放課後の教室が、志音は嫌いではない。皆は基本的に部活動に行ってしまうので、教室にひとけはないし、家にいるよりも勉強は捗る。だから志音は時々、こうして一人教室に残って、広い空間を独り占めして勉強をしている。変人に見られていることは間違いないだろうが、志音は気にしなかった。今日も誰もいないだろうと、自分の席で一人手を動かす。
「
……さん、星野さん!」
無心で問題を解いていると、ノートにふっ、と影が落ちた。顔を上げると、クラスメイトの女子が三人。名前を覚えていないが、ぱっと見の印象は背の高いロングヘア、背の低いボブ、真ん中くらいのポニーテール。私の顔を覗き込んでいる。
「ちょっといいかな?」
「
……え? 私?」
思わず眉をひそめる。他に人はいないし、星野は自分だ。けれど、戸惑うのを隠せない。彼女たちと
――というか、クラスメイトとの交流なんてほぼない。なのに話しかけられている。何かやらかしただろうかと内心冷や汗をかくけれど、表情からして深刻な問題が起きているのではないらしい。
ロングヘアの女子が、花のように可愛らしく微笑んだ。
「うん、今週末勉強会するんだけど、良かったら一緒にどう? 人数多いほうが楽しいかなって、クラスの他の女子も誘ってるの」
今度は両手を胸の前に合わせ、可憐な仕草で、小鳥がさえずるような声で彼女は言う。けれど、志音は無表情で即答する。
「いや、私はいい」
すぅ、とその場の温度が冷えた気がした。ロングヘアの女子は小鼻に皺を寄せる。よくそんなに表情をころころ変えられるものだ。この三人には悪いけれど、交流するつもりはない。
「え、せっかく誘ってあげたのに」
「そうよ、断られる方の気持ちも考えたら?」
ボブヘアの女子も加勢してきたけれど、それをバッサリと切り捨てる。
「私は、勉強は一人でしたほうが効率いいと思うから」
彼女らは、いつも一人でいる自分を、憐んでくれたんだろうか。たとえ善意だったとしても、いい迷惑だ、と思ってしまう。好きで一人でいるのだから。
ボブヘアの子が、つん、と言い放つ。
「そんなんだから友達ができないんでしょ」
「
……」
その通りだった。否定はしないし、そういうふうに振る舞っているのも自分自身だ。けれど、なぜか気づいたときには立ち上がってしまった。椅子が耳障りな音を立て、机の引き出しにしまったスマホに接続されたイヤホンが、耳から外れる。志音は机に両手をついて、喉の一番低いところで声を出す。
「
……友達なんて」
友達なんて、いらない。
人と関わり合いになんてなりたくない。きっとあなたたちには、一生わからない。
そう言葉を続けようとした矢先。
「っ、まあまあ!」
一瞬のためらうような間の後、高くてよく通る声が響いた。さっきまで一言もしゃべらず黙っていたポニーテールの女子だ。澱んだ空気が少しだけ動いて、軽くなった気がした。彼女はニコニコと笑いながら、他の二人を無理やり教室の外へ促していく。
「今回はそーゆーことで! 志音、また気が向いたら教えてね!」
「ちょ、
珠華……?」
珠華、と呼ばれたポニーテールの女子は、ドアの前で困惑と不満が入り混じった表情を浮かべる二人に手を振る。
「私、用事があるから、先帰ってて〜。また明日ね〜!」
彼女は、笑顔のまま、二人が廊下を不審そうに振り返りながら去っていくのを見届ける。一瞬の出来事に、志音は立ち上がったままの微妙な姿勢で固まっていた。二人の姿が見えなくなってから、珠華は申し訳なさそうにつぶやく。
「ほんとごめんね。無理に誘うのは良くないって言ったんだけど
……」
「別に。私と話してる暇があるなら、用事さっさと終わらせて帰れば」
ようやく我に返った志音は椅子に座り直し、意味なくシャーペンの芯をカチカチと押し出した。ついでに、立ち上がったはずみで取れてしまったイヤホンも付け直す。けれど珠華は、予想外の答えを返した。
「ううん。もう終わった!」
「へ?」
「志音に謝りたかっただけ」
たったそれだけ。そのことに志音は開いた口が塞がらない。
