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カズシ
2026-03-13 21:32:50
8509文字
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歳勇
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機動隊パロ
この都市にいつから暗黒なんて形容詞が付くようになったのかはわからない。とはいえ、住めば都とはよく言ったもので、この治安が最悪を通り越して世紀末じみている街で、土方はかなり楽しく幸せに暮らしている方だろう。なにせ、目覚めた瞬間、一番に世界一美しい人の顔を拝めるので。しかもそれが恋人ときたらそりゃもう、そこが地獄だろうが祝福の鐘が鳴り響くというものである。世紀末らしく天使だってラッパを吹き狂うに違いない。
だが実際に土方の頭上で鳴り響いたのは祝福の鐘でも、世紀末のラッパでも無く、支給された携帯端末の無慈悲な呼び出し音だった。
サイドボードから持ち主を呼ぶ音にほぼ反射で腕を伸ばし、画面もよく見ずに指を滑らせる。薄い板を耳に押し当てると同時に口を開いた。
「なにがあった」
寝起きの声は自分でもどうかと思うぐらいに低く響いたが、相手は今更そんな事で怯む男ではなかった。
『副長、これ局長の端末ですよ』
開口一番、己の失態を指摘されて内心で呻く。別に通話相手を考えると大したものではないのだが、確かに軽率と言われればその通りだ。うつ伏せになっていた身体を起こし、隣で眠っているだろう男へと視線を落とす。
だがそこは既にもぬけの殻で、土方は視界の外から伸びてきた長い指に端末を奪われた。
「すまない、私だ。何かあったのか?」
手の中にあった通信端末を追い掛けるように顔を動かせば、そこには黒いTシャツを着た近藤が立っていた。腕周りが緩いので土方のものを着ているようだ。恋人は端末の向こうにいる男と言葉を交わしながら、持っていたマグカップを差し出してくる。
淹れたてのコーヒーだった。差し出してきた男は甘党で、コーヒーには必ずミルクと砂糖を入れる。これは土方の為に用意してくれたのだろう。
ありがたく口をつけながら、内心で溜息が零れる。今日の予定は全てキャンセルになる。これは予感ではなく確定事項だ。それを裏付けるように声がした。
「わかった、すぐそちらに向かう」
言いながら、近藤は上司の顔で土方に目配せした。昨夜はあんなに蕩けていた銀色の瞳は、今では見る影もない。ただ名残のように少しだけ声が掠れていて、通話相手には色々と察されただろう。
諦観と共にベッドから立ち上がるのには慣れているが、毎回新鮮に落胆を覚える。あくびと不満を噛み殺しながら薄暗い寝室に光を取り込むべくカーテンを開けた時だった。
マンションの窓を額縁に、それは見事な大爆発が起こった。
それが朝の出来事である。
たった数時間前まで恋人と同じベッドで微睡み、美しい髪を撫でていた土方の手には今は厳つい銃が握られている。
もう何度目かになる人型兵器との戦闘を終えると、耳に装着したインカムの向こうから近藤の朗々とした声が聞こえてきた。
『次のフロアを押さえれば最上階まであと少しだ』
「了解した」
近藤の言葉に軽く頷き、土方は側にいた二人を手招きした。近藤のオペレーションに従い、廊下を進む。大企業のビルらしく広いフロアには各部署ごとの区画に別れ、やたらと十字路が多い。しかも敵を閉じ込める為にそこら中の隔壁を閉じているせいで、もはや迷路だ。
司令部にいる近藤が遠隔で隔壁を開き、ナビゲーションをしてくれなければ、目的地である最上階まではたどり着けないだろう。
「屋上から侵入出来たら早かったんですけどね」
背後で斎藤が溜息を吐く。
「的になるだけですよ」
「それはそうなんだよねー
…
」
沖田の指摘は最もだった。斎藤も分かっているので特に反論もしない。そもそもここまで文句を言いつつ登ってきたのだ。今更だった。
部下たちの会話を聞くに留めていた土方は、改めて進行方向へと注意を向ける。
