フリンズさん以外にも保護されそうになる話


「義父さんが倒れたって⁈ 何があったんですか!」
 
 ピラミダのグレート・ミード・ホールに駆け込んだ僕は、長椅子に寝かされていた義父さんに走り寄った。手を振るわせながら、義父さんは僕に何かを差し出す。手紙のようだ。
「これは……フリンズさんからの、定期連絡の手紙?」
 許可を貰ってから中身を確認し、いつもと変わらない達筆で書かれている便箋に目を落とす。そして、いつもの内容とかけ離れた報告に――僕まで倒れそうになった。
 ギリギリで意識を持ち直した僕は、「分かりました、いまから夜明かしの墓へ向かって確かめてきます……!」と宣言し、急ぎで物資を集めるためにホールを後にした。


 ***


「さて――僕は今日釣りに行ってくるので、貴女は好きに過ごして下さい」
「放任すぎませんか⁈」
 
 この世界――私にとっては『異世界』と呼ばれるところで、今はフリンズさんに手伝ってもらいながら毎日楽しく過ごしているところだ。
 異世界転移中の私を保護して貰っている手前、自分から担当させて欲しいと申し出た部屋の掃除などをしていたら、いつの間にか家主のフリンズさんが釣竿を担いでいた。そんな趣味があったとは知らなかった。しかし、新鮮な魚がなぜ食料貯蔵庫にあるのかと疑問に思っていたので、これはこれで腑に落ちた。
 
「今日はまた、前回教えて貰った続きを――この世界について聞けるかと思っていたんですけど……
「あぁ、なるほど。でしたら、そうですね……この辺りの書籍を読まれるのがよろしいかと」

 そう言って彼は、手近な本棚から数冊取り出し、私に手渡してきた。ざっくり読めた表紙タイトルから得られた情報は、地図、歴史、物語など多岐に渡っていた。
 この灯台には沢山の書籍や資料があるのは見て知っていたが、確かにまだ読んでいなかった。フリンズさんから直接話を聞くことも大事だが、書籍から得られる知識も重要だと言うことは、元いた私の世界で理解している。異世界の文字が読める能力は、こう言った場面でも役に立つのか。ありがとう謎の便利能力。
 
「分かりました、では私は留守番しておくことにします」
「話が早くて助かります。それでは」
 私の方へ向き直り、軽い会釈をして歩き出すフリンズさん。彼の背中を見送りながら、なんと言うか……釣りしてる姿が想像できないなぁ、とか独りごちる。

 歩き出したフリンズさんをそのまま眺めていたのだが、突然彼が立ち止まった。
……おや?」
 そう小さく呟いたのが私の耳にも届いた。なんだろうか。私も気になったので数歩分近寄ってフリンズさんの隣に立つ。遠くを見つめるフリンズさんの目線の先には――動物?人?が見える。

「来客ですね、今日の予定では無かったはずですが。ふむ、釣りと読書は取りやめにしましょう」
……はい?」

 そう呟いた彼は、傍らに釣り道具を下ろし「水差しを準備してくるので、そのままそこに居てください」と言う。いやいや……来客対応を私に任せようとするんじゃ無いよ。
 そんなちょっとした会話をしているうちに、豆粒だった人影は目視できる程に迫っていた。白に近いグレーの短髪の、少年青年?あんな細い体なのに、凄く大きな荷物を背負っているようだ。
 そんな彼も私の方を認識したのか、更に勢いを上げてこちらに向かってきており、程なく灯台下に到着した。水差しとコップを準備したフリンズさんも丁度戻ってきていたので少し安心。

…………本当に、人を保護している――のですか?」
「えぇ、そのように手紙に書きましたが」
「なに? 誰? なんの話をしている⁈」

 到着した彼の第一声は、そんな言葉だった。内容から察するに、彼はきっと……私に会う――というか、私を確認するためにどこからか来た、と言うことだろうか。

……大変失礼しました。初めまして、僕はイルーガと言います。ライトキーパー調査分隊の隊長をしています。お会いできて光栄です」
「えぇ、ご丁寧にありがとうございます」