そういえば、彼女は私の名前を知っているらしい。しかもいきなり呼び捨て。などと考えていると、珠華はさっきの申し訳なさそうなトーンを一転させる。
「ねえ、家どっち方向? 一緒に帰ろ!」
「いい。一人で帰るから」
「え〜、それもダメ? 厳しいなあ」
馴れ馴れしい人だ。あの女子たちを遠ざけてくれたのはありがたかったけれど、彼女は彼女で面倒そうな予感がする。
志音は机の上を片付け、口を尖らせる珠華を無視して、リュックを背負ってさっさと教室を出ていった。
「
……あのさ、ついてこないで」
街路樹の立ち並ぶ、最寄駅へと続く大通り。
志音はいらいらした顔で、振り返らずに言い放った。もちろん、後ろをついてくる珠華にである。反応されたのをいいことに、珠華はするりと志音の横に並んでしまう。
「だって私もこっちなんだもん」
「
……」
志音は抵抗を諦めた。なんでこんなに付きまとわれなければいけないのだろう。それに、「無理に誘うのは良くない」という発言と矛盾している気がする。ため息をついて、睨むように横の珠華の方を見た。
「ねえ、私はあんたのことをクラスメイトであるってこと以外、ほぼ何も知らないんだけど。なのにそんなに図々しくて、非常識だと思わないわけ?」
「えーっうそ、うちらってそんな冷めた距離だっけ? クラスメイトなら、別に仲良くたっていいじゃん。私は志音のことちゃんと知ってるよ。名前は星野志音、誕生日は九月十七日で、糸凪市内から通ってきてる。部活は確か
――入ってない、でしょ?」
かなり邪険に言ったつもりなのに、効き目はなかったようだ。話したことはないはずなのに、自分のことを知っているのも普通に怖い。ドン引きの志音をよそに、珠華は話し続ける。
「あっそうだ、私の情報もいる? 名前は珠華珠華、『三』つの『海』、真珠の『珠』に華やかの『華』。可愛くて結構気に入ってるんだよね。誕生日は三月二十四。早生まれだから年下扱いされるし、春休みだから祝ってもらえなくて悲しいんだよ。部活はダンス部! さっき一緒にいた二人もおんなじダンス部だよ。後はね〜」
「ストップ、一旦もういいから、わかったから」
延々と続いて止まりそうにない珠華の口を、降参だというように両手を上げてなんとか遮る。ふ、と珠華は口をつぐんだ。ようやく静かになった、と思ったけれど。
やや沈黙があって、珠華はぽつり、と問う。嫌だったら答えなくてもいいんだけど、前置きして。
「
……いつも一人でいて、寂しくないの? 友達とワイワイする方が楽しいじゃん」
それは先ほどのクラスメイトの誹りとは違い、純粋な疑問、といったふうだった。
「
……」
志音はすぐには答えなかった。
それは、志音が人付き合いを避ける理由を暗に問う質問で。思い出したくもない言葉が、記憶が、声が甦りそうになって、強く唇を噛み締めた。一匹狼であることは、不便に感じることもないとは言えないけれど、人間関係のいざこざに巻き込まれないのが、楽だから。
「
……一人で居た方が楽。だって
――」
いつの間にか、足が止まっていた。ちょうど街路樹の真下で、まだらな木漏れ日が目に痛いくらいだった。珠華は不思議そうに首を傾げている。
「人付き合いなんて面倒なだけ。人は簡単に裏切るし、離れていくのを、知ってるから。だったら、最初から一人の方がいい。私にとっては自分を守るために、必要なことなの」
珠華は思わず志音の顔をまじまじと見つめた。その視線に気付き、慌てて言い添える。
「
……いや、ごめん。忘れて」
自分は何を言っているのだろう。絶対変な人だと思われた。いや印象については今更か。
けれど返ってきたのは、意外にも同意の言葉だった。
「言ってること、少しわかるかも。家族とかが明日死ぬかもだぞ〜、みたいな? う〜ん、でもさ、」
珠華はうつむいて、一呼吸置く。
「それは、ちょっとだけ
――ううん、すごく、さびしいよ」
そう言ったか細くて小さな声は、先刻の活発そうな印象からは程遠かった。
