長月ユウ
2026-03-08 08:13:41
2673文字
Public 庶莉
 

【庶莉】食べること

8の街での台詞の中で、徐庶が「いくら食べても足りない」みたいなものがあった気がしたので、それが精神的ストレスから来るものと仮定した話。一応ほのぼの……だと思いたい。

各地に散らばる反乱軍の鎮圧に出ていた徐庶と紫鸞は、宿屋に戻って早々石韜に誘われ、莉杏と元化と共に五人で食卓を囲んだ。
「美味しかったー。ごちそうさまでした」
談笑をしつつも箸を進めた後、満足げな笑みで莉杏が言う。そんな彼女の姿を見つつ、己の腹も膨れたことに気づいた徐庶も小籠包を一口食べ、ふぅ……と息を吐いた。
「俺もそろそろ満腹だな。残りは三人で食べてくれ」
「わかった」
淡々と食べていく紫鸞と、
「じゃあお言葉に甘えて」
余った桃まんに手を出す元化とは対照的に、石韜は徐庶をまじまじと見る。
「お前……最近食べる量が前に比べて減ったよな」
「そうだろうか?」
「そうだよ。お前、主君探しの旅に出て以降、顔を合わせる度にめちゃくちゃ食ってたじゃねーか。孔明の嫁さんが振る舞った飯だって、毎回俺達が音を上げてる端でお前は俺達の分も平然と食ってただろ?」
呆れ気味に言う石韜に対し、
「言われてみれば、減っているような……
「元直様、どこか具合が悪いの……?」
莉杏が不安げに徐庶を見る。
「ええと、そうじゃないんだ。君といるようになってから、あまり食べなくてもよくなったというか……病気ではないと思うんだが……
かと言って、自身が病気ではないという確証が持てず、医者である元化に答えを求めるように視線を送る。
「俺が見る限り、食べる量は徐庶殿の年齢と活動量では適正だし、顔色も悪くは無さそうですが……
元化は少し考え込み、
「石韜殿、先程言っていた「徐庶殿があなた達の代わりに全部食べてくれた」量ってどれくらいですか?」
石韜に問う。彼は卓上の皿を見やり、

「どれくらいって……今俺達五人が食ってる分で、全員満腹になるかどうかだろ? これを食べる人数は五人のまま、八人前にしたって言えばわかりやすいか?」

その言葉に三人は啞然とし、徐庶を見る。
「それなりに減っているとしても、八人前を一人で……?」
「ああ。……っておい元直、実際に食ってたお前まで「今知りました」みたいな顔してんじゃねーよ」
「ええと……そんなにあったか?」
あったよと石韜から言われ、徐庶は当時の食事の場面を思い起こす。

確かに、月英が振舞う食事の量は毎回多かった。しかも、今の面子と違い諸葛亮は少食、龐統は食べ物よりも酒を優先し、月英はもてなす側に回っている。それを踏まえれば、同じ五人で食べる量を勝負しても確実に五分にならないだろう。

「月英殿は、料理を作り過ぎる癖もあるのか?」
紫鸞が目を丸くする。
「お前は会ったことがあるんだっけか? 食事を振る舞われたことがないのは、ある意味幸運かもな」
「庵に顔を出すと野菜をよく持たされたが……月英殿には話しついでに採寸をされた」
……はぁ?」
紫鸞の衝撃的な発言で、今度は石韜が口をあんぐりと開けているのを尻目に、元化は真剣な面持ちで徐庶を触診していく。
「ちょっと診ましたが、至って健康ですよ。石韜殿の言うことが真実だと受け止めるなら、今が徐庶殿の正常な食事量で、それまでが異常だったんですよ」
その言葉に徐庶と莉杏は安堵する。
「さっき言ってましたよね?「莉杏殿といるようになってから、あまり食べなくてもよくなった」って。ということは、徐庶殿は今まで食べる事で鬱憤を晴らしていたんじゃないですか?」
元化の鋭い指摘に、徐庶は目を伏せた。
……君の言うとおりかも知れない。当時の俺は、ある意味飢えていたんだろう」


思い返してみれば、当時は自分が居るべき場所を見つけられない焦りで、心は常に穴が空いているようだった。
いくら食べても満たされず、それを補うように食べる量が増えていっても、その分武働きや勉学に費やせば、すぐに腹が空くため気にも留めなかった。
食べ過ぎていると自覚し、己の愚かさに苛まれたのは、莉杏を諦めた夜と劉備の元を去った日。
胃が悲鳴をあげ、喉元にせり上がる不快感に涙しながらも、彼は何かを咀嚼し続けずにはいられなかった。
自覚してもなお、満たされない感情を埋めるために、腹を膨らませることを止めることはできなかった。


「だから、莉杏殿のおかげで過食が治ったとも言えますね」
「私のおかげ……
莉杏が頬を赤く染めたのを見て、石韜がいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「よかったじゃねーか元直! 大分引き締まってきてるけど、大食いのままだったら確実に腹がたるんでたぞ?」
「えっ、元直様のお腹、ぽってりしてるの?」
「「ブフッ!」」
莉杏の言い回しに、元化と紫鸞が思わず噴き出す。
「なんだ、莉杏はこいつの裸をまだ見てねえ……ぐえっ」
徐庶は遮るように、石韜の襟首をつかんだ。
「石韜殿」
「図星だからって、武力でわからせようとすんな! お前、俺に対してはホント容赦しねえな!?」
互いに遠慮をしていない二人のやり取りと、笑いを堪える二人を見て、莉杏もふふっと笑う。
「ち、違うんだ莉杏! 君が言うようなぽってりした腹はしてないし、君が見たいなら……何を言ってるんだ俺は……!」
しどろもどろになっている徐庶に対し、

……私も、元直様と一緒にいるようになってから、昔のように食べ物が美味しいって思えるようになったんだよ?」
莉杏がそれまで口にしていなかったことを話し出した。
「え……?」
莉杏が薊で療養していた際、徐庶たちよりも彼女のそばにいた元化は察していたのだろう。沈痛な面持ちで彼女を見ている。

彼女もまた、自由を奪われた生活の中で、食べる事はただ生きるために必要な作業としか感じていなかったのだ。

「だから、元直様が私に食べることの楽しさを思い出させてくれたように、私も元直様の食べ過ぎる癖を治してたんだってわかって嬉しい」
「莉杏……
莉杏の微笑みに、徐庶の心が満たされていく。腹八分目どころでは済まなくなってしまったようだ。


……とにかく、お互いの心身にいい影響を与えてるなら、良いことですよ」
「そうだな。徐庶も莉杏も、曹操軍に来た頃は、こんな表情を見せること自体少なかった」
紫鸞が皿を一つ空にし、石韜もその上に空の皿を重ねる。
「なぁ元化、愛のチカラってのは、病気も治せるもんなのか?」
「肉体は難しいでしょうが、精神が原因の病なら治せることもあると思いますよ」
元化は最近できた弟子への土産に……と、桃まんを一つ取り、清潔な布で包む。

そうして幸せそうに笑う徐庶と莉杏を眺めながら、三人は残り僅かとなった点心を頬張った。


end.