2026-03-14 14:10:17
1509文字
Public ワンドロ
 

やわらかな檻⑴

パーバソワンドロライ
お題・鍵
現パロにおける愛車を考えてみた。
パーバソワンドロデビュー

 「違う、誤解だって言ってるだろ。ちゃんと大事にしてた。ほら、さっきまでご機嫌で、歌っていたじゃないか。……無理をさせたつもりはない。まだ、いけると思ったんだ。……そんなに怒ることか?」
物言わぬ恋人を前に、バーソロミューの自己弁護は続く。
……すまない。本当に愛しているんだ。」
バーソロミューは縋りつくように、その弁明の相手を抱きしめた。
「お願いだ……。もう一度、その可愛らしい君の声を聞かせてくれ!」
胸元で十字を切り、天を仰ぐ。祈りは短い。慣れきった所作だった。十秒ほどで目を開き、意を決したように、それを握りしめて差し込む。左手首のスナップを利かせ、勢いよく回す。

ガッ、ガッ、ガッ、ガッ、ガッ。
……シュー。

 反応があるだけで、まだ望みはある。そう思わせるところが、彼の恋人の一番ずるいところだった。
「あれか?まだいけるよねって、ガス欠になった君を無視したからか。そのあと、ちゃんと満たしてあげただろう?ハイオク満タンで。……はっ。黒髭のドイツの彼女を一日借りたのがバレたのか?違う、あれは試運転だ。君の良さを、再確認するための……。浮気じゃない。試し乗りだ!いい加減にしてくれ!そんなに”次の車検は買い替えようかな”って言ったことを、根に持ってるのか!」
声を荒げた直後、我に返ったように取り繕い、
バーソロミューは再び、彼女――旧いイタリア車のハンドルを抱きしめた。
「私が全て悪かった!一目惚れした私が、君にいくら注ぎ込んだと思ってるんだ……!」

それきりだった。

彼が恋人と呼ぶ、一九七七年生まれのイタリア車は、鍵をいくら回しても、とうとう何も反応しなくなった。
助手席で一部始終を静観していたパーシヴァルが、居心地悪そうに身じろぎする。
その拍子に、車体が小さく揺れた。
「彼女の機嫌が戻るとは思えないな。途中から、彼女に少し感情移入してしまったよ」
困ったように眉を下げ、バーソロミューを見る。
今日は交際を始めて五度目のデートの帰り道だった。ここは、パーシヴァルのマンションの屋外駐車場。
 二人の関係は、成人した社会人同士にしては、ひどく慎重で、清すぎるほどだ。
 別れ際、名残惜しさから少しだけ言葉を交わし、軽いキスをした――その直後の、エンジントラブルだった。
 大粒の雨が、フロントガラスを叩く。二人は言葉を失ったまま、しばらく動かなかった。
雨音が近く、呼吸がやけに大きい。
 パーシヴァルは一度だけ視線を落とし、それから、確かめるようにバーソロミューを見た。
「今日は私の家に泊まって、明日レッカーを呼ぼう」
 その提案と、バーソロミューの右腕を引き寄せた動作は、ほぼ同時だった。
 柔らかな檻に閉じ込められた二人は、再び唇を重ねる。
口付けは、いつの間にか深くなる。
雨音と、遠くで車が水溜りをはねる音に混じって、湿った車内に、かすかな水音が広がった。
バーソロミューの左手は、パーシヴァルの肩を押すべきか。背に回すべきか。決めきれず、宙を彷徨う。
逃げ場を探すように伸びた指先が、二人の呼気で曇った運転席の窓ガラスに触れ、曇りの上に、はっきりと、掌の形が残った。
 唇は流れ込む唾液を受け入れたり、その舌を丸め込まれたり、巻き上げ、吸われたりと散々と自由を奪われたのは、きっと解放したら、帰る言い訳を永遠と語り出すのを防ぐためなのかもしれない。
濡れた指先を絡め取られ、そっと握られた。
息継ぎをするように唇を離した瞬間、
左手には、見覚えのない鍵が握らされていた。
「玄関の鍵は、問題なく開くと思うよ」
雨はやまない。
エンジンも、沈黙したままだ。