有崎かなた
2026-03-08 11:29:27
1378文字
Public 原ぐだ♀
 

赤に包まれる

原ぐだ♀ バレンタインの後のすれ違い両片想い
少しだけ背後注意

 煌びやかな刺繍が施された、真っ赤な絹織物。今夜も立香は一人、制服の上から身に纏う。贈られたその日から、毎日欠かさずに。自然と習慣のようになっていた。
 掴んでいても滑り落ちそうな、細やかな布地。それはあの日の、繋ぎ止めきれなかった彼にも似ていた。
(気ぃつかってもらってありがとうございます、なんてひどい受け取り方しておいて)
 夜を明かすまで続いた二人の時間は、そんな程度の関係では作れないものだった。知らなかった彼の姿を見せられ、彼の言葉で負い目まで曝け出され。誠実に向き合いたいという彼の心に、触れた気がしていた。一方で、都合のいい受け取り方をしている気もしていて。
「彼にはわたしなんかよりも、大切なものがある。……わかってるよ」
 こうやって言い聞かせるのも、恒例になっていた。落ち着いたら綺麗に畳んで仕舞い込み、眠る。そして翌日は、何もなかったかのように笑顔で彼に接する。次第に慣れて、上手になってきたと思う。
 けれど今夜は、切なさが消えない。渇望が燻り続けている。目を閉じて深呼吸しても、彼の優しい声がリフレインしている。
「諦めが悪いとこ、こんな時に出て来ないでよ」
 吐き捨てると同時に、ベッドの上に反物が滑り落ちる。手は勝手にジャケットのファスナーへと伸びていた。
 型崩れもなく、床にうち捨てられるジャケット。くしゃりと落下するスカート。転がるブーツ、タイツ、黒インナー。そして……下着も全て放り出していた。
 残ったのは、女の火照った体一つ。白の指先は赤の布を再び拾い上げ、なだらかな肩へと羽織る。血のような鮮烈な色彩は、豊かな胸を、華奢な腰を、頼りない手足を覆い隠した。
「原田さん……大好きだよ」
 あの夜、本当は抱き締めて欲しかった。付き合った分、彼自身を求めてしまいたかった。繊細な肌触りに縋る。彼の残滓を追う。胸にぎゅっと抱き込んで、頬を一筋の熱が伝う。
「すき……原田さん……。はらださんっ……
 あまりにはしたない、知られたくない姿。幼い恋心を抱えた、信頼に値しない姿。知っているのは、彼に贈られたこの赤だけだ。
 せめて。また制服を纏って、彼のマスターに戻るまで。一人の女でいることを許されたかった。



 意識せずともこの道を選んでしまう。原田は己の執拗性に苦笑していた。立ち止まったのはマスターの部屋の前。さすがに、深夜ともなると静まりかえっている。
「出し抜くには絶好の時間帯……ってか」
 呟きながらも思い出すのは、側で気を許して眠る立香の姿。決して裏切ってなるものかと、誓うには十分だった。一方で、自分こそが彼女を幸せにしてやりたいと……不相応な望みが膨らむのを感じていて。
(俺なんかに、そんな資格はねえんだけどな)
 浮かべた笑みは自嘲だ。せめて、贈った絹織物だけでも何か役に立てばいい。彼女が幸せな瞬間にでも、その肌に纏ってくれたら。
(いや、これも出過ぎた願いだな)
 どれだけ愛しく感じても、自分は彼女を抱き締められなかった。望まれなかろうが逃すものか、という気概さえなかった。想いを伝えるはずの日に、結局何も伝えられずじまい。ここには確かに、情熱や執着があるというのに。
……おやすみなさい、お姫様」
 今宵もただ、その場を去るだけ。後ろ髪を引かれる思いを、拭いきれないままに。