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2222(にし)
2026-03-11 20:46:18
2733文字
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八つ時まで
#nkzik_drawwriting【第62回】卒業 の投稿作品です。
※年齢操作 五年生
※軍師の卒業生が出ます(六年生の姿)
あたたかな風が路傍の草木を揺らす。
団子屋の店先に腰掛けた勘兵衛は、どこからか吹かれてきた薄桃色の花びらが目の前で踊るのをじっと見ていた。
若王寺勘兵衛は、本日をもって忍術学園を卒業した。騒がしくも楽しかった学園生活。厳しい実習や忍務に身を投じた日々。春の空気に抱かれながら感慨を深めたいのだが、隣にいる男がそうさせてくれない。
「勘兵衛、まだ食べ終わらないか? 今日は随分のんびりだな」
「ゆっくり味わっているんだ、清右衛門。ここの団子屋にはもう来られないかもしれないからな」
桜木清右衛門。勘兵衛の同級で、ともに六年間を駆け抜けてきた。なぜだか馬が合い、卒業後も二人で組んでフリーの忍者になることが決まっている。
「ゆっくり、ねえ」
どこか含みのある言葉を寄越す清右衛門に、勘兵衛は団子の串を指先で弄んだ。串に取り残された、三色団子の一番下の緑色だけがくるくると回る。
「まだ早いだろう」
「まあ、そうだね」
積み重なった団子の皿の横で、清右衛門は涼やかな目線をふっと遠くへやった。二人の学び舎だったところがある方向だ。
のどかな日の光はゆっくりと移動し、伸びる影がわずかに長くなっていく。太陽の傾きを確認した清右衛門が「勘兵衛」と声をかけた。
刻限だ。
最後の団子を串から引き抜き、咀嚼する。冷め切った茶を喉に流し込み、清右衛門と勘兵衛が傍らに置いていた荷物を取った、その時。
「桜木先輩! 若王寺先輩!」
びりびりと、大気を揺るがす声が響いた。
「
……
来たな」
清右衛門が小さく呟く。視線の先、遠くの山道から土煙が上がっている。藪を漕ぎ、山にも谷にも構わず、まっすぐこちらを目指して一直線にやってくる。
猪突猛進のそれは、団子屋の前で勢いよく急停止した。
「よかった! まだこちらにいらっしゃった
……
!」
砂と草花にまみれながら転がり込んできたのは、一学年下の七松小平太だった。体育委員会である清右衛門の後輩だ。
「小平太。一人か?」
見え透いた質問を清右衛門が寄越す。
「違います! じきに来るはずです!」
汗をぬぐいながら、小平太は疲れを感じさせない笑顔を見せた。たった今来た道を振り向いて、大きく息を吸う。
「ちょーじー!! 間に合ったぞー!!」
手で塞いでいても鼓膜が震えるほどの大声に眉をしかめつつ、勘兵衛は道端の木々を見た。小平太が拓いた道を追って、茂みから何かが飛び出した。乱れた呼吸を押さえながら、朽葉色の髷が揺れる。
「長次も来たか」
日々鍛錬に打ち込んでいたとしても、体力バカと渾名される小平太の全力疾走には追い付けなかったのか、間に合わないとみて小平太だけを先行させたのか。上がった息が整うのを待って、勘兵衛は図書委員会の後輩である中在家長次に声をかけた。
「汗だくだし、ドロドロだな。よく頑張った! それにしてもお前たち、ここがわかった⋯⋯ということは、『あれ』を解いたのか?」
長次は無言で、懐から折り畳まれた紙を出した。広げて見せられたのは、勘兵衛自身が長次に宛てて書いた手紙だ。一見しても、後輩への激励の文(ふみ)にしか見えない。だがそこには難解な暗号が隠されている。
「⋯⋯若王寺先輩が、普通の文を残すなどあり得ません」
無口な長次とは対照的に、勘兵衛はかなりのお喋りである。委員会活動の内容も口頭で伝えることが多く、あえてこのような別れの挨拶をしたためたことに長次は疑問を感じたのだ。
勘兵衛の丁寧な筆致の上に、切羽詰まった墨が散っている。紙の隅に殴り書かれた、『裏々々山を越えた先の団子屋 八つ時まで待つ』の文字。勘兵衛が忍ばせた答えが、一字一句違わずに記されている。
勘兵衛はふっと口の端を上げた。
卒業式を終えた後、在校生に悟られぬよう、二人はまだ人の少ない裏門からそっと抜け出した。誰かに見つかれば、きっと送別だの挨拶だのと大騒ぎになる。それが嫌で、山道を全力で駆けてきたのだ。振り返らないと決めて。それだけではつまらないから、餞別の手紙に偽装した暗号を残して。
「解けたとしても、時間までにここまで辿り着けるかは微妙だったけどな」
渾身の暗号が破られてなお笑顔を見せる勘兵衛に、長次は何も言わず小平太を指さした。体育委員会の活動で揉みに揉まれた小平太は、体力だけで言えば一学年上の先輩に勝るとも劣らない。暗号が解けるなり、いつもの「いけいけどんどん!」で疾走する様が目に浮かぶ。
図書委員会委員長が持てる知識を総動員して作った暗号と、体育委員会委員長が全力を出して移動した場所。知力と体力、どちらも伴っていなければここにたどり着くことはできない。だが、二人の後輩はやってのけた。
勘兵衛がちらと視線を向けると、何事かを話す清右衛門と、背筋をまっすぐ伸ばしながら傾聴する小平太の姿があった。きっと、清右衛門も嬉しいのだ。後輩の成長を目の当たりにできた、勘兵衛と同じように。
長次はしばらく黙っていた。それから、ぽつりと言った。
「
……
先輩に教えていただきたいこと、話したい事がまだまだありました」
俯いたまま、静かに告げる声はわずかに震えていた。頬傷のせいで、己の心とはちぐはぐな表情を示してしまう長次の、本心からの感情の揺れだ。
「泣くなよ長次。清右衛門と賭けをしているんだから、俺が負けてしまうだろ?」
勘兵衛は努めて明るい声で諭す。長次はきまりが悪いのか、肩を跳ねさせると強く顔をぬぐった。
「
……
これは、汗と洟です」
群青色の制服の袖が色を濃くしていた。
「それにしても、賭け
……
ですか」
長次は小さく鼻をすすった。どういう内容で清右衛門と賭けていたのか、と少し赤くなった目元が問うてくる。素知らぬふりをして、勘兵衛は言った。
「ここに着いた長次が泣くか、泣かないかだ」
辿り着けない、という選択肢は無かった。面映ゆさや恥ずかしさ、様々な感情で顔をゆがめる長次の背を、勘兵衛は力強く叩いた。
忍びは余計な荷を持たない。忍術学園から卒業する時は、学園の備品を持ち出してはならない。
六年間の持ち物は、軽く背負えるたった一つの行李に収まった。だが、形がなくても残るものはある。誰かが残したものを、次の誰かが追いかける。それは来年も、再来年も、連綿と続いていくだろう。
二人は後輩に大きく手を振って、それから一度も振り返らなかった。
清右衛門と勘兵衛が遠ざかる中、小平太と長次は深く腰を折った。
顔を上げた時には、もう先輩たちの姿は見えなかった。それでも二人はしばらくその方向を見続けていた。長次の目元には、もう涙は無かった。
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