窓の無い廊下には、先程の戦闘の爪痕が残っている。壁には穴が空き、ところどころ配線が飛び出しては火花を散らしていた。それでも電気は通っているのか、通路はライトで明るく照らされていて、視界に問題はない。
「無駄に縦に長いですよね、この建物。違法ですよ違法。景観を損ねます」
追従してくる沖田が唇を尖らせた。顔だけ見れば少女と言っても通じる容姿だが、その腕に抱えられているのは小柄な身体に不釣り合いな突撃銃だ。同じものを土方も持っているが、体格の差のせいで沖田のそれは随分と大きく見える。
「今更、景観もなにもあったもんじゃないでしょ」
沖田の背後に影の様に佇んでいた斎藤が肩を竦める。斎藤の言葉に、土方は今朝、部屋から見た光景を思い出す。爆発が起こったのはこの高杉重工の管理するビルに隣接する工場だった。
高杉重工とは、社長のモットーの元、面白そうであれば何にでも手を出す変態企業である。最近では、ロボットの研究やら開発に勤しんでいたらしいが、何がどうしてそうなったのか、人間を模した機械たちは大暴走を起こしたらしい。これが、掃除用などの日常生活をサポートしてくれるような非戦闘用ロボットであればさほど問題は無かったのかもしれない。だが、彼らが開発していたのは、男の子ってこういうのが好きなんでしょと言わんばかりの戦闘用ロボットだった。二足歩行を難なくこなし、人間の何倍もの力を持ち、重火器を操る金属の塊は、もはや兵器と言っても差し支えない。
工場内で破壊の限りを尽くしたロボット達は、次は自分たちを創造した人間たちを標的にしたらしい。隣のビルへと乗り込み瞬く間に占領してしまった。早朝だったので、ビル内にほとんど社員がいなかったのも原因の一つだろう。なんとかビルを封鎖して、ロボットたちを閉じ込めて逃げてきた辺りは称賛してもいいのかもしれない。
というわけで助けてくれ。と、近藤が局長を務めるシンセングミへと企業のトップから連絡が来たのが早朝のことだった。これがこの都市でも指折りの企業がやることかと頭が痛くなる。だがそれもまたこの都市ではよくあることだった。
〝シンセングミ〟とは街の治安維持を掲げる組織であり、機動部隊である。連絡が無くとも、駆けつけただろう。たとえ、恋人と過ごす休日を返上することになっても。
こうなってしまえば、土方に出来るのは早々に任務を達成して、近藤の待つ司令部に帰還する事だけである。
土方たちに課せられた任務はシンプルだ。このビルの最上階にあるというロボットの停止レバーを引くこと。開発責任者曰く、これ以上無いぐらいに停止レバーという外見をしているので、見れば分かる。ということだった。
「斎藤さん、弾倉の予備ってあります?」
「沖田ちゃん、ペース配分って知ってる?」
「いやー、思ったより敵が固くて」
「それはまあ同意ではあるんだけど
……
」
ここに来るまでに一番ロボットを破壊してきたのは沖田である。装備の消耗が激しいのは当然と言えば当然だ。斎藤がバックパックから沖田に弾倉を手渡しているらしい音を聞きながら、一つの隔壁の前に辿り着いた。
こうした隔壁でロボットたちが分断されているので、大群に襲われる事はないのだが、最上階まで一気に駆け上がれ無いのはもどかしかった。
「
…
近藤さん、C-126だ。開けられるか?」
目の前の閉じた壁に刻まれたナンバーをインカム越しに伝える。
やや間を置いて、土方に耳に返答があった。
『少し待て
…
。その先
――
、人
……
の
…
反応
…
、ある、が』
ノイズ混じりの声を怪訝に思う。先程までは普通に聞こえていたはずだ。
「近藤さん?」
『
……
すまん、さっきインカムを落としてな。もう大丈夫だろう?』
「ああ」
『それより、その先に生存者がいる。ついでに敵もだ。開けたら速攻で頼む』
その言葉が、背後に控えていた二人にも聞こえたのだろう。沖田が銃のセーフティを解除する音が聞こえる。
「人命優先だからね、沖田ちゃん」
「わかってますよ、心配しないでください」
斎藤に窘められながら、小柄な身体が土方の横に並んだ。
『
――
開くぞ』
近藤の言葉が言い終わると同時に、鈍い音を立てながら隔壁が開いていく。隙間から、不吉な金属音が聞こえてきて、土方は銃を構えた。
