冬国で生きていたらフリンズさんに会えた話

※境遇が特殊な夢主です。ご注意下さい。
※フリンズさんの貴族時代を捏造しています。

「今夜の仕事は、何役だろうか。どちらにせよ……どうせ拒否権なんて無いんだけどね」

 私は小さい頃の記憶が曖昧だ。私に限らず皆そうだとは思うけれど、私の記憶に関しては他の人と明確に違う。残っている一番古い記憶は、雪の無い土地で、今とは別の両親と住んでいたものなのだ。しかし、物心ついた頃の記憶は、今もいるこのスネージナヤという土地であり、保護者と呼んで良いのかも分からないが、一応育ててくれたのは……フェイの貴族である。

 私は取り替え子――チェンジリングで拐われてきた人間、なのだ。

 幸運なのか不運なのか分からないが、この人間という生き物が少ない土地で、今もとりあえず日々生きている。たまに、あの耳の長いフェイのお貴族様方のタチの悪い趣味に付き合わされるぐらいで、他は何不自由なく暮らしている。食事に勉強に作法に、なんでもやらされた。この土地では珍しい人間の私を、ペットか何かだと思って趣味の延長で育てているのだろう。
 なぜ私が取り替え子にされたのか、私とは反対に人間の世界に放たれたフェイの子供がどうしているのかは……分からない。こんな境遇ではあったが、『惰性で生き永らえていられれば、いいかな』ぐらいのマインドで日々を過ごしている私は、今日もお貴族様のお遊びの場に出されるようだ。
 
「なにこれ、あぁ……給仕役の服装?」
 そういえば、今夜は貴族たちの集まりがあると耳にした。この土地では珍しい人間を見せびらかすために、道具にされることもある。今夜もその類なのだろう、と勝手に理解することにした。着替え終えて部屋から出ると、指導役のフェイに声をかけられたので一緒に会場へ向かった。


 ***


 今夜も始まった貴族たちの集まり、舞踏会というやつだ。給仕役をやらされたのは数回目。無意味にドレスで着飾られてずっと椅子に座ってる――いわゆる人形役をやらされたこともあるし、見せ物として檻に入れられたまま過ごすよう言われたこともある。もうそんなことは慣れっこだ。
 指導役からの今夜の指示は、「指定されたドリンク配りだ。ただし聞かれたら渡す程度で、押し付けるような行動は控えるように」とのこと。変な指示だったが、フェイの貴族に声掛けするのは流石に勇気がいるので、しなくて良いのであれば、それはそれで。
 しかし、給仕役とは言えないほど仕事が無かった。誰も話しかけてくることがないからだ。他の人と違って、グラスを銀トレーで運ぶことはなく、籠鞄に蓋付きドリンクを持たされている。ドリンクは全く減らないので、手首が疲れそうな銀トレーで運ばされなくて助かった。

 ふと、自分のいる壁と反対側で壁の花をしているフェイの貴族に目が付いた。随分前から動いてないように思う。あれは誰なんだろう。
 不躾な私の視線が気になったのか、その貴族様は伏せていた目をこちらに寄こしたため、特徴的なイエローアゲートの瞳と私の目がかち合う。あれは――キリル・チュードミロヴィッチ様だったと思う。別の舞踏会でも見かけたことがあったはず。前回の時も壁の花を、延々と演じてたと思う。その時に気になって後々調べたから、彼の名前は覚えていた。
 私と同じ年ぐらいの見た目だった。しかしフェイの年齢は見かけと異なることが多いので、だいたいが年上である。

 ――そうだ、話しかけてみよう。
 流石にこの会場に飽きてきたし、持たされてるドリンクも重いし、変わったフェイの貴族様なら暇つぶしに付き合ってくれるかもしれない。
 ゆっくりと彼の方へ向かうと、向かってる途中から既に目線を感じる。そんなに分かりやすく移動したつもりも無かったのだが。小さめの声でも聞こえる程度の、しかし近づき過ぎない距離から、彼は声をかけてみる。
「あの……こちらのドリンクは、いかがでしょうか?」
 空いた手でドリンクの瓶を差し出してみる。さて、どうなる――
…………不要だ」
 たった一言だった。しかし、今日この会場で会話できたのはこれが初めてで、少しだけ調子に乗った。
「どうか手に取って頂くだけでも――
「不要だと伝えたはずだ」
 ピシャリと拒絶され、流石にもう一度声をかける勇気はなかった。若干しょんぼりしながら、彼から距離を取って、壁際に立つ。
 他の貴族達なんて、私が存在することにも気付いてないと思う。彼だけが視線をくれて、視界に入れてくれたので、少し期待してしまった。はぁ……残り時間は壁と同化しておくしかなさそうだ。

 そう言えば、この持たされているドリンクは、何味なんだろう?フェイの貴族様達がどんな趣味嗜好をしているかなんて知る由もないが、少しだけ気になってきた。不味いジュースとかをわざと持たされているのでは?……あの貴族様が好きそうなイタズラの類だ。瓶のラベルは、なんらかの紋様?が書いてあるけれど、文字などは無さそう。……何もわからなかった。
 ――そこで私は、一つ思いつく。
 ちょっと気になってきちゃったし、一口くらい飲んでみようかな。この一本を無駄にした程度では怒られないだろうし――味見してみよう。
 さらに壁際へ移動して、ちょうど窓際のカーテンに隠れることが出来た。よーし早速……と瓶の蓋を開けて、口元に運ぶ――はずだった。

――何を、している?」

 突然背後から、覆い被さるようにして掴まれた私の手首。驚いて振り返ると、先程のチュードミロヴィッチ様だった。
 ――え? なに? 思わず目を見開いて驚いてしまう。
「まさか、自分から毒を煽るのか?」
……はい?」
 貴族様のドリンクを勝手に飲もうとしていたのを咎められたのかと思ったが……どうも違うらしい。今、なんて彼は言った……
「え、これ毒なの⁈」
「はっ、やはり知らずに持たされていたのか。誰もが気付いていることだが、その様子では知らなかったようだな」
 
 思わず手から離れ取りこぼす瓶が、床にゴトンと音を立てて落ちる。あっ――と思って急ぎ拾い上げ、蓋をしっかり閉める。瓶が割れなくて、中身溢れなくて良かったなぁ。ホッとしたのも束の間、ある失態に気づく。
「も、申し訳ありません――キリル・チュードミロヴィッチ様。ご無礼をお許しください」
……あぁ、その程度構わない。ふっ、以前見かけた時にも思ったが――お前の主人は相変わらず趣味が悪いな」
 そう言って彼は、この家の主人であるフェイの貴族へ目線を送る。私もそちらへ顔を向けると、そのフェイの貴族もこちらを見て笑っていた。
 ……本当に悪趣味だな。今日の私を使った暇つぶしは、この件だったんだのだろう。これぐらいじゃ何ともないけど……いや毒を煽るのはヤバかったな。これは自業自得だけどね。
 ただ一つ確かなことがある。……誰かに、守ってもらった――庇ってもらったのは、生まれて初めての経験だった。どうにも心臓が落ち着かない。この感情は、一体なに?

 目線をキリル様に戻すと、彼は外へ続く扉に向かって歩き出していた。会はまだ続くはずだが、早めのご帰宅だろうか?――てっ、大事なことを忘れていた。
「あ、あのっ!」
 慌ててはいたが、なるべく小声で声をかける。注目を浴びる訳にはいかないので。咄嗟の判断に想定よりも微かな声となったが、彼には一応届いたらしく、足を止めてくれた。
「あの、その……助けていただいて、感謝いたします。ありがとうございました」
――あぁ、だが気にすることはない。打算があったから手を出したまでだ」
……打算、でございますか?」
「そうだ。小さな騒ぎを起こしたからな、早々に帰れる理由になった。こんなつまらないところから抜け出すための、良い口実にさせてもらった。――じゃあな、人間」
 そう言って彼は私の頭をポンポンと撫で、そのまま大きな扉から去って行った。
 私はその大きな扉が完全に閉じてからも目を離すことが出来ず、その扉を見つめ続けた。


 あの後、私も会場から出ていくように――と、指導役から耳打ちされた。なんだよ、ちょっとした騒動を起こして楽しんだから、人間のペットは用済みってこと?……別にいいけど。
「あの方は蒼炎のキリル様、か」
 会場を後にする際に、別に貴族がそのように呼んでいたのを耳にした。そのような二つ名をお持ちの方だったとは――他の貴族から特別視されるような方だったとは、知らなかった。
 
「またどこかで、お会い出来ないかなぁ」
 人間の一生は、ここの住むフェイよりもずっと短いらしい。またどこかで巡り会えますように――と、綺麗な夜空の星に願った。


 
『そういえば彼はどうして、私を知っていたのだろうか?』