tachi_aoi_0615
2026-03-10 20:10:49
2013文字
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ドーナツ


「平助、これ食うか?」
 本日の出撃を終え部屋に戻ろうとすると、目の前に壁――ではなく知った顔が立ち塞がっていた。
「ドーナツですか?」
 僕の行く先を塞ぐ原田さんの手には袋がぶら下がっており、そこから甘い香りが広がってくる。
「美味しそうですね」
「美味いと思う、ほら」
 原田さんが真顔で袋を押しつけてくるので、思わずそれを受け取ってしまう。
「押しつけないでくださいよ。原田さんは食べないんですか?」
「今は気分じゃねえから」
「まあ、それならありがたくいただきますが……
 僕の返事を聞いて満足したのか、彼は一つ頷くとそのまま去っていった。
「何だったんだ……?」
 原田さんの意図はわからないままだが、ドーナツを食べるならついでにお茶でも飲もうかと屯所へ足を踏み入れた。
「おや、藤堂くん」
「山南先生、休憩中でしたか。失礼しました」
 屯所にはすでに人影があり、本を読みながらくつろいでいるようだった。邪魔になってはいけないとその場を辞そうとしたところ、引き留められる。
「いやいや、こちらへおいで藤堂くん。一緒にお茶でもどうだい?」
 穏やかな微笑みに拒むことができなくなってしまい、勧められるまま山南先生の隣へ腰を下ろした。
「今お茶を淹れよう」
「いえ、それは僕が……!」
 彼の言葉に焦って急須を持とうとすると、やんわりと遮られる。
「私に淹れさせてくれないかな」
……はい、ありがとうございます」
 山南先生に眉を下げられて断れる者などどこにいるだろうか。
 手持ち無沙汰になって彼が湯呑みにお茶を注ぐのをただ見つめる。
「どうぞ。熱いから気をつけて」
「いただきます」
 優しい声に頷き、温かくなった湯呑みを両手で包んで口をつけた。
「美味しいです」
「それは良かった。ところで藤堂くん、ここには何か用でもあって来たのかい?」
 山南先生の言葉にここへ来た理由を思い出し、袋を卓上に乗せた。
「原田さんにドーナツをいただいたので、お茶でも飲みながら食べようかと思いまして。いくつかあるので山南先生もいかがですか?」
「原田くんが? ふむ……
 山南先生は少し考えるような仕草をすると目を細める。
「原田くんが君に贈ったのなら、それは君が食べるべきだと思うよ」
「え、ただのドーナツですよ? それに、贈ったってほどでもないと思いますが……
 僕の疑問に彼は口角を上げて答える。
「さて、どうだろうか。原田くんの真意は私にはわからないけれど……
 山南先生は袋の中のドーナツをチラリと見るとこちらへ問いかける。
「藤堂くん、ドーナツは好きかい?」
「はい、甘いものは好きです」
 僕の答えに彼は嬉しそうに頷いた。
「私もドーナツは好きだよ。砂糖がたっぷりまぶされていて、幸せな味がする」
 それにね、と山南先生は続ける。
「輪というのは途切れるところがないから、幸福の象徴だなんて言われることもあるそうだよ」
「お菓子ひとつとっても、このように意味を見出せるものなんですね」
 山南先生の言葉に感銘を受けて思わず呟くと、彼は頬を緩ませた。
「人は様々なものに願いを込めるものだからね。お菓子を贈るという行為にも、いろいろな意味や思いがこもっているんだよ。せっかくの機会だ、調べてみてもいいかもしれないね」
「はい、そうします」
 彼は僕の返事ににこりと笑って答えると、袋からドーナツを出し始めた。
「とはいえ、まずはこれを食べてからにしなさい。若者はもっと食べなければいけないよ。君も沖田くんも少食だから心配になってしまう」
「はい、……あの、食事は適量取っていますので……!」
 
 山南先生に促されてドーナツを食べ切ると、屯所を出て自室へ戻る。使っても良いと言われている端末を立ち上げ、目的の情報を探し始めた。
「あい、らいく……もしかしてこれか?」
 I like you a whole bunch.
 ドーナツを贈る際に添えられる言葉で、貴方のことが大好き、という意味らしい。穴を意味するholeと全体という意味のwholeをかけた言葉だという。
 もし原田さんがこのことを知っていて僕にドーナツを渡して来たのなら……
 わかりにくいにも程がある。気付きようがないだろう、これは。
 もしそうならば、はっきり言えばいいものを。でも、偶然ドーナツを手に持っていたところに通りがかった甘党に渡しただけという可能性もある。
 ――考えていても仕方がない。答え合わせをしよう。
 
 売店で必要なものを購入すると、彼の元へと向かう。
「原田さん!」
 大きな背中を見つけると、僕は声を張り上げた。
「平助、どうしたんだ?」
 彼がこちらを見た。僕は息を吸うと、準備していたセリフを口に出す。
「ドーナツ、一緒に食べませんか?」
 切れ長の瞳が揺れたのが見えて、僕は思わず口元を緩ませた。