「もう駄目かと思ったよ」
と、瓦礫の山から助け出した男はどうやらこのビルの警備員らしい。見回りをしている時に運悪くロボットの襲撃にあい、運良く瓦礫の影に隠れ続けられた男だった。
どちらかと言うと不運の方が勝る男は、土方たちに助け出されるまで生きた心地はしなかっただろう。拝み倒さんばかりに三人の前で手を合わせている。
「生存者発見だ」
『
…
よくやった、歳。後は最上階までのルートを出す。少し待ってくれ』
近藤に報告をすると、端的な言葉だけを返され、すぐに通信が切られた。なんとなく違和感があった。近藤らしくない淡白さだが、気の所為と言われれば納得してしまう程度ではある。しかし、生存者の男が放った言葉が、土方の違和感を更に大きくしていく。
「社長が来てるんですか?」
男が意外そうな顔をするのを見て、沖田と斎藤が疑問符を浮かべて顔を向き合わせた。
「あの社長さんなら司令室にいるはずですけど」
「あれ、そうなんですか? 隔壁の操作は地下の警備室からじゃないと
……
」
そこまで聞いた土方は、有無を言わさず近藤へと通信を繋いだ。
『ああ、歳
…
。最上階までのルートだが
――
』
「あんたいまどこにいる?」
返答の代わりに、銃声が聞こえてきた。
最初こそ、遠隔で操作出来ていた隔壁だが、戦いの最中で外部とのネットワークが絶たれたのか、操作が困難になった。そうと分かった近藤の行動は早かった。後を山南に任せてスーツのまま司令室を飛び出した。法定速度を置き去りにする速度でバイクをかっ飛ばし、土方たちが突入したビルへと単身乗り込むと、地下の警備室へと辿り着いた。
途中で徘徊していたロボットと戦闘になったが、肩を撃たれるだけで済んだのは幸いだっただろう。下手をすれば命を落とす相手だ。この程度であれば、土方たちをオペレートするのに問題は無い。と、思っていたのだが、どうにも現場を離れていた期間が長かったせいか、予想外に疲弊している自分を自覚する。痛み止めぐらいは持ってくればよかったと、止血をした肩を見ると、上着にまで血が滲んできていた。
(また、歳に怒られてしまうな
…
)
思わず苦笑が浮かぶ。近藤は霞んできた目を眇めながら、モニターに映る情報を頭の中で整理していく。土方たちを安全に最上階まで移動させるには、少し遠回りさせた方がよさそうだ。戦闘回数は少ない方が良い。全てのロボットを破壊する必要は無いのだ。停止レバーを引けば、こちらの勝利なのだから。
停止レバーがあるコントロールルームへ辿り着くまでの道のりを決め、途中にある隔壁の場所を確認する。すると向こうから通信が繋がれた。
「ああ、歳
…
。最上階までのルートだが
――
」
しかし、言い切る前に土方が口を挟んできた。
『あんたいまどこにいる?』
怒気を含んだ声は、近藤が地下の警備室にいることが分かっているようだった。おそらく、生存者との会話で察されたのだろう。別段隠すつもりはなかったが、突撃部隊である彼らに余計な心配をさせるわけにもいかない。
そんなことより任務を優先させろと言いかけた時だった。
背後で警備室のドアが吹き飛ばされた。反射的に近くにあった机の影に飛び込むと、持っていた自動小銃で侵入者の頭を撃つ。反動で肩に激痛が走ったが無視した。
「
……
ぐぁ、っ」
『近藤さん!!』
インカムから叫び声の様に名前を呼ばれる。
「
…
っ、問題ない!」
大嘘だが。まあいつもいつもどっしり構えていろと言ってくる相手なので、多少の見栄を張るのはいいだろう。
銃弾の雨を浴びせられたロボットの顔面が吹き飛び、小規模な爆発を起こす。機械が完全に沈黙したのを確かめて、近藤は立ち上がると、ふらつく足を叱咤してモニターの前に戻った。
「歳、最上階までのルートだが
……
」
『最短のルートを出せ』
ほとんど命令のような口調に笑ってしまいそうだ。この男の上官を上官とも思わない態度は昔から変わらない。隣で最前線を駆けていた頃のままだ。だから、いまではこんなに離れた場所にいる。
「危険だ」
『全員で帰還しろって言ったのは近藤さん、あんただ。そこに自分が含まれてねえなんて言わせねえ』
