女子がそわついている理由ははっきりとわかっていた。今日は3月14日であの日と対になる日である。一応、義理で貰った分に返せるようコンビニで買った大袋のクッキーを鞄の中の詰めて来た。
「おはよう沢村〜」
「おはよう!バレンタインはありがとうな!」
そう言って同じクラスの女子に、鞄から取り出した袋をその場で開けて渡す。
「沢村先輩!私も渡したの覚えてますか?」
「おう!応援もありがとう!」
「沢村くん、私たちにもそれちょうだい?」
「御幸先輩のクラスの方!いつもお世話になっております。皆様、今日はご登校の日なんですか?」
「そうだよ〜。でも御幸と倉持は来てないけどね」
「そうですか!バレンタインデーはありがとうございました!」
「いえいえ〜ほんと可愛いね」
なぜか、違う階のはずの先輩と後輩も2年生の階にいたが俺にとっては好都合だ。ほかの学年の階に行く手間が省ける。貰ったものにはちゃんとお返しをする。それは、祖父からも両親からも、そしてクリス先輩からも教えられたことだ。ちゃんと守らねばと思っている。
女子たちが話を盛り上げながらその場を立ち去っていく。俺から渡されたクッキーに深い意味があるなんて思わないと思う。でも、ちゃんと意味は最近手にしたスマートフォンで調べた。
「随分とたくさん貰っていたんですね」
「うわぁ!奥村!また背後を……ちゃんと隣に来いって言っただろ!」
扱いにくい、わからないと思い、怖がっている時期もあった。けど、最近は随分を表情を読めるようになった。オーラが出る理由がわかるようになってきた。奥村自身が理由を教えてくれるようになったも大きい。同室で同じ左投手の浅田と同じく可愛い後輩。
ただ、ここ最近は浅田に対してより、多く思っている気がする。バッテリーとして一緒にいる時間が増えたからだろうか。その理由はわからない。
「あの……さ、わむら先輩」
少しだけ声が上擦った。こいつは意外に声に感情が乗りやすいと気がついたのはいつだろう。今のは何か緊張している証拠だ。
「お前もクッキー欲しいのか?バレンタインあげたのは俺ですけど〜」
自分で聞いておきながら奥村にこれを渡すことなんて考えていない。俺はこいつと友達でありたいわけではない。
「……違います」
「じゃあ、なんだよ……あっ」
会話の強制終了を促すように校内に予鈴が響いた。
「……今日の練習前に時間頂けませんか」
「おう、わかった。つか、お前早く教室向かったほうがいいぞ」
「わかってます。では、練習前に5号室へ伺います」
俺の返事を待たずに奥村は走って、階段で待っていた瀬戸と合流した。後ろを振り返って頭を下げる後輩2人に手を振って俺自身も席につくために教室に足を向けた。
「沢村先輩」
寮の部屋に戻るとすでに奥村はそこに立っていた。手には小さな花束。小さいが、青い色をした花が一際目を引いた。
「奥村……お前、それ」
今日は、ホワイトデー。俺はこいつにチョコをあげた。朝の話的にお返しを期待していなかったわけではない。でも、まさか、花束なんて誰が思う。
「バレンタインデーのお返しです」
「あのチョコだぞ!?重いぞ!狼小僧!まさしく狼だな!」
思わず率直な感想を口にする。あんな小さい、どこにでも売っているボールチョコ。他は俺が食べてしまった。
――ただ一つを除いて。
「わかってますよ」
あっオーラ出てる、と気がつく。これは不服でありながらも図星だったり認めざるを得ない時の。
カサカサっと紙が潰れる音がした。
「お前、そんなことしたらお花がかわいそーだろうが」
奥村の手から花を救助する。
小さい青い花と小さい白い花。全体的に小さい花でまとめられた花束は可愛らしかった。
「なんか青道のユニホームみたいだな」
自分自身が青と白で連想できるのはそんなものである。
「それもあります」
「それも?」
「いえ。青い花はブルースターと言うそうです」
「へぇ」
「白いのは、」
「カスミソウ?」
「……ご存知ですか。そうです」
「地元で見つけた時にかーちゃんが教えてくれた。結婚式で使ったって」
「なっ」
みるみるうちに顔が赤くなる奥村を見つめる。クールでかっこいいと言われているこの後輩は、割と表情が豊かだと思う。ちなみにこれについては瀬戸以外同意は得られていない。
でも表情筋以外でこいつはよく感情を表現している。ただ、表情を崩さないのはキャッチャーの癖だろう。もうもはや職業病だ。
「まぁありがとう……おく......光舟」
だから、自らこいつの中に一歩踏み込んだ。もっとお前を知りたい。あの時みたいに笑うお前を俺はみたい。表情筋をもっと動かしてみせたい。
「えっ」
「花は5号室へ飾らせていただこう!」
けれど、表情を確認する前に自分自身の恥ずかしさが込み上げてしまい、それを隠すように自室へ逃げ込む。きっとこいつと変わらないくらい俺も赤くなっている自覚がある。だって顔が熱い。
「まってくださ、」
花束に鼻を埋める。花が小さい分、香りは穏やかだ。部屋に飾っても邪魔をすることはないはずだ。 5号室のどこの飾ろうかとか、浅田になんて言われるのだろうとかなんて答えようとか、色々考える。素直にあいつから貰ったっていえばいいのに。なんだか恥ずかしい気がした。
「ブルースター......」
もう一度花の名前を呟く。
自分の中の奥村に対する思いが呼応した気がした。
ブルースター:信じあう心
カスミソウ:幸福
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