目が覚めて隣で眠る美しい存在に、まだ夢の続きを見ているのではないかと思う。そもそも誰かの隣で穏やかに夢を見られること自体、自分にとっては夢みたいな話だ。
俺の隣に寄り添う、美しく愛おしい存在を見つめる。まるで彫刻のように整った顔、艶かしい体躯。惜しみなく曝け出された絹のような肌は、柔らかな朝の光を浴びて自ら淡く光っているかのように輝いている。
「んん、ん……?」
決して作り物などではないと主張するように、その美しい顔がわずかに歪む。閉じられていた三日月型の眼は数回の瞬目ののちに開けられ、この世のどんな高価な宝石も足元に及ばない程に輝く、ドラゴンガーネットがこちらを見据えた。
「りぉ……セスリ、どの……?」
「悪い、起こしちまったか?」
その美しい存在から発せられる声は、寝起きで少し掠れてはいるものの、まるで澄んだ水が澱みなく流れるように凛とした清らかさがある。この美しい声で呼ばれる名は確かに、自分のそれであった。
「ふふ……君の、熱烈な視線を感じたのでな」
穴が開くほどに見つめていたことを詰るように、ころころと笑う、愛おしいヒト。それすらもまるで夢の中の出来事のようでーーああ、まだ実感が湧かない。
「……綺麗だな、と思ってさ」
「う、む?」
「改めて、綺麗だなって思って見てた。あんまり実感が湧かなくてな。あんたが……ヌヴィレットさんが隣に寝てるのが、俺の都合の良い夢なんじゃないか、って……そう思うんだよ」
そう言いながら、俺は目の前の恋人の存在を確かめるように、その美しい銀糸の髪を一束掬って口付けたーー昨晩もそうしたように。そのまま改めて愛おしいヒトを見つめれば、どこか不機嫌そうな二つの宝石と視線がぶつかる。
「ヌヴィ……、ふがっ」
声を掛けようとしたところで、その相手に思い切り鼻を摘まれ、情け無い声をあげてしまう。
「リオセスリ……君は一体、何度同じことを繰り返せば気が済むのだ?」
「ちょ、ぬひえっとさ……」
「……百年。君と私が番って、百年になる。昨日、共にその祝いをしたのではなかったかね?それとも君はこの百年をなかったことにしたいと……?」
そう言いながら益々不機嫌そうに顔を歪める恋人をなんとか宥め、漸く鼻を解放してもらう。
確かに。百年前のこのヒトなら、俺の鼻を力強任せに摘むなんてしなかっただろう。良い意味で遠慮がなくなって、これも百年という年月を俺とヌヴィレットさんが共に過ごしてきた証でもある。
「なかったことになんて出来るはずないだろう?例え過去だろうと、ヌヴィレットさんと過ごした時間は誰にも譲れない」
「ではなぜそのように実感がない、などと……夢のようなどと言うのだ」
「仕方ないだろう……あんたとこんな関係になれるなんて、これっぽっちも思ってなかったんだから」
ずっとずっと焦がれていて、ずっとずっと手に入れたかった。自分には不相応だと諦め、墓まで持っていく心算をしていた。そんなヌヴィレットさんへの想いがまさか成就するだなんて、一体誰が予想しただろうか。
「それくらい、あんたと共に在るっていうのは、俺にとっちゃ夢みたいなことなんだよ」
こればっかりはあとどれだけ時間を掛けようと、このヒトにはわかってもらえないのだろう。わかってもらうつもりもないし、わかって欲しい訳でもないのだが。
不機嫌を通り越してどこか泣き出しそうなヌヴィレットさんを、たまらず抱きしめる。ーーああ、ここに居る。ヌヴィレットさんと共に在る事実を実感する。
「ああ……夢じゃないな」
当たり前だ、と少しくぐもった声でヌヴィレットさんは返事をした。
「そもそも……君が密かに私への恋慕の念を抱いていたという期間より、こうして番ってからの期間の方が長いというのに……まだそのように思う必要があるのかね?」
「……それもそうだな」
確かに。互いに同じ想いだと告げ合い、この関係を始めてから百年。それこそ人の理なんてとうの昔に外れてしまっていて、俺が水底でヌヴィレットさんへの想いを拗らせていた期間よりも、ヌヴィレットさんの〝番〟としてこのヒトと共に在る時間の方が遥かに長い。
けれど。
「だが……やっぱりまだ慣れないというか。夢みたいとは思っちまうかもな」
俺の一言に、今度は今にも噛みつきそうな勢いで、切れ長の美しい瞳がこちらをキッと見る。
「リオセスリ殿」
「そんなに怒るなよ。あんたが思ってるような悪い意味じゃないさ」
きっとヌヴィレットさんがこんなにも不機嫌なのは俺がヌヴィレットさんと番ったことを後悔してるんじゃないかとか、人の理から外れたことを悔やんでいるんじゃないかとか、そんなことを考えているからだろう。だが決してそうじゃない。俺は愛おしさを込めて、艶やかなヌヴィレットさんの銀糸の髪を梳きながら答える。
「どうしたって俺はヌヴィレットさんが好きで、それは百年経とうが変わらない。なんなら毎年、毎月、毎日、毎秒、俺はヌヴィレットさんに恋してるんだ」
俺の言葉に、ヌヴィレットさんの頬がじんわりと薄紅に染まっていく。ーーああ、可愛い。こうやってまた改めて、ヌヴィレットさんを愛おしく思う。
「だからそんなヌヴィレットさんと一緒に居られるっていうのは、俺にとっちゃいつまで経っても夢みたいに幸せってことさ」
きっとこれからも、俺は何度だってヌヴィレットさんに恋をする。ヌヴィレットさんと朝を迎える度に、夢のようだと思いながら、この関係を実感していくのだ。この先の百年も、千年も、ずっと。
end.
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