解離性同一性障害という病気を知っていますか?そう、多重人格。昔は精神分裂病と呼ばれていた症状です。とある少女を診たことがあります。彼女は病棟に隔離されていました。そして、俺たちは彼女を仮名で呼んでいました。なぜか?それは少女のご家族が、世間体を気にするような家だったんです。よくあることです。俺たちが彼女が彼女であることを知っていれば、名前はどうとでもなりましたから。少女は拒食、拒薬、不眠等の症状がつづいたため、薬物投与は注射でおこなわれました。○○25ミリグラムというごくごく少量の薬の投与から始まりました。副作用が懸念されたからです。少女は少しずつよくなりました。はじめ支離滅裂だった会話も徐々に落ち着き、意思疎通もできるようになりました。もちろんMRI、脳波測定、血液検査などあらゆる検査をした結果です。脳の異常はなし、毒物、薬物汚染もなしと判断されました。時折、目の焦点が合わなかったり、譫妄や興奮等は見受けられましたけれど、順調に少女は快復しつつありました。――そうです、一旦退院できました。
彼女の遺体を見たとき、俺はつつがなく過ごしました。俺はカウンセラーであって、精神科医ではありません。担当医の××先生は眉をひそめ、診断書を眺めていました。少女のご両親は「どうもお世話になりました」とどこかさっぱりしたような表情で頭を下げていました。まるで死んでくれて良かったというような。そういうものなのでしょうか。たとえ家族であっても、そんなに分断できるようなものなのでしょうか。あなたにはご家族がいますか?お父様、お母様は?ごきょうだいは……。あ、すみません。つい。個人情報ですからお答えいただかなくても大丈夫です。興味があるというだけですし。俺の興味を満たすために答えるべきではありません。
カウンセラーはカウンセラーです。精神科医は精神科医です。違う職業です。そして精神科医は患者を診断する義務があります。かの少女は解離性同一性障害という診断がおりました。俺は彼女と入院中あまり話すことはできませんでしたけれど、ただ、きれいな子だなと思いました。なぜ人間は、自分を殺そうとするのでしょう。人間以外にも、たとえばオオカミ。彼らはつがいを作りますが、一夫多妻ではなく生涯に一匹の伴侶と添い遂げます。たとえ片方が死んでも新しくつがいを作りません。そしてあとを追うように死ぬ個体もいます。それは緩やかな自殺と呼ぶのでしょうか。彼らにはたして愛という概念はあるのでしょうか。もしも、あるとしたらきっと人間よりも純粋で美しいかたちなのでしょうね。とてもすてきなものです。ええ、本当に。それに比べて人間は複雑怪奇です。上記の症例を見ても。完治と診断された子が、実は治ったように演技しているなんて誰が想像出来たでしょう。まるで教科書みたいに。とても賢い子でした。治ったと完璧に演じられたら、こちらはなにもできません。これ以上診ることもできません。俺たちは患者から願われなければなにもできないのです。病院には行くものでしょう。そういったことです。
――ところで彼女のことなのですが、じつは俺のおかあさんなんです、といったら驚きますか?ええ、そうです。ずっと、少女みたいなひとでしたから。入院中、俺と命がけの約束をして、見事勝ち逃げされてしまいました。以上、嘘と本当を混ぜたおはなしです。ふふ。信じるも信じないもあなた次第というやつです。
(カーテンと窓を開ける音。鳥の鳴き声が同時に録音されている。)
「家族とはなんなのか、俺は今も分かりません。家族をつくってもつくらなくても、今の世界は地獄ですね」
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