この家の家族は、誰一人として血の繋がりがない。両親は勿論他人同士の結婚だし、子供の出来ない夫婦であるらしいため、我々は幼い時分に施設より引き取られた。二人とも里子ではあるが、互いも他人だった。
各々物心が付く頃に養子であることの説明を受け、その事実を抱えながら生きて来た。当時はあまり意味を咀嚼し切れていなかったが、今ならば理解出来る。この家族に血の繋がりはない。それでも一つ屋根の下で、夫婦親子兄弟として暮らしている。
我々兄弟には、ある程度の年になると各自に自室が与えられた。血の繋がりはなくとも、充分な養育を受けていた。わたしは自室に気に入りのぬいぐるみを置いたり、デッサン用の人形を置いたりした。
しかしその頃からだった、兄弟の態度がおかしくなったのは。
いや分からない。本当はもっとずっと前からそうだったのかもしれない。
そしてまた、自室の扉を外側から叩く、ノックがする。
「またおまえですか?」
「そうだけど。」
開かれる扉。外との隔たりが、相手とを遮っていた壁がなくなる。
「まだ入って良いと返事をしていないのに。」
「悪いが入らせてもらう。」
背が高い自覚はあるが、それより随分下に目線がある兄弟が見上げて来る。家の中でもフードを目深に被る癖のあるパーカーの男は、自分も同じように自室を与えられているにも関わらず、この部屋に入り浸っていた。
「おまえの部屋が嫌なら、おまえがおれの部屋に来るか?」
肩を竦めて、まるで我儘な兄弟を宥めるように言って来る男が、当然ながら気に入らない。
「部屋を変えたところで、同じでしょう。」
「そうだ。おれは、おまえさえそこに居てくれれば良いんだからな。」
言いながら部屋の扉を後ろ手に閉め、こちらに真っ直ぐ向かって来る。わたしのぬいぐるみも絵も、この男が興味を引かれるものではない。ただわたしだけが、この男の興味の対象らしかった。
いつからこの男がこうなのか分からない原因は、各自の自室が与えられる前は、そばにいるのが当然だったからだ。それが、自分の部屋がないから共有スペースにどちらもが身を置いていたから、と言うことなのか、分からない。もしかしたらその頃から、この男は意図的にわたしのそばに居たのかもしれない。
ベッドに座ってぬいぐるみを抱き締めながら本を読んでいたわたしから、男そのどちらをもそっと取り上げる。自分が代わってそこに収まるためだ。確かに部屋で互いを分けられる前は、多くの時間をこの距離で過ごした。
手を握られる。更にそれを口付けられる。以前はここまではしなかっただろうに。共有スペースではない部屋で、なのに二人で居て、二人だけで、居て。そうするとおかしなことになる。
吸い付くように音を立てて口付けられる。こんなこと兄弟ではしない。誰からも隠れるようにこそこそするようなこと、兄弟では。
今度は歯を立てられた。勿論軽くだったが、思わず肩が跳ねる。すると今度は肩を掴まれて、撫でられる。跳ねた肩を確かめるように。抱き締められて、肩に擦り寄る相手の鼻先で、シャツ越しに撫でられる。
そちらに意識が向いていると、男の手はシャツのボタンを外していた。その手を上から掴むと、逆に手を取られてまた口付けられる。また肩が跳ねる。もうだめ、シャツが肩から落ちた。直接肩に吸い付かれる。分かってる。直ぐに噛み付かれる。分かってた筈なのに体が震える。
抱き締める手直接背中に触れる。あゝ、掌が熱い。いやです、そんなに忙しなくさすらないで。しなる背中を抱えた男に首筋を舐められる。あ、あ、だめ、だめ。
でも男の息が熱いから。濡れた目が、わたし以外の何ものも眼中にないみたいだから。
「相変わらず、兄弟に興奮する趣味なんですか?」
「おまえが自分の兄弟かどうかはどうでも良い。」
「都合の良い距離に、直ぐ近くのそばに、わたしが居たから手を出すんですか?」
「兄弟だと、確かにそばに居易いかもな。」
そんなふうに男は返すが、こんなことがし易いために兄弟関係があるわけでは決してないだろう。寧ろ真逆の筈だ。なのに兄弟関係を利用して、こんなことに耽るなんて。
男の頭が自分の鳩尾辺りにあった。いつの間にかベッドへ横たえられていたからだ。既にその手はベルトに掛かっている。
「こんなこと兄弟でして良いと思ってるんですか?」
「それも、どうでも良いな。」
言葉通り心底無関心にそう言うのに、抱き締め返した体は熱いし、その熱は全てわたしに向いている。兄弟である筈のわたしに。本当に、関係性はどうでも良いらしい。わたしが、わたしだから。
「……そんなにわたしのそばに居たいですか?」
「居たい。おまえをずっと抱き締めていたい。」
男が伸び上がって、今度はわたしの舌を味わっている。わたしも男の味を飲んでいる。この男はわたしが兄弟だからじゃない、兄弟の距離にわたしが居たからじゃない、わたしがわたしだから、こんなにそばに居たがる。
もっとそばに居るために、男の頭を引き寄せた。フードを落とす。寧ろパーカーを脱がせる。
その間に開いた距離すら許せないと言わんばかりに、直ぐに抱き締められる。きつく、きつく。
「はあ、はあ、あついです……。」
「ん。脱ごうか。」
こちらの言葉を都合良く取った男に、下肢すらも裸にされる。
「ほら。見せて。」
「……前も見てましたよね?」
「ああ。いつも見ていたい。」
しれっとそんなことを返す。
「ねえ……。血の繋がった兄弟でも、わたしをこうしていましたか?」
また舌同士が絡まる。こちらの態度にも質問にも、相手が意に介した様子はない。
「おまえがおまえであるなら、全部ぜんぶ、どうでも良いよ。」
さも当たり前のことのように言う男が、直ぐにまた、もっと、そばに来る。
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