さみしい。率直なその言葉は、志音の心の柔らかい部分を静かに刺した。深くため息をつく。これだから、こういう人間は苦手なのだ。珠華は続ける。
「だって、一人より二人、二人より三人ってよく言うでしょ? 人間関係って楽しいことばっかじゃないけど、でも誰かと一緒の方が、思い出もずっと残るし。だから、ずーっと一人なんてもったいないよ」
「
……」
「
――って、ドラマの主人公が言ってた!」
と珠華は言い放った。しんみりとした雰囲気を思いっきり台無しにした。受け売りらしい。自由奔放な彼女の言動に、何度目かわからないため息をつく。
「
――あっ!」
珠華は突然声を上げた。おかしいな〜、と言いながら、ストラップやキーホルダーがジャラジャラとついている肩掛けカバンの中を漁っている。しばらくして諦めたように、思いっきり顔をしかめた。
「やっばい、スマホ学校に忘れてきちゃった
……もう最悪! ごめん、先帰ってていいよ! またねーっ!」
と、返事する間もなく、珠華は逆戻りしていった。
「忙しないやつ」
ぽつりとつぶやいた言葉は、大通りの喧騒に飲まれていった。
けれど、胸の奥に何か温かいものが残っているのを感じて、そっとそのぬくもりに手を当てた。
心に、ひだまりのような光が灯っている気がした。
*
それから、一ヶ月が経った。だんだん暑くなり始めて、梅雨の時期が過ぎようとしている。
この前と同じ、放課後の教室で、志音は机に向かう。けれど違うのは、前の席に珠華が座っていることだった。椅子に逆向きに座って頬杖をつき、適当にスマホをいじりながら志音の勉強する様子を眺めている。ここ最近の、珠華のルーティーンらしい。最初は追い返そうとしたのだけれど、お察しの通りである。
志音はキリのいいところでふと手を止め、珠華を見た。
「ねえ、三海」
「珠華でいいよ? 私が志音って呼んでるんだし」
たっぷり十秒は沈黙したと思う。
「
……珠華はさ、」
「え〜、ほら、頑張って〜?」
長い静寂があった。
「
…………た、珠華はさ、例えばの話、急に自分が異能力者だって言われたら、どう思う?」
「ん〜?」
そういうことを、いきなり信じられるだろうか。受け入れられるだろうか。それは多分、まだその話を飲み込めていない自分自身にも問いかけたものであって。
「急にどしたの?
……う〜ん、どういう能力かにもよるんじゃない?」
「例えば、
……雨を操る、とか」
珠華は目をぱちくりと瞬かせた後、ぶは、と吹き出した。
「
――何それ、超地味じゃん。だったら普通に嫌かも〜。雨とかイヤだしなんの役にも立たないじゃん」
それはそう、なのだけれど。なぜか必死になって言い返す。
「でも、もしそれが、自分の想像していたものとは違っていたら? 誰だって嫌いなはずの雨が、すごく綺麗に見えたとしたら?」
不思議そうな顔をしていた珠華は一転して、真剣な目つきになる。澄んだ珊瑚色の目が、真っ直ぐ志音を見据えた。
「あのさ、それって
――」
「たとえば、の話じゃないよね?」
「
……え?」
「だってそれ雨の紡ぎ人のことでしょ? 違う?」
珠華の耳元の青緑のイヤリングが、首を傾げた動きに合わせて揺れた。
「じゃあみ
――珠華も、雨の紡ぎ人ってこと
……?!」
「そだね〜」
志音は蛍や琥珀のこと、母のペンダントのことをかいつまんで話した。聞き終わると、珠華はオーバーにのけぞる。
「ははあ、すごい偶然!」
「同じ学校の人だよ」
さらなるレアケースに、珠華は目を見開いた。
「え、マジ? その人って、私の知ってる人かなあ? 紹介してよ!」
「
……」
興味津々でこちらを見る珠華に、思わず苦虫を噛み潰したような顔になる。彼らとはこの間初めて会ったきりの交流だ。
「
……その人たちは、雨の紡ぎ人のコミュニティを持ってるらしくて
――『あまやどり同盟』って言うらしい。そこに誘われたけど、私は
……一度断ってるから」
「じゃあ、私と一緒に入ろうよ!」
あっけらかんと言い放った珠華に、志音は呆然とする。
「え? だから、一度断ってるんだって」