土方は引き下がらない。もうきっと、何を言っても無駄なのだろう。遠回りのルートへと誘導しても、生存者の警備員がいるのなら嘘だとバレる。そうなれば、今後、土方は近藤のナビを疑うようになるだろう。未来に遺恨を残す事は避けたい。
なんて、そんなの建前だ。
本当は、土方の言葉が嬉しかった。土方は、近藤の大切にしている人たちをいつも無事に帰してくれる男だった。それを、土方が誇りにしている事を近藤は知っている。彼の誇りを傷つけるのが、自分であってはならない。
「歳
……
」
近藤の大事なものを取りこぼすこと無く、すくい上げてくれる掌が好きだった。
その掌の中に、自分も入れてくれると言ってもらえて、嬉しくないはずがない。
『俺につまらん報告書なんて書かせないでくれよ』
冗談めかして言う言葉に、今度こそ笑みが浮かんでしまった。
「分かった
…
。最上階までの隔壁を開く。敵は多くはないが、気を抜くなよ」
『そんな事、承知の上だ』
頼もしい言葉に背中を押されてコンソールを操作する。操作盤が自分の血で汚れていくが、あまり気にならなかった。
近藤が一人危険な状態で自分たちを指揮していたと知った途端、沖田と斎藤の目の色が変わった。シンセングミに近藤を慕っていない人間はいない。
「土方さん、ここは任せて先へ!」
「骨は拾ってくださいよ、副長!」
「上等!」
そう言って最上階のフロアを引き受けた二人の言葉を背中に、土方は通路を走った。コントロールルームまではほぼ一本道で迷うことはない。
後は、部屋に飛び込み停止レバーを引くだけだ。しかし、そう簡単に行かないのが任務の常である。
土方が通路の角を曲がった瞬間、ドアの前にいたロボットのアイカメラと目があった。暴走状態を示すように赤く明滅している光を目視した瞬間、考える前に走ってきた通路へと飛び退いていた。
数瞬前に立っていた場所に銃弾が打ち込まれる。弾は追い駆けるように土方が身を隠した通路の角へと迫った。直角に曲がった壁が抉れ、破片が飛ぶ。壁へと背中を預けながら、敵を伺うがどうにも弾丸の嵐が止む気配が無い。
「くそがっ」
目的地を前にして、妨害されれば悪態の一つも吐きたくなる。
『歳、俺が隙を作る』
苦しげに掠れた声が耳元で響いた。いったい何をするのか。告げられる前にロボットがこちらに向けていた銃を天井に向ける。監視カメラが首を振り、どうやらその動きに反応をしたらしい。近藤の采配だろう。
土方は迷うこと無く駆け出した。銃口が迷いなくこちらを向く。だが遅い。引き金を引くのは自分のほうが早かった。
相手の持っている銃へと銃弾を浴びせると、銃身がひしゃげ、ロボットのマニピュレーターが小さな爆発を起こした。その衝撃にロボットがバランスを崩し、片膝を付いた。その膝を踏みつけ、さらに肩へと足をかける。
「終わりだ!」
至近距離で見つめ合う形になった顔面へと銃口を突きつけ、引き金を引く。ロボットの顔面にはいくつもの穴が空き、火花を散らす。
やがて機械から駆動音が消え、ゆっくりと倒れた。重い音と共に破片が飛び散り、人の形をした瓦礫へと化す。
土方はようやくコントロールルームへのドアを蹴り開けた。
冷たい床の温度を頬に感じながら、近藤は暗くなっていく視界でこちらに向けられている銃口が力なく落ちていくのを見ていた。
動かなくなったロボットを見て、どうやら危機一髪のところで土方が停止レバーを引いてくれた事を知る。ヒーローみたいな男だなと口元で笑おうとして失敗した。
血を流しすぎた。それぐらいは分かる。肩は痛いのか熱いのかよく分からなくなってきた。寒い。
思考は取り留めなく頭の中を流れていく。目が閉じそうになる。それを許さないとばかりに声が聞こえてきた。
『近藤さん! いまそっちに向かう!』
土方の声だった。必死な声が愛おしいと思う。その気持のまま、インカムを指先で撫でた。
なんでもいい、何か話をしていたかった。
「歳、家のな、コーヒーが
……
切れそうなんだ
…
」
『は? 言ってる場合か!』
戸惑う顔が目に浮かぶ。いきなりこんな話をされたら誰だってそんな反応をするだろう。
通信機の向こうから、瓦礫を蹴って走る音が聞こえてきた。コントロールルームの近くにはエレベーターがあったから、たぶんそこから地下へと向かってくるつもりだろう。
「何か
……
、話してないと、意識が飛びそうで
……
」
『
……
っ』
それで察してくれたのか、もう文句は返って来なかった。
『コーヒーだな。次の休みにでも一緒に買いに行くか』
それはいい考えだ。そもそも今日は二人揃っての休日だったのだ。やりたいことはたくさんあった。
「うん
…
。ついでに
…
、ケーキでも、買って帰ろう』
『ああ、分かった。いくらでも買ってやる』
了承する土方は、焦っているのか早口だ。いまならどんな願いも聞いてもらえるのではないだろうか。
「あと
……
、そうだな
…
。たくさん
……
、だいて、ほしいな」
『
――
、言ったな、逃げんじゃねえぞ。泣いたって離してやらねえからな』
「ふふ
……
、のぞむ、ところだ」
――――
。
『近藤さん? おい! 近藤さん! 返事をしろ
――
!!』
「いやー、皆無事でよかったな!」
などと白いベッドの上で笑う男に、土方は嵐のように荒れ狂う感情を必死に押さえていた。どうして一番安全なところにいるはずの指揮官が一番重症なのか。
あの後、病院に担ぎ込まれた近藤はしばらく絶対安静を言い渡された。肩を撃たれ、大量に血を失い、それだけで済む方がおかしい。
地下の警備室で血まみれになって動かない姿を見た時の、こちらの絶望を思い知らせてやりたい。嘘だが。この人にそんな気持ちを味わって欲しくなくて、自分たちは毎回死ぬ物狂いで無事に帰るのだ。帰る場所がなくなるのは困る。
土方は大きく溜息を吐くと、ベッドの横にある椅子に深く腰掛けた。ベッドサイドのテーブルには、見舞いの品らしきものがいくつか置いてある。
「総司や一が来てくれたんだ」
「そうか」
土方の視線に気付いた近藤が微かに首を傾けてこちらを見た。綺麗な髪がその動きに合わせて揺れ、白いシーツに拡がる。あとで結び直してやろうと考えていると、長い指が唇にちょんと触れてきた。
「歳は?」
言わんとしていることが察せない関係ではない。しかし、甘やかし過ぎるのは良くない。と、いつも最初は自戒するのだ。最初は。
土方は暫く憮然とした表情を浮かべていたが、やがて悔しげに肩を落とした。つまるところ、近藤の甘い眼差しに負けた。敵うはずないのだ、この人に。
土方は諦めて身を乗り出し、近藤の顔に自分の顔を近づける。銀色の瞳が嬉しそうに閉じられるのを見ると、もうなんだか全てを許したくなってくる。こういう所が駄目なのだ。
唇を重ね、ほんの少し擦り合わせる。薄い唇は、男の割に柔らかい。もっと味わいたいのが本音だが、子供がする戯れのようなキスだけに留めて顔を離す。近藤がキョトンと目を瞬かせた。
「続きをして欲しかったら、さっさと退院するんだな」
「ケチ
…
」
ぼそりと呟かれた言葉を聞き逃す土方ではない。仕返しに鼻を摘んでやると、声を立てて逃げられた。これだけ元気なのであれば、すぐにでも退院してきそうだと思っていると、近藤がおもむろにサイドテーブルへと手を伸ばす。
「そういえば、二人は何をくれたんだ?」
「聞いてねえのかよ」
撃たれた肩を動かせない近藤に代わって土方が二人の見舞い品の中身を確認する。そんなに大きなものでは無さそうだ。が、品名を見た時の衝撃はそこそこに大きかった。
「
……
」
途端に顔を顰めた土方を見て、近藤が怪訝そうな顔をした。
「何が入っていたんだ?」
「コーヒー豆」
「
……
ん?」
どこかで聞いた単語に、近藤の動きが止まる。
「沖田からは、ケーキだな」
「
…………
」
白皙の顔がみるみるうちに真っ赤になる。
「近藤さん」
「と、歳
……
、もしかして
……
」
もしかしてもないだろう。そういえばインカムはオープン回線のままだった。
「コーヒーを買いに行く必要もケーキも
…
、まあいいよな、もう」
ベッドの上で茹で上がっている恋人はごくりと唾を飲み込んだ。
「次の休みだったな」
土方の笑みが深くなる。
「
――
逃げんじゃねえぞ。泣いたって離してやらねえからな」
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