【スタゼノ】骨拾い

スタゼノワンドロワンライ 第244回お題「おでこ」「睫毛」
老人ホームに入っていた祖母が亡くなった日に、ゼノと電話をするスタンリーの話。

 老人ホームに入っていた婆ちゃんが亡くなったとの連絡を受けたのは、俺が基地での訓練を終え、ロッカーを開き、その内側に貼ってあるゼノの写真にキスした時のことだった。
 俺はあまり軍から寄越される連絡を好まなかったから、部下が「スナイダー隊長お電話です」と更衣室のドアをノックしても、正直いい気分はしなかった。緊急時以外は、恋人からの連絡じゃなきゃ受け取らないと公言していたし。でもまぁ、訓練は終わった。今週末にはゼノと会うことにもなっている。だからと言っては何だが、そう悪い気分でもない。なので俺はちょっと待ってくれと言い、汗のしずくがついたまつ毛を拭い、額をさすった。そしてタオルを被って、剛腕のプロレスラーが全力で殴っても潰れなさそうな(部下が持って来ていた)、軍用電話の受話器に手をかけた。
「スタンリー、落ち着いて聞いてね。さっき、おばあちゃんが……
 受話器越しのお袋の声に、驚きとか、そういったものはほとんどなかった。それくらい俺は死に近くで暮らしていたし、もしかしたら婆ちゃんより先に逝くかも、とも思っていたから。
……葬儀はいつなん?」
 母さん、どうか落ち込まないで、悲しむ時は一緒にいっからさ――そう思っても、そんなのは声にはならなかった。というのも、お袋が思ってもみなかったことを言ったからだ。
「遺言で葬儀はしないのよ。家族で見送るだけ。あと、おばあちゃん、火葬して共同墓地に入れてくれって……
 それを聞いてもちろん驚いた、驚いたさ。根っからのクリスチャンだった婆ちゃんが、幼い俺に聖書を読み聞かせた婆ちゃんが、なんで仏教徒みたいな終わりを選んだのかなんて俺には分からなかった。ただ、最近は墓地代も高いから、そのせいか、とも思った。親父達が払ってた老人ホーム代も馬鹿にならない値段で、いや、墓地代くらい俺が出すのに、なんで婆ちゃんはそんな心配をしたのだろう。少しでも子供に金を残すため? そのために、真っ白な骨になるのか? それとも老人ホームで宗旨替えでもしたんだろうか? 色即是空空即是色、良く分からない仏教の理論。
「出来たらこっちに一度戻ってきてくれる? 母さん、参っちゃいそうだわ……
 もう参っちまってるぽいお袋に相づちを打ち、俺は電話を切った。そして受話器を部下に返し、ロッカーに戻る。
 復活の時を信じてた婆ちゃんは、どうして骨になることを選んだのだろう。どうして婆ちゃんは俺に何も言わなかったのだろう。そんなの、ただ残された俺には分かりっこないことだったのだろうが。
 
 
 婆ちゃんの葬儀は、遺言通りただ家族の見送りだけで終わった。といっても、婆ちゃんは昔教会のオルガン奏者をしたり、何代も変わっていった神父の世話係をしたりと働き者だったから、何かご事情があるなら、生前の行いに感謝して墓地を用意しましょう、と俺達の家を訪れた神父は気遣わしげに言った。でもお袋も親父も不可解そうな顔をするくせに、遺言ですので、とそれを断り、いやに親身な葬儀場の人間に火葬場に婆ちゃんの遺体を運ばせた。俺は小さな木の箱に入った婆ちゃんの金色のまつ毛や、皺だらけの額を見て、いつか俺も死んだらこうなるのだろうか、と思った。そんなの、今考えたってどうにもならないことは分かっていたけど。
 火葬場では俺達家族は目立つかと思ったが、仏教徒に混じってクリスチャンらしき十字架を掲げた人々もいて、そう窮屈でもなかった。俺はそこで、何故か昨日電話をしたゼノのことを思い出していた。弱っていたのかもしれない。好きだった、もう会いにゆくことも少なくなっていた婆ちゃんがこの世からいなくなって。
「君のお祖母様はバイブル・ベルトの人なのに、案外進歩的なんだね」
「確かに、あんたのことを話しても、動じなかったしね」
「そうだった、そうだった。君のお祖母様に会いに行ったら、まつ毛が触れそうなくらい近くにおでこをこすられて、手を握られて君を頼むと言われたんだった」
……そうだったん?」
「君が施設の人と喋っている間にしか話さなかったから」
 昨日、ゼノと喋ったことを思い出し、俺は婆ちゃんが火葬のための機械に入ってゆくのを見つめた。お袋は十字を切りつつ、呆然として、こんなのやっぱり信じられないとつぶやいていた。
 婆ちゃんは、俺とゼノの関係を知る唯一の親族だった。親父やお袋には全く何も言っていないのに、婆ちゃんは私には隠さなくてもいいのよ、と笑ったのだ。神様は失敗などなさらないと、あなた達はそうなる運命だったのだと、胸元の十字架を触って。
 ゼノが昨日引用した、NFDA――全米葬祭ディレクター協会――によりゃあ最近の火葬率はアメリカ国民の半数を超えるらしい。だから、今回の選択に深い意味はなかったのかもしれない。婆ちゃんにとっての最後の選択は、大した意味はなかったのかもしれない。だって、神が聖書通りに万能ならば、婆ちゃんは灰になっても蘇るのかもしれないから。
 そんなことを考えるうちに日は傾き、婆ちゃんは真っ白な骨になった。俺はそれに、さっきまで生きているように見えた、人間を形作る細かな何かが消えた気がした。骨は火葬場の係員が骨壷に入れ、俺たちはそれを共同墓地に入れた。これで終わり、これで婆ちゃんの人生は終わりだ。静か過ぎる人生は終わりだ。
 最後に、昨日のゼノとの電話の終わりを記しておこう。
「スタン、君は無宗教なのに信心深いところがあるんだね」
「小さい頃、教会に行ってたからかもね。あんたを好きになってからは通り過ぎるばかりだけど」
「君が誰であっても、人生の旅のどこにいようとも、歓迎される教会はあるさ」
……それって合同キリスト教会のスローガン?」
「僕も、君のことを祈りたい時はあるからさ」
 君が任務中の時なんて特にね、そうおどけるゼノに、俺は電話越しにキスをしたのだった。そして電話を終えた。週末にまた会おうと、そう誓って。
 婆ちゃんが何故火葬を選んだのかは分からない。バイブル・ベルトの、平凡な主婦だった婆ちゃんが、何故そんな選択をしたのかは分からない。でも俺の婆ちゃんなんだ、俺の恋人を認めてくれた人なんだ、きっと何かしらの理由はあるんだろう。そして、俺はゼノと共に、それを探して生きていくんだろう。真っ白な骨になって、小さな骨壷に入って、俺に人生を教えたその口はもう開かないが、今も信じられないくらい雄弁に俺に語っている。スタンリー、人を愛しなさいって、まるで神様みたいに。


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