ortensia
2026-03-11 01:54:14
1738文字
Public 傭リ
 

吸血鬼リ×人間傭。

饗宴とは何かな←

 その血族は霧の姿になれた。赤い、赤い血霧の蝙蝠だった。
 饗宴の伯爵は、魔典を引き継いだ、血族の正統後継者だ。それを狙って訪れる「客」を、伯爵は来る者拒まず歓迎し、その全てを八つ裂きにした。魔典を引き受けるということは、そういうこと、それだけの力があることが前提だ。
 しかしある日、伯爵を訪ねたのは血族狩りの、どの勢力でもなかった。
 ただの雨宿り。
 迷子のような小男は、そんな理由で伯爵の邸の戸を叩いた。邸は森中の小さな城だ。こんなところ、血族目当てでなければ誰も来ない。にも関わらず、相手は血族のことも魔典のことも、何も知らなかった。
 男はそれくらい、遠い、遠い国からやって来たらしい。
 ならば何処へ向かう途中だったのかと問えば、何処でもない、当て所ないと言う。伯爵は、この雨が止まなければ良いと思った。実際にそう言った。
 男は、一人の吸血鬼が暮らす小さな城に、留まることとなった。今はもう、城には二人だ。
 伯爵は男が来てから毎夜が楽しかった。否、分厚いカーテンを閉め切って、地下室に二人閉じ篭れば、日中だって楽しかった。
 今じゃ、これ迄の暮らしがどんなに退屈なものだったか分からせられた。もうあの日々には戻れない。招かれざる客を切り刻むのは楽しいが、男と過ごす饗宴に比べれば、煩わしかった。
 吸血鬼はすっかり男を気に入っていて毎夜僅かなその血を舐め取っていた。寧ろ血を舐めることを口実に、好き勝手に舌で触れ、男を饗宴に誘った。伯爵は男の血を身の内に取り込むことを楽しんでいたし、男もそれを許していた。
 男は伯爵に構わず、一人好きに日光を浴びたし、伯爵が来客を死を以てもてなすのを咎めたが、それでも伯爵と共にあり、その牙に食まれるのを良しとし、常人よりも、吸血鬼にとって都合の良い存在へと、体は作り変わって行った。
 いずれ伯爵は、男に促され、邪魔な来訪者から隠れるようになった。代わりに男が応対し、血を啜る夜の鬼などここにはいないと言った。自分はただの居候の用心棒だと、突っぱねて追い返した。
 しかしそれで納得すれば、魔典の血族は永遠にも等しい時間、他者に狙われる暮らしはしていない。ある日の横暴な来訪者は、城の中を調べさせろと大勢で押し掛けた。呆れた伯爵は、好きに見せてやりなさいと言った。
 ここまで来ると、男の方が吸血鬼を心配した。血族を狙う勢力は、血族がそうであるように、人外もいるのだ。
 魔典はこの時点では、伯爵が旧知の、それを楽譜か何かのように扱う連中に、既に預けていた。なんなら何百何千年預けっ放しでも構わないらしい。伯爵は来客の訪れに、とっくに飽きていたので。
 だから元より男が案ずるのは伯爵の身ばかりだ。伯爵からすれば、人間の男こそ、自分の身を案じた方が良いのではと思ったが、人間は人間で、歯牙にも掛けられないものだ。
 だから男は言った。自分の血に紛れれば良いと。
 饗宴の伯爵の本質は霧だった。血の霧へと姿を変えられるのだ。
 血に紛れて男の体に紛れ込めば、血族のような人外でも、伯爵の存在に気付けない。
 それに、男の体はとっくにそれを受け入れられる体に作り変えられている。
 伯爵は男に口付けた。饗宴の夜のと変わらぬ官能は、男に刺激を与えて困らせたが、吸血鬼の体は赤い霧に変わり、男の体に滲んだ。
 吸血鬼の姿がすっかり男の前から消えた時には、その吸血鬼は男の体に馴染んでいた。男が消えた吸血鬼の姿を追って、両手を広げて見ても、自分の身にこれと言って変化は感じなかった。ただほんの少し、熱いような気がするだけで。
 そうして男、そして伯爵は横暴な来訪者を遣り過ごした。
 邪魔者がいなくなり、二人の城に静寂と安寧が戻った時、吸血鬼は男の体から滑り出た。突然質量を感じる体が男の目の前に現れ、覆い被さって来る。
 おまえの体が熱くて。
 男が熱を感じていたのは、吸血鬼のものではないらしい。そもそも吸血鬼の体は、普段から熱が低いのだった。しかし男が熱を上げた原因は吸血鬼に違いないので、熱に翻弄されて、どうにか往なしたいのか男の体に自身の痩躯を擦り付けて来る吸血鬼に、余計に男の熱が上がる。
 饗宴が、また始まる。


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