【果実を共に】

『アルフ・ライラ・ワ・ライラは語らない』
現行未通過×

第3航海中の幕間
※台詞うろ覚え

 始まりは他愛のない、それでこそ軽い相談の場を作りたかっただけだった。自分が真名と加護を与えた第二王子、彼が率いる船の同じ乗組員として。元奴隷という凄惨な条件を抱えても明るく笑うあの子が、健やかに旅を終えられるようにと。


「キミは、他人が憎くないのか?」


 いくつかの話をした。質問、解答、雑談。案外キミと自分は、大魔術師と呼ばれる自分は似ているのかもしれないと笑った。僅かでも気が紛れればと、様々なことを下手な話術で行った。


「キミが笑っていられる理由は何だ?」


 そして私は、何かを踏み外したのだろう。

 気が付けばベッドに引き転がされ、馬乗りになったその子……カシムが、こちらを見下していた。他人の手が首を包む未体験の感覚、彼の力加減一つで崩れる自分の命を実感する。

 明かりを背にしたカシムの表情は、上手く読み解くことができない。それは彼が眩い光から目を背けるようであり、彼そのものが鮮やかな陽になったような錯覚を得た。


「(私は、彼を傷付けたのだろうな)」


 不思議なことに、間近に迫る死へ対する恐怖はない。既に百年近く生きたからなのか、それとも私は壊れているのか。それらより真っ先に浮かんだのは、彼にこれをさせた罪悪感。最初から私を殺したいと願っていたとて、ここで殺させるのは余りにも彼に酷い結末を迎えさせるだろう。

 だから謝罪を口にしようと、息を吸い込んだ。けれど私の喉が動くより先に、彼の甘く湿った声が耳へ届く。


「────……憎いって言ったら。どうします?」


 そこで漸く、彼の心の核心へ踏み入った事を理解した。それはカシムという人間にとって絶対的な領域、真髄の入口。無遠慮な自分にまた罪の意識が湧き出て、小さな唸りを零してしまう。


「そう、だね…… キミが納得できる方法を探すよ」


 助かるための足掻きではなく、心からの本音だ。私は幸運にも多くの者に救われた存在であり、多くの者を救わねばならない存在。だからカシムに憎悪が宿っているというのなら、彼の納得できる手段を模索したい。彼だけが救われるのではなく、皆を救いたいから。

 首から伝うカシムの温度は、私より高い気がする。生命の流れる脈動、少し渇いた皮膚、すっぽりと喉を覆う大きな手。その全てを救いたくて、導きたくて、真剣に彼を視る。


 オレの真名私の憧れを告げるまで、あと少し。