「大丈夫大丈夫、私も一緒に着いてくから!」
「そういう問題じゃない
……!」
あの東屋での出来事の後。帰ろうとした志音を、蛍は再び引き留めた。
「星野、もし気が変わったら、ここに来てくれ」
蛍はリュックからノートとシャーペンを取り出して、千切ったノートの一ページに、簡素な地図を書きつけた。建物を指していると思しき四角形に伸びた矢印の先には、「Café Elise」の文字。
「いつでも、ここで待ってるからさ」
その手書き地図を渋々珠華に渡して、学校から歩くこと二十分。
「ここかな?」
嫌がる志音が引きずられるように訪れたのは、小さな二階建ての建物だった。看板に書かれている文字からして、ここで間違いないようだ。しかし、いざドアの前に立ってみると。
「『Close』って書いてある
……。休みかぁ」
「でも、明かりはついてる。誰かいるみたい
……?」
「じゃあ、入る?」
「いやいや、私の知ってる人はいないかもしれないし、また別の日にしよう」
「『いつでも待ってる』って言われたんでしょ。じゃあいるよ!」
「言葉の綾でしょ、鵜呑みにしちゃ
――」
と押し問答を繰り広げているうちに、ガチャ、とドアが内側から開いた。志音は思わず肩をすくめる。
「すいません、今日は営業日じゃ
――って、あれ?」
顔を出したのは、蛍と琥珀だった。蛍は来客が志音だとわかると、ぱあっと笑顔になった。
「星野! 来てくれたんだな!」
「こんにちは、星野さん」
「ど、どうも」
「と、
……三海?」
蛍は珠華の姿も認識する。どうやら二人は知り合いのようだ。同じ学校の同じ学年だし、陽キャ同士だし、不自然ではないかもしれない。
「えっ、小湊くんじゃん! 久しぶり〜。そっちの子は?」
「糸凪の一年の、森生琥珀です」
琥珀がぺこりとお辞儀をした。
「琥珀君ね! よろしく〜」
と、蛍が店内へ手招きをする。
「で、ここにわざわざ来たってことは、なんか用があるんだろ。入って入って」
促されるままドアを潜った途端、外の喧騒がぴたりと止んだ。照明を落としてあるのか、少し暗い。控えめな音量で何かの音楽が流れている。絵に描いたようなおしゃれなカフェだ。
琥珀は元々座っていたらしいカウンターに、志音と珠華はカウンターに向き合う位置にある二人がけのソファーに座った。ふかふかのクッションが敷かれており、緊張しながら恐る恐る腰を下ろす。
「はい、どうぞ」
蛍がカウンターの奥に入っていったかと思うと、アイスティーを出してくれた。
「えっいいの?! 気が利くね!」
「ありがとう
……」
少し照れくさそうに蛍は笑う。
「ここ、俺の叔父さんの店なんだ。だから定休日に場所を借りててさ。普段から手伝ったりもしてるから、これくらい朝飯前だぜ」
グラスの中をストローでかき混ぜる。深い橙色の中で、カラカラと氷の鳴る音がした。遠慮がちに一口飲むと、強ばっていた体にその冷たさが染み渡っていく。鼻に紅茶特有の芳香のある香りが抜けていく。セイロンだろうか。
「んで、どんなご用?」
蛍の問いに、志音は頷いた。思わず、膝の上の手をきつく握りしめる。
「えっと。あまやどり同盟の話をしたら、珠華が食いついてきて、二人に会いたいって言うから、連れてきた」
簡潔に状況を説明したつもりだが、不思議な沈黙が流れた。ややあって、蛍が口を開く。
「雨の紡ぎ人について、話したのか?」
「え? うん」
あー、と蛍は気まずそうな顔で頭を掻く。
「雨の紡ぎ人のことは、あんまり気軽に話さない方がいいんだよな
……。ほら、変なことを言う人だって煙たがられたり、
……あんまないかもだけど、悪い奴らに力が悪用されるかもしれないからさ」
蛍の静かな警戒を感じ取った珠華が、慌てて大きく両手を振る。
「あっ、警戒しなくて大丈夫だよ! 私も雨の紡ぎ人だから」
「
……えっ?!」「
……!」
蛍と琥珀は、学校での志音と同じ反応をした。無理もない。珠華は証明するように澄涙石のイヤリングを見せた。
