りっつぁ
2026-03-13 22:46:30
3507文字
Public ホーケヴィ
 

ふたりのためにせかいはあるの

ホーケヴィです。ED後の暗めな話です。
ED後の世界を不穏にするの大好きです。もろもろ捏造しまくっております。
ホークアイの死にかけ描写がありますがどっこい生きてる。ケヴィンは獣人王になったっぽい。
いつできたかはわからないけどできてる二人です。
二人のことは二人にしかわからないみたいな、閉じた世界にこもってるホケビちゃんも好きなんです何回も同じようなこと言っててすみません…

話の出どころは忘れちゃったんですけど忍者って名が知られてる時点で一流ではないみたいなのを聞いたことがありまして、服部半蔵とか猿飛佐助とかの影に隠れてじゃないですけど、名前も存在も一切残ってない超一流がいたんだとしたらロマンだよねーと思って書きました。

 夜中に必ず一度目が覚める。薄く開けた窓と揺れるカーテンを確かめて、また眠る。冬のよほど寒い日でない限り、ずっと守っている習慣だった。今夜も似たような時間に勝手に目が開き、飛び起きた。
 静かに窓が閉じる。そこには、ずっと待ち望んでいた人影。
……っ」
 喉がひりついて声が出ない。目を瞬かせるうちに視界がクリアになって、その人の輪郭が見えた。変わらない、手足もちゃんとついてる、顔は、まだ見えない。ケヴィンがベッドを降りようとすると、遮るように彼が近づいてくる。
「寝てていいのに」
 声も変わらない。軽く滑るような足取りで、靴音が極端に小さいのも記憶と同じ。片脚が少しだけ動きづらくなったから、左右で足音がわずかに違って聞こえるのもそう。窓から差し込む淡い月光を背負い、彼の顔は影になる。夜に慣れた目にはこのくらいでも十分だった。鈍く光る金色の瞳が、穏やかに微笑む。
……無事で、よかった。ホークアイ」
「ん。ただいま」
 おかえり、と言って返すのもいつぶりだろう。ホークアイはどれだけ長くここを離れていても、その間何をしていても、こうやってなんでもない風でいる。ちょっとそこまで出てきただけみたいな調子で戻ってきて、またいつの間にか帰ってこなくなる。
 丈の短い外套が彼の肩から滑り落ちる。光沢のない黒い布地は、床に広がると血溜まりのように見えた。
「どうだった? オレがいない間」
「変わったことは、何も。落ち着いてる」
「それはわかってるよ。どこにいても悪い話は聞こえてこなかったから、頑張ってるんだろうなって」
……そ、っか」
「で、お前は?」
「オイラ?」
「寂しくなかった?」
 寂しくない、わけがない。ぎゅっと口を噤んだ。声に出してそれが自分の耳に入ってしまったら、もう我慢できなくなる。
「平気。だって、ホークアイ、帰ってくる」
「ここしか帰るとこないからなぁ」
 冗談めかした言葉が、ケヴィンの頭にずんと重くのしかかる。
 この人は一度死んだから、帰れる場所も待っている人もどこにもいない。
 彼の故郷はその戦いの当事者ではなかった。小国同士の小競り合いが周囲を巻き込んで大きくなりつつあったから、故郷に戦火が及ばないよう動くと言っていた。けれどなかなか決着は見えず、ケヴィンもいくらか兵を出した。少数精鋭と嘯くために代替わりしたばかりの獣人王として自ら兵を率いたのも、前線が思ったより迫ってきていたから出立の日取りを早めたのも、あの日彼を見つけるために全ての偶然が噛み合ったとしか思えなかった。
 最初は、沼地に大きな黒い鳥が落ちているように見えた。ぴくりとも動かないから死骸かと思って、だけど嫌な感じがした。皆を先に行かせてぬかるみに踏み入り、それが人間だと、しかもかつての仲間だとわかった瞬間は、体中の血が凍ったかと思った。夢中で泥の中から引きずり出したホークアイは、まだ息があった。後先なんてまるで考えず、彼を連れて生まれ育った森に戻った。こうでもしないと、この人の命が途絶えるのをたった一人で見届けるなんて、とてもできなかった。
 生死の境をさまよう彼が、一つだけ望んだこと。
 死んだことにしてほしい。この後生きても死んでも、皆には死んだと伝えてほしい。
 しかし、彼は生き延びた。
「そんな顔するなよ。ほら、生きてる間に自分の葬式の話聞かせてもらうとかさ、なかなか珍しい体験もさせてもらってるし」
……それ、面白いこと?」
「んー……オレとしてはそこまで悪くなかったね」
「良いこと、でもない。きっと」
