kuzu
2026-03-14 00:01:57
1862文字
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ボールチョコ/♦︎光沢

バレンタインデーの話です。


朝からそわつく、浮ついた空気の理由がわからなかった。何度も振られるチョコの話題に首を傾げるばかりで、拓が助け舟を出してくれたのは覚えている。冬季は投球練習が少ない。久しぶりに沢村先輩とする練習のことばかり考えていて、なぜその話題を多く振られるのか考えようともしなかった。
それでも、自分の机に積まれたラッピングが施された数々の物を見て、今日はバレンタインデーだったと思い出し、全てが合点がいった。



直接渡されるのは断ったが、置かれてしまったり、渡すだけ渡して立ち去られてしまえば持ち帰らないわけにはいかず、腕の中に抱える。寮に戻る途中ですれ違う同級生や先輩に、目線や声をもらうたびに腕の中の荷物はどんどんと重みを増していった。

「あっ、奥村」
「......沢村先輩」
「すげぇ量だな。てか意外だな〜お前受け取るタイプなんだ」
「断れるのは断ってます。置かれてしまったのはどうしようもないので」
「へ〜なるほどな。まぁ、顔がいいけど近寄りがたいのはわかる!お前怖いし!」
「嫌味ですか」
「いや!全然!顔がいいやつが黙ってると怖いってやつだな〜笑えば声かけられるんじゃないか?」
「別に構いません」
「お前な〜」

褒められているのか貶されているのか、わからなかった。自身の顔がどうかなんて考えてことはない。今まで人に言われてもあまり気にしてこなかった部分。それでもこの人に言われてしまえば考えるきっかけになってしまう。

「そういうあなたは、ないのですか?」
「なんだ嫌味か!?」
「いえ、意外でしたので」
「意外ってなんだ、意外って」

この人を校内で見かけるといつも人に囲まれている。野球部や男子だけではなく、女子生徒が混じっていることも多々あった。俺もクラスメイトに先輩のことを聞かれたこともあったし、御幸先輩からは先輩達に“可愛い”という理由で人気だと聞いた。強豪野球部、夏のエース。俺よりも腕の中に物が溢れるには十分ではないかと思っていた。

「お断りしてるんだよ。不義理だしな。クリス先輩も御幸先輩もそうだったし、そうした方がいいって言われたし」
「意外です。喜んで受け取るのかと」
「お前それしか言ってねーな!....まぁそれでも小分けのやつとかはもらう。ほら」
「今、あなたがそういうのは不義理って言いましたよね?」

ポケットから出てくる小さなお菓子たち。それなりの数が出てきていた。噂を聞きつけた女子たちはわざわざそれを用意したのかもしれない。そして、過去の青道捕手達の名と、その人達の言葉通りに振る舞うこの人。腕に抱えたチョコ達がまた一段重たくなった気がした。

「友チョコって、みんなに配ってるやつだからいいだろ別に.....」
「はぁ.....」

小さいチョコ達をポケットに戻し終わり、先ほどチョコをしまっていなかったポケットを触った。その後にひらめたような声を先輩があげる。

「あっそうだ。手、だせよ。奥村」
「なぜですか?」
「いいから!先輩からの施しを授けよう」

そう言っておきながら、俺が手を差し出す前に左手を引っ張られる。そして添えられた沢村先輩の左手。

「いつもボール受けてくれてありがとな〜。そんで、今日多めに受けてくれ」
「それは無理です」
「ケチ」

手に乗ったのは小さい野球ボール。正式には野球ボールが印刷された銀紙で包んだチョコ。手の中のボールを模したチョコに付けられた、凹凸のない縫い目の部分をなぞる。

「.....横流しですか?失礼ですね」
「ちげーよ。俺がちゃんと買ったやつ」
「...そう、ですか...他の方にも渡したんですか?」
「ん〜内緒」

いつも、心拍を上げるボールを放つ手から渡された小さなチョコは、すべての重みを吸い取って、腕に抱えるチョコの重みを忘れさせてくれた。
野球少年を経た俺にとっては何度も食べた記憶がある。それの味を知っているはずなのに、なぜか今、手のひらに転がるこのチョコの味は想像できなかった。どんなチョコよりも美味しそうで、すぐにでも食べたいのに、食べてしまうのが勿体無いと感じる。このチョコにそんなことを思ったことは今までなかった。

「......ありがとうございます」

他のチョコと混ざってしまわないように、一番に取り出せるように、これだけはポケットへ仕舞う。

「おっ、そうやって笑えば、みんな声かけてくれると思うぞ」
「しつこいです。別に、構いませんよ」

だってあなたは、声をかけてくれるから。