けーだい
2026-03-10 23:05:33
1275文字
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魔王


夕焼けに染まった視界の中で、その剣は青く輝いていた。
監視塔の下に作った広場には私とリンクしかいない。この時間であればジョシュアが様子を見に来たりもするけれど、今だけは外してもらっていた。ついでに人払いも頼んでおいてよかった、と思う。できるだけ内密に、という彼の珍しい要望を聞いておいたおかげだった。
報告を終えた彼は青い刀身を鞘に収めると、ひとつ息を吐いてこちらを見つめてくる。その顔には憔悴も焦燥も無く、ただどこかすっきりとした、澄んだ空のような穏やかさだけがあった。
あれだけ方々駆けずり回ってやっと見つけた大事な人が、自分の剣を携え万年を飛ぶ龍になっていた。その事実を今、彼がどう思っているのか、表情からは全く読み取れない。
……アンタはこれからどうするの」
彼の内面にどこまで踏み込めるのか、この歳になっても測りきれなかった。だから〝次〟のことだけを訊ねる。すると彼は当然のように「魔王を討つよ」と言った。
「差し違えても……なんて言わないでよね」
あまりに凪いだ様子に、たまらず釘を刺すようにそう言う。すると彼は軽く目を見張ったあと、小さく笑った。
「言わないよ」
その顔にやっと感情の欠片が見えて、少なくとも死ぬ気は無いのだと安堵する。
そんな私に気付いているのか、彼は軽く目を伏せると珍しく更に言葉を重ねた。
「インパが龍化を解く方法を探してるんだ。魔王を倒したらそっちに行くよ。……それに」
顔を上げた彼と目が合う。凪いではいるがその奥に、何か光るものがある。
「もし、ゼルダが帰って来て……まだ魔王がいたら、きっとゼルダはまた無理をするでしょ?」
その光がなんなのか理解する前に、彼はふと首を城の方へと向けてしまった。
日に背を向け、顔に影がかかる。その中で、青い瞳だけが輝いている。
「だから、魔王あっちが先」
先程までと何ら変わりのない、落ち着いた声。けれどそれを聞いた瞬間、ぞっとした。
あの光は、冷徹に研ぎ澄まされた、牙だ。
研究畑の人間といえど腕に覚えがない訳ではない。それくらいは私にだってわかった。そしてだからこそ、恐怖した。
凪の向こうにある牙そのものにではない。怒りでも、悲しみでもなく、理性でもってあの鋭い殺意を抱き続ける、目の前の男にだ。
「アンタ……
言葉を失った私にリンクが向き直る。あの光は綺麗になりを潜めて、元の穏やかな顔をしていた。かつては全てを無表情の下に押し込めることしか知らなかったはずの少年は、いつの間にか全てを飲み込み覆い隠せるほどに大きくなっていたらしい。
「俺にしかできないんだ」
そう言って彼は手にしたままの、彼女から受け取ったという剣を丁寧な動きで背負い直した。
多分、もう行くのだろう。そうして「じゃあ」と手を上げる彼に応えながら、頭の中ではゼルダ様に話しかける。
(ねぇ、ゼルダ様。貴女がいないと、この子はこんなにも……冷たくなってしまうのね)
青い背中が階段の向こうへと消えていく。一刻も早く各地の賢者を招集しなければ、と私も踵を返して、砦の中へと入っていった。