 ホークアイの望んだとおり、彼は死んだと告げた。仲間達に、彼の故郷の『家族』に。見つけたときには既に事切れていて、体のほとんどが泥に沈んでいたから引き上げることも叶わなかったと。ケヴィンの一世一代の嘘を、誰も疑わなかった。だったら沼地の底を全てさらえばいいと泣きじゃくる、彼の妹分だという少女を前にして、心が痛まなかったわけではない。彼の入れ知恵で渡した『遺髪』を押し抱いて泣き崩れる彼女を、今でもまざまざと覚えている。でも、誰にも言わなかった。ホークアイが生きていると知れば大喜びする人の顔がいくつも思い浮かぶのに、黙っていた。
「いやいや、いつも言ってるだろ? オレがやってることからすると、今の立場ってかなり都合が良いんだよ。死人がこんなことしてるなんて誰も思わないし、尻尾の捕まえようがないなんて最高じゃん。天職よ? ありがたい話じゃないの」
……オイラ達、助かってる、けど」
「だろ?」
 長い時間をかけて回復した彼は、もう以前のようには動けなかった。それなのに、この国のために、ケヴィンのために働くと言った。それを承服したが、何も命じてはいない。全て彼が自分の判断でしていることだ。主だっては諜報、それから多分、人の命を奪うことも。マナの加護を失った世界は徐々に均衡を欠き、争いが絶えない。今までなんの苦もなく享受していた豊かさが消えていく不安は恐怖になり、異質なもの達を排除しようとする大義に形を変えていく。獣人も幾度も標的にされてきたが、決定的な対立にまで至らなかったのは彼のしてきたことのおかげなんだろう。
 人の手が入っているとはまず思われないようなやり口を考えるのが意外と面白いんだと言っていた。流れ者だからと、あるいは顔馴染みだからと気を許した誰かにふと漏らした噂話や愚痴が、いつしか大局を左右するなんて思う人はなかなかいない。時間をかけ、草木が枯れるように弱って死んでいった者がたとえ国の中枢を担う人物だったとしても、手を下した誰かがいるなんて疑われることもそうそうない。あったとしても調査の手掛かりは早々に途切れ、不幸な偶然だったと結論づけられる。
 存在しないものはそれらしく、彼は名を素性を変え一つのところにはとどまらない。他人と深く関わることもしない。いくらか言葉を交わしたとしても雑踏の中で見失えばそれっきり、みたいなのが理想的だと言っていた。こんなことを続けていたらいつかふっと消えてしまう気がする。彼の存在を保証する人間は他にいない、自分たち二人だけ。この人と自分と、二人しか知らない。胸がきゅうっと甘く鳴く。
「せっかく久しぶりに会えたんだから、もっと労ってくれてもいいんじゃない?」
 ベッドに座った彼は、ゆっくりと装備を解いていく。顕になる肌には、むごたらしい傷跡が残っている。どの傷がどれほど深くて、どう塞がっていったかまで、全部見ていた。
「お疲れさま、でした?」
「なんだよそれ」
「ねぎらうって、こうじゃない?」
「間違っちゃないけど、こんな感じの方がいいかな」
 ホークアイはベッドに乗り上げて、顔を寄せてきた。軽く唇が触れ合って、焦点が合わないほど近くで彼を見つめる。顔に傷が残らなかったのは運が良かったと言っていた。一目で覚えられるような特徴とならずに済んで良かったと。
 たまらなくなってこっちから舌を伸ばした。舐られ甘噛みされて腰が震える。骨ばった手が後ろ頭に回ってきて、彼の薄い舌がするっと滑り込んでくる。食い合うようなキスに一旦満足するころには、さっきまで苛まれていたはずの罪悪感なんかは大体消えてしまう。
「っ、ホークアイ、疲れてるでしょ」
「だからさ、乗っかって?」
……オイラ、重いのに」
「それがいいんだよ、生きてるーって感じする」
「ホークアイ、変」
「そこはお互い様ってことで」
 善良な人達を欺いている自分と、全てを擲ってここにいる彼。どちらが罪深いかなんて比べる意味もないほどに、二人揃ってどうかしている。
 この人を世界中から隠してひとりじめにしている。これだけで何もいらない、過ぎた幸せだ。彼を思って嘆く人達を前にして胸を占めたのは、消えてしまいたくなるような後ろめたさと、昂揚。あれは間違いなく優越感だった。どんなに醜い自分を曝け出しても、彼はそれでいいと笑うだけ。彼自身も同じようなものだから、それでいいって。
 ホークアイの腕を引いて、ベッドに横たえた。以前よりもう少しだけ細くなった体に覆い被さるようにキスをする。彼の吐息が唇を撫でる。
「なぁ、後悔してる?」
……した。いっぱい」
「もうしてないってことだ」
「今もしてる、と思う。でも、……このままがいい」
「よかった。今更見捨てないでくれよ?」
「ホークアイ、も、……
 必ず戻ってきて。この人は約束できないことには頷いてくれない。その代わりに、抱きしめてくれるから。
 今はまだ、二人でいられる。