満天の星を映した海は、冬の夜空と溶け合うように輝いていた。空と海の境界線は密度の濃い漆黒に滲み合い、その海賊が愛した船は、まるで宇宙へ投げ出された小さな難破船のように、星と波の間をゆっくりと漂っている。
甲板の上では、二人の影が、星明かりの下で静かに揺れていた。
船の主であるバーソロミューは夜空を仰ぎ、暗がりの中でも彼自身から発光しているような錯覚すら覚える白い騎士に尋ねた。
「さぁ、パーシヴァル、どの星がいい?」
それは、天気を尋ねるような気軽さだった。
無数の光が、冬の夜空に散りばめられている。手を伸ばせば掬えそうで、それでも決して届かない距離にある。パーシヴァルが何のことかと問うと、バーソロミューは言った。
「君に贈りたいんだ。こんなにたくさんある。一つくらい掠めたって、咎められないさ」
月と星を背にした彼の表情は影っていたが、口の端には不敵な笑みが浮かんでいた。もはや咎めるべき法も、裁くべき運命も存在しないように見えた。
この空で懸命に瞬く星は、たしかに誰のものでもない。ただ、星座の一部として学術名を与えられ、正しく分類され、星空の地図に記された光にすぎない。
パーシヴァルは、わけもわからぬまま、その冗談に合わせるように星を選んだ。それは、特別に目を引く星ではなかった。どの線にも、きれいには収まらない場所で、淡く瞬いている。それでも、なぜか視線だけは、そこから離れなかった。
「……へぇ。さすがだね」
バーソロミューは満足そうに笑い、優雅に手を差し出した。もちろん、そこに星があるわけでもなく、芝居じみただけの動作だ。
「今日、この瞬間から、あの星は君の星だと名乗ってくれ。世界最大の海賊から贈られたのだと、皆に自慢してくれたっていい」
なんと無責任で、傲慢で、それでも、なんと最高にロマンティックな贈り物だろう。世界のどこにも属さないものを、あたかも自分の財宝の一部のように、世界でいちばん軽やかに差し出してくれた。
冬の空に輝く星を贈られた騎士は、何も答えず、ただ夜空を見上げた。澄みきった冬空の奥で、贈られた自分の星を静かに見つめる。
誰にも証明できない。
記録にも残らない。
朝になれば、星はまたその姿を消し、そして夜が来れば、元の場所で、まだ誰のものでもない純真な乙女のように、何食わぬ顔で輝いている。
差し出された手を握る。
黒いレザーの手袋の上から、爪の形を確かめるように、そっとなぞる。何かを思案するように伏せていた顔を、静かに上げた。夜空に浮かぶ月のまわり、淡く広がる光の輪――月暈を見つめて。
「いつか」
低く、確かめるように告げる。
「今宵の月暈を借りて、それで貴方に指輪を贈ろう」
今この場で、同じように、この空から星を贈り返すこともできたはずだが、それは、ひどく陳腐で、無責任なことに思えた。代わりに、月にかかる暈に喩えて、この気持ちを贈ること、その約束だけは許される気がした。
ただ、それは誓いと呼ぶにはあまりに幼すぎて、約束と呼ぶには、未来を縛りすぎていた。
目を伏せると左の薬指を撫で、ほんの一瞬、その指先へ口づける。奪うでもなく、乞うでもなく、永遠を、声にせず差し出す、静かな所作。
指が、わずかに震えた。波の音が、切り取られたように、その場から聞こえなくなった。
「こういうロマンティックな場面は、やっぱり円卓の騎士様には叶わないな」
悔しそうな声色の後、月よりも強い引力で、腕を引かれて、距離が消えた。
最初に触れたのは、唇ではなく、白い息だった。
冬の空気の中で、ふたつの吐息が重なり、やがて、行き場を失っていく。互いに目を上げ、見つめ合うと、触れる前の距離を確かめ合い、もう一度、静かに目を伏せた。
星明かりが、影をひとつに溶かす。
切り取られていた波の音が戻り、時間は、何事もなかったかのように流れ出した。
この瞬間が永遠であればいい、という願いだけが残った。
世界中の砂時計に、今宵の星屑を閉じ込め、その流れゆく砂を、そっと堰き止められたら、どんなに幸せだろう。
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