「それに、志音は最初例え話で教えてくれたし。雨の紡ぎ人じゃなかったらわからなかったと思うよ」
「なんだ、よかった」
珠華のフォローに、蛍と琥珀はほっと息をついた。自分が安易に口に出したことが、なんだか申し訳なくなってきた。雨を操るだけの力が、何かに利用できるものなのだろうか。
「ごめん、これからは気をつける」
「全然、気にすんな」
「にしても、同じ学校に三人も仲間がいたなんてね〜」
「俺もびっくりだよ」
「糸凪は昔から災害が多いので、自然と紡ぎ人が集まりやすい場所らしいですよ」
「そうそう」
へえ〜、と相槌を打ちながら、珠華はぐるりと建物の中を見回す。
「ここって、自由に使っていいの? お客さんはいないみたいだけど」
「ああ、今日は定休日だから」
「毎月一回、定休日の水曜日に『定例会』を開いているんです。今日は他の人と予定が合わなかったので、違いますが」
「じゃあ、そのあまやどり同盟ってやつ、私も仲間に入れてくれる?」
「おお、大歓迎だ!」
即決である。珠華のフットワークの軽さには目を見張る。自分とは大違いだ。
ついで、蛍は志音を見た。軽く首を傾げる。
「星野も、入ってくれるのか?」
志音は唇を噛み締めた。本当は、自分は加わらないつもりだった。その気持ちは今の今まで変わっていないのだけれど。今更「紹介は済んだので私は帰ります」なんて、言えるわけがなかった。そもそも珠華と一緒に来た時点で、この展開になるのはわかりきっていた。それでも一緒に来てしまったのだから、諦めるしかない。乗りかかった船だ。
自分の知らない母のこと。自分になぜ、この異能のことを教えてくれなかったのか。どういう思いで、あの雨の歌を歌っていたのか。この輪に加わるのは、それらを知る手掛かりを見つけるためだ、と自分に言い聞かせる。今はそう思わなければ、やっていけそうにない。最悪、母につながるものが何もわからなくても、何回か顔を出して、それで静かにいなくなろう。
「
……うん、やっぱ、気が変わったから」
蛍はその言葉を聞くと、破顔した。そばかすがチャーミングだ。
「じゃあ改めて。三海、星野。ようこそ、あまやどり同盟へ!」
「
――やっっったー!!」
蛍は突然大声をあげて、満面の笑みでガッツポーズをした。琥珀が苦笑いする。
「蛍、星野さんがくるまで毎日ここに来るつもりだったみたいです。いつも定例会は一ヶ月に一回なのに」
「いやー、でも俺は信じてたからな。星野が来てくれるって」
「それで来なかったら時間の無駄でしょ、蛍」
「結果オーライだろ。もしもの話は気にしない!」
歓迎されているらしい。そのことに少し歯痒さも覚える。
店内のBGMが、前の曲が終わって切り替わった。あ、と志音はその曲に耳を澄ます。あれのピアノアレンジだ、なんて。少しだけ気分が上がる。小さく体を揺らしていると、琥珀が話しかけてきた。
「いい曲ですよね、これ」
「手毬ヨルの『FLOW』、ピアノアレンジだな」
俺が店で流す用のプレイリストに入れてる、と蛍がなぜか誇らしげに胸を張った。志音は恐々と尋ねる。
「
……これ、知ってるの?」
「ああ。俺らファンだから。逆に志音も分かるのか? 話が合いそうだな!」
「えっ、私わかんない、なんでみんな知ってるの」
珠華は口を尖らせる。それもそのはずで、かなりマイナーな歌手だ。
「俺ら軽音部なんだけど、よく手毬さんのカバーやってるから、二人も今度ライブ遊びにこいよ」
「ん〜、行けたらいくね」
珠華が微妙なラインの返事をする。蛍が拗ねたように腕を組んだ。
「それ絶対来ないやつじゃん」
「うそうそ、予定がなかったらマジで行きたいから、志音と一緒に」
「え、私?」
突然巻き込まれ、間抜けな声を出してしまう。
「行くよね?」
三人に見つめられる。キラキラとした曇りなき期待に満ちた眼差し。
まあ、いいか。
思わずふふ、と笑みがこぼれた。
「うん、じゃあ行けたら」
「いやそこは行くって言えよ!」
それは、穏やかな夕方のことだった。孤独な人間がほんの少し世界を知った、小さな進歩のあった日だ。