 彼――イルーガくんから右手を差し伸べられたので、私も名乗りながら彼の手を掴む。ぐっと握り返された力が案外強く、手の皮が厚い印象だった。
 この細身なのに、大荷物を背負って一人旅をする程だ、きっと彼も強い人なのだろう。ライトキーパーというと、フリンズさんの仕事仲間……でも隊長って?実は偉い立場の人なのかもしれない。
 お互いの手を離してからも、彼は私の顔をじっと見つめていた。
「あの、……なにか?」
――あ! いえ、重ねて失礼を。女性がこの夜明かしの墓にいることが、なんだか不思議でして……
 そう言ってイルーガくんは、照れ笑いをしながら少し気恥ずかしそうに頭を掻いた。そんな様子が少し可愛いな、と思ったのは内緒にしておこう。

「坊ちゃま、ピラミダからこちらに着いたばかりでお疲れでしょう。お水を二杯どうぞ」
 ……坊ちゃま?普段聞き慣れない単語に、思わず私がフリンズさんの方を振り向くと、すぐさまイルーガくんがムッとしてフリンズさんに語気を強めて反論した。
「フリンズさん! 坊ちゃまなんて呼ばないでくださいと、何度も言っているでしょう」
「ふふ……そうでしたね、坊ちゃま」
「あぁもういいです!」
 きっといつもこうやって、フリンズさんの手のひらで転がされてるんだろうな……と思い、初対面なのに何だか親近感が湧いてきた。
「イルーガくん……お互い頑張ろうね」
「え、あ……はい?」
「おやおや、もうお仲間になられたのですか? 喜ばしい限りですね」
 首を傾げながらも一応頷いてくれるイルーガくんと、手を口元に当ててクスクス笑うフリンズさんを交互に見る。この二人はきっと、ずっと仲が良いのだろうね。
 

「大急ぎで来てしまったので、あまり物資を持って来れなかったのですが……これは女性隊員から持たされた荷物です。こちらをどうぞ」
 大きな背負い鞄からイルーガくんが取り出し、差し出された包を受け取る。
「何だろうこれ、瓶詰めのクリーム……肌用の保湿剤! めちゃくちゃ嬉しいです、ありがとうございます。是非その方に、礼を伝えておいて欲しいです」
「分かりました、必ずお伝えしますね。――そうだ、機会があれば僕や義父さんのいるピラミダにも来てください。貴女は今、大変な状況だとお聞きしましたが……僕らはいつでも歓迎しますよ」
 ピラミダ、さっきも聞いた地名だ。きっとイルーガくんが普段いる所なのだろう。あとでフリンズさんに聞いておくとしよう。……それにしても、フリンズさんはどんな説明をしたのだろうか。そっと彼に目線を送るが、ニコリと目を細めて笑うだけで何も読み取れなかった。読めない表情をされるのは……慣れてきたが。

「そして、フリンズさんにはいつもの物資と――こちらを」
「灯台用の燃料オイルですね、とても助かります。灯台の明かりが消えたら、きっと彼女が怒るかと思いまして」
 フリンズさんはそう言いながら私に目線を送る。まぁ確かに、ただでさえ薄暗い灯台付近が更に暗くなるのは多少困るところではあるが、だがしかし――何だ、今のは。
「私、怒りんぼキャラだと思われている……?」
 自分を指差しながら胡乱な目でフリンズさんを見上げると、彼は肩をすくめて困った顔をする。
「ふむ……そう言った所が、お二人は少々似ていますね」
「そうなの?」「そうなのですか?」
「ほら……
 ほぼ同時に、ほぼ同じ答え方をしてしまい、イルーガくんと目を瞬かせた後に顔を見合わせて笑ってしまった。


「そういえば、義父さん宛の手紙に『子犬は不要です』と書かれてましたが、もう準備できる段階だったそうですよ。フリンズさん、どうしますか?」
「手紙に書いた通りです――間に合っています、と。子犬は二匹も要らないでしょう?」
「え⁈ 子犬いるの? この付近では見たことないんだけ…………ん?」
「あぁ……そういうことですか」
「えぇ、そういうことです」
――何だか私、今とても不名誉な言われようをされてませんか⁈」



『ひたむきな努力家なところも、似ていますよ。』