船を奪うのが好きなんだ。なにぶん、軽薄な海賊でね。最初の責任を負う気はないんだ。パーシヴァル卿
――
いや、聖パーシヴァル」
そう言って、バーソロミューは肩をすくめた。
「せめて、その冠が外れてから、もう一度、出直してくれないか?私は、君を汚す気も、責任を負うつもりもない」
バーソロミューは口の端を持ち上げた。
今日は、やや鋭い棘を含ませた皮肉めいた言い回しを選んだ。
「よかった。私もだよ。バーソロミュー、貴方に汚される気も、責任を負わせる気もない」
パーシヴァルは穏やかに微笑みを返した。世界中が優しくなるような安心感があった。
そして、普段なら、このあたりで話題は流れるが、今日は違った。パーシヴァルは背筋を伸ばし、テーブルの縁をわずかに押さえる。そのまま視線を逸らさず、まっすぐに向かいに座る相手を見据えた。
「ついでに、相手が未経験だろうが、そこを気にするほど狭量でもないし
――
引き受ける覚悟もある。騎士が誓いを破ることは、ないからね」
あろうことか、皮肉も添えたのである。
正式な回答を求めているにもかかわらず、変わらず軽口と比喩で煙に巻こうとする態度と、あまりにも無遠慮な「処女」という喩えが、よほど癪に障ったらしい。
バーソロミューは、わずかに眉を歪めた。未経験の騎士に器量を量られるなど、冗談ではない。海賊の矜持が、それを許さなかった。ふと、テーブルの上のチョコレートが視界に入る。
甘さとは程遠い、底意地の悪い意趣返しが、そこで輪郭を得た。
整然と並んだチョコレートが光を吸い込み、ビターの香りが静かに広がる。
「では、君がそのチョコを口移しで、この海賊に施してくれ。
――
それならば受け取ろう」
意地悪く、口の端を歪める。どうせできやしない。そんな余裕と確信がバーソロミューにはあった。だが、その返答は、彼の計算を静かに狂わせた。
「
……
本当に、それでいいんだね」
一瞬だけ息を飲んだ後、白く大きな手が、チェスの駒を扱うような慎重さと迷いのなさで、一粒を摘み上げた。すぐには口にしない。視線だけをバーソロミューへ向けた。
その数秒、視線で互いを探り合った。お互い目をそらさず、パーシヴァルは、チョコレートを唇に挟んだ。
予想外の展開だが、それでも、バーソロミューはまだ勝機があると信じていた。あの挟まれたチョコを、自分の唇で疾風の如く掠めるように奪えばいい。それだけの話だ。ついでに舌でパーシヴァルの唇の端でも舐めとれば、この清廉な騎士は穢れを知らない乙女のように、真っ赤になって逃げ出すに決まっている。
パーシヴァルは、立ち上がり、一歩、距離を詰める。一九五センチの影が覆いかぶさる。その薄いブルーは、怒りのような、獲物を前にした獣の気配を静かに宿していた。バーソロミューも椅子を蹴るように立ち上がり、下から睨み返した。
「
……
試してみたまえ」
挑発するように顎を持ち上げた。
「君には
――
」
無理だろう、という言葉は最後まで続かなかった。
一瞬だけ、パーシヴァルの唇の奥でチョコが舌に沈むのが見えた。反応する前に顎を取られ、唇が重なった。
触れているだけの、温度の交換。パーシヴァルの舌が、わずかに触れた。その奥に、甘い塊がある。
少し溶けたチョコレートが、舌とともに唇の隙間から捩じ込まれるように差し込まれた。
溶けかけたそれが舌先に触れた瞬間、濃い甘さが広がった。同時に、お互いの体温が混ざり、甘さを分け合うように舌が絡まり合う。
チョコレートはすぐに形を失った。だが、舌に残る熱だけが居座り続け、消えようとしない。
「
……
っ」
喉の奥で、短い音が零れる。
離れかけた唇を、パーシヴァルが追った。
もう一度、深く。
ふたり分の呼吸の音と水音だけが響いていた。
カカオの余韻と、唾液の温度が混ざり合う。
ようやく唇が解かれたとき、気づけばバーソロミューの背中に冷たい壁が触れていた。目眩のような感覚が身体中をかけ巡った。揺れる視界に、再度顔を寄せられて、肩がびくりと揺れた。唇を舐めとられ、息の触れる距離で囁かれた。
「受け取ってくれて、ありがとう」
バーソロミューは答えられなかった。
足が床に縫い付けられたように動かない。それが流れてきた魔力によるものか、判別がつかない。ただ、体温と感触だけが唇に残り、言葉は舌の奥で絡まったままだ。
「
……
おかわりなら、もう一度。今度は、貴方から」
ただ、その勝ち誇った表情を見た瞬間、血が一気に頬へ駆け上がった。逃げ場のない熱だった。
羞恥ではない。怒りだ。
――
そう言い聞かせた。
「お望み通り、その減らず口を黙らせてあげよう
……
!」
バーソロミューは乱暴にテーブルのチョコレートを一粒掴み、口に含んだ。
掴むように白い顎をとらえ、薄く笑みを浮かべた唇を噛みつくように奪った。
チョコレートの香りが、再び溶ける。
バーソロミューは、自分が怒りと名づけた衝動と唇をぶつけることに必死で、自身の背や腰に、離すまいと絡みつく腕の存在にも、腹立たしくも、どこか小さく安堵してる自分の気持ちにも、気づいていない。
チョコレートは乾いた血のように、ふたりの口元を汚した。甘さが舌の上で混ざり合い、境界が静かに溶けていった。
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