フリンズさんと可愛いピアスを見つける話


「あ、これめっちゃ可愛い! けど、あぁ……ん〜残念」
「おや、どうしましたか?」

 昼下がりのナシャタウンで、アクセサリーを扱う露天を覗いていたところ、とても好きな造形の品を見つけた。月のモチーフで飾り石が角度によって青と紫に変わるようだ。少しだけフリンズの炎みたいだな……と、思ったことは彼には言わないでおく。
 しかし、手に取ってから分かったのだが、この商品はピアスだったのだ。店主は「ピアスからイヤリングへ変更も出来る」と言ってくれたが、飾りモチーフが大きめであるため、私の性格ではイヤリングだとすぐに無くしてしまいそう。「ん〜」と悩んでいると、別の露天を見ていたはずのフリンズが、後ろから声をかけてきた。
 
「これがとっても可愛くて気に入ったんだけどね、ピアスだったんだぁ」
「なるほど、そうでしたか」
「ん〜……、でも買う! 店主、これ包んでください」
 こう言う品は一期一会だ。買っても買わなくても後悔すると思うから、買っておいてから悩めばいい。
「ふふ、貴女は気持ちの良い買い物の仕方をされてますね」
「そうでしょう? こう言うのは悩むだけ損だと思ってるからね」
「そうですね……。僕もあちらで悩んでいた宝石を、お迎えするとしましょう」
 そう言ってフリンズは、先ほど見ていたらしい露天に戻って行った。その後ろ姿は、なんとなくスキップしそうな歩き方をしていて、ちょっと可愛いかった。

 別の露天でアクセサリーを飾るスタンドも買うことが出来て満足した。しかし、飾るだけなのは少し勿体無いなぁと考えていると「悩み事ですか?」と、隣を歩くフリンズに声をかけられる。
「悩みというか……せっかくのピアスを飾るだけなのも、少し可哀想かなぁ――と考えてただけ」
「そうでしたか……では、」
 そう言ってフリンズは一度立ち止まる。それに合わせて立ち止まった私の顎に手をかけて上を向かせ、そっと耳に手をかける。
 
「僕が、お手伝いしましょうか?」

 ――何を? と聞こうとしたけれど、その前に理解する。私の耳たぶにピアス穴を開けないか、という提案らしい。
「んー……それはちょっと怖い」
「理由は恐怖だけ、ですか?」
「うん。他に拘りがあるとかは、無いかな。私が痛みに弱いことは知っているでしょう?」
 伏せ目がちにそう答えて、改めてフリンズを見上げると、彼もこちらを見下ろしていた。夕焼けに照らされたその瞳は、何というか――とても楽しそうに見えてしまった。
……それほど痛みもないそうですよ。ほら――貴女の得意な裁縫で、針を指に刺してしまった程度です、おそらく」
「それは結構痛いやつでは?」
「ふむ、そうでしたか」
 キョトンとした顔でこちらを見るフリンズ。いやいや、……そりゃ日々怪我が耐えないライトキーパーの方々と比べると、微々たるものでしょうけれど。でも、なにをそんなに……
 
――なんで、そんなに手伝ってくれようとしてるの?」
