夏の暑さは決して得意ではないが、肌寒くなり始めるこの季節は得意ではないどころか、苦手だ。気候が寒くなるよりももっと強く、心が寒くなるような感覚がする。巧海がこの世界から消えてしまったあの秋の夜が、いまだに心に暗い影を落としている。
終わりよければ全て良しなんて、そんなに簡単に割り切れる話ではなかった。巧海は戻ってきたし、そのあとの手術だって成功した。以前のように一緒に生活をすることはできないものの、会おうと思えばいつでも会える。きっと幸せなのだと思う。それでもあの時に感じた悲しみも、絶望も、確かに存在していたのだ。心の中から追い出すことは容易なことではない。
授業も部活も終え、ひとり女子寮の部屋に戻った晶は息苦しさを感じて窓を開けた。まだ夕飯時だというのに夕陽も沈み、薄い紺色の空が広がっている。ずいぶん陽が短くなってきたな、とぼんやり外を眺めていると、不意に携帯電話が着信音を鳴らした。
「晶くん、今外見れる?」
通話ボタンを押すと、いつもののほほんとした調子の巧海の声が響く。ちょうど外を見ていたところにかかってきたものだったから、ん、と小さく頷きながら答えた。
「今日、中秋の名月なんだって。晶くんと一緒に見られたらなぁって……」
「たしかに、今日の月は大きく見えるな」
「月が綺麗ですね……ふふ、なんか照れるね」
実のところ、1人でいる時は月を見ないようにしていた。今はもうないあの星が見えてしまいそうで。それでも、巧海が男子寮から同じ月を一緒に見上げているのだと思えば、見てみたいと思えた。見上げた空に浮かぶ月はなるほど名月と呼ばれるにふさわしく、明るく空を照らしていた。
「……月は口実で。晶くん、最近元気なさそうに見えたから少し心配で、声がききたくなったんだ」
冷たい風がふわりとカーテンを揺らす。そんなことはない、と答えれば嘘になるが、元気がないことを認めて巧海に余計な心配をかけるのは不本意だ。言葉に詰まっている時点で、肯定しているようなものではあるが。
「僕、もういなくならないからね」
巧海は鈍感なようでいて、時々やけに人の気持ちをよく察知するところがある。元気がなかった理由もすでに察していて、それで電話をかけてきたのだと晶はようやく気がついた。
「……あんがとな。じゃ、また明日な」
やや素っ気なく電話を切ってしまったのは、このまま話していると泣いてしまいそうだったからだ。
今はまだ、月を見ることも、秋という季節も、苦手なままではある。すぐに好きにはなれない、とも思う。それでも、あの赤い星が無い月も、巧海と過ごす秋も、巧海とともに年を重ねるうちにきっと当たり前になっていくだろう。
先ほどまでの息苦しさはもう感じなくなっていたことに気がついて、晶は静かに窓を閉めた。
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