kokera14
2026-03-09 19:03:15
3021文字
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第6話・虚ろの足音

ギルドを守るために大立ち回りをして見せたカイルス。混乱の収まらない中、見知らぬ男性が彼女の名を呼んだ

 突然暴れ始めたカルフさんという人、大立ち回りの末にそれを鎮めたカイルス、錯乱したカルフさんを魔法であっさりと眠らせてしまった男性を中心として、立て続けに起こった出来事を傍観していた冒険者さんたちは、口々に何かを話す。ざわざわと注目が集まるも、この感覚は、あまり慣れたものでは無く、わたくしに向かっているものでは無いと分かっていても、隠れたい、離れたい、そんな気持ちにさせた。
 
 城にいた頃もこんなふうに時折、遠目にひそひそと話す侍女や給仕がいて、どんなことを話していたのかはっきり聞いたわけではないけれど、あまり良い気分にはならなかった。
 
 今まさに視線の最中にいるその人の目は、たしかにこちらを見て、その声は、わたくしの名を呼んだ。紺色のローブに、とても濃い、栗を思わせる茶色の髪、垂れ気味に優しく流れる瞼からのぞく鮮やかな紫の瞳、見慣れない風貌もまた注目を浴びる要因となっている様子。と、バタバタ慌てながら、間に割って入るようにカイルスが男性に詰め寄った。
 
「きっ貴殿が何者かは存じ無いが声を潜めてくれ……!姫様が姫様と知れ渡ったら大混乱だぞ?!」
「おや?シェキナティア様をここで匿っているんじゃないのかな?」
「うわー!だから、そんな大きな声で……!」
「あー。カイルス?お前まさか気づいて無いとかないよな?」
 
 エール片手に、誰とも話していなかったストラーダさんが言う。カイルスは、なんの事やらと首を傾げるも、さらにレディさんが後ろからため息をついた。
 
「カ〜イルス、あんた自分の声の大きさ分かってなかったんだねぇ」
「え?」
「姫様とティア様となんで呼び分けてんだろうなーとは思ったけど意味ねぇじゃん……
「え?え?」

 やがて傍観していた注目の視線も変わり、そもそも顔に出ている、動きがそれらしい、格好からして察した、など、みな一様に頷いていた。わたくしは、隠していたという気持ちは無かったものの、どうやら既に皆さん知られていたみたい。
 
「僕のことも話しましょう。どこか別室はありますか?ギルドマスター殿」
「裏のバーがいいだろう、その前にカルフを憲兵に突き出さなきゃあね。誰か!駐屯所から呼んできてくれるかい?」
 
 一声あげて辺りを見渡すも、「えー」と嫌そうな、気だるそうな声ばかり返ってくる。テーブルに突っ伏す、頬杖をつきぼんやりジョッキを眺めるなどなんとも覇気の無い冒険者達に湿っぽくため息をつき、やれやれと言いたげに頭を搔く。それを交互に見ていたストラーダさんが、ならばと酒を置き、大剣を背負い直しつつ立ち上がった。
 
「俺行ってくるじゃん」
「いいのかい?戻ったばかりだろう」 
「やる気のない奴らよりちっとばかしは何かしないと、同じ穀潰しだって思われたくねぇし。……これやったら報酬にちょびっと色つけてほしいじゃん?」
「バカ、考えてやらなくもないからとっとと行きな!」
 
 レディさんが眉を下げ軽く口角をあげて見せると、へへっとどこか少年のように無邪気に笑い、小走りで出ていった。
 
「少々よろしいでしょうか?」
 
 そっと手を挙げながら、ローブの男性がレディさんへ声をかけた。
 
「ギルドマスター殿、みんなの様子はずっと前からこうですか?」
「ん?そうだねぇ……最近になってから妙にやる気がないというか、少し前からこんな感じさ。季節の変わり目だからかね」
……ふむ、ちなみに昨日は『儀式』の日だったわけですが、この街ではなにか催し物は?」
「あぁ、商人が入ってきて露店を開いていたよ。だが少し開いただけですぐ畳んじまって、昨日まで続かなかったね」
「それはどのくらいの期間で?」
「十日ほど前にきて、ほんの三日間だけ。やたら黒い石を売り出してたね、別の国では流行ってんのかい?」 
 
 軽く問答を繰り返し、口元へ手を当てた。するとぽそぽそと、黒い石、もしや、ウツロ……と呟いた。聞きなれない単語につい注視してしまい、気づかれたのかぱちりと目が合う。人の良さそうな笑みを返され思わずたじろぐも、興味が勝り、問いかけようと一声発する。
 
「あの、何か知ってらっしゃるのですか?」
「おっと失礼を……何はともあれ僕のことをすこし知っていただきましょう。信頼もまずはそこから、ね」 
 
 目配せした先には、少し怪訝そうな表情のレディさんがジッと監視するように見ていた。やがて首をひょいと動かし、バーへと誘導した。
 男性に呼ばれたのは、わたくしとカイルス、レディさん、レヴァイさんだった。各々をソファやバーカウンターの席に座らせると、こほん、とひとつ咳払い。
「改めて自己紹介を。僕はルティーヤ、ケテル国の冒険者ギルド本部から派遣された魔法士です。王都の様子を見てきたのですが、レヴァイさんに拾ってもらいましてね」
「ケテル?なんだってそんな、わざわざ北の果てから来たんだい?」

 お城で、家庭教師だった先生から習ったことがある。冒険者ギルドというのは、国が補いきれない人々の問題を解決するために依頼者と冒険者を仲介するための組織であると。遡ること世界の始まり、国という形は出来ても、政治がまだ不安定で人々が混乱を極めたという。そんな世界を憂いたケテルの賢者が、国とは別に人々の悩みを聞くため奔走し、やがて組織となり、各国へその仕組みが広まっていった歴史がある。
 
「一応、各支部の秩序が乱れていないか本部からの使者が『見守って』いるのですが、不干渉であることが我らの信条、あくまで見守るだけです」
「それで、こうして接触してきたってことは、そちらの思う秩序とやらが乱れたからってことかい?」
「支部の秩序、というよりも、この国が中心のみで動けぬ状況を察して補助をするために派遣されてきました。ですが我々は、故あって表立った行動を取ることができないのです。あくまでも補助、ご容赦を」
「その動けない理由は、あんたが見た王都の惨状と自分たちの秩序を天秤にかけた結果かい?」

 声の調子が重くなり、眼差しは男性へ鋭く向けたままレディさんは問う。混乱が発生している状況を知りながらすぐに動かない姿勢をあまりよく思っていないよう。ばつの悪そうに俯く男性に、自虐めいたため息をつきながらレディさんは続ける。

……いや、人の事も言えないね。むしろ他国から来た人間が自国の人間よりも余程うごいている」

 僅かに息を吸う音が隣から聞こえる。見ればカイルスが何かを察したように眉をひそめていた。

「そういえばレディ殿、朝に出した依頼書は……救援に行ける者は何人……

 言葉は僅かに揺れている。最悪を想定し、叶わないことを願うような祈りすら感じる彼の問いは、ゆっくりと首を横に振られる。

「ゼロさ……
「ゼロ……?だれも……?誰も国を救おうと立ち上がらないのか!?」
「その救援依頼だけじゃない、一部の人間を除いてほとんどの冒険者が依頼に行こうとしない。最後に受理したのは、今日帰ってきたストラーダのくらいさ……情けない、自分の国を自分で守れないなんざ」

 『異常』が、この街、ひいてはマルクトという国を覆っているようだった。突然現れた謎の黒い竜に襲われた王都、無気力な国民、奈落へと誘う足音が、確かにすぐ近くへ近づいていると、胸のざわめきが強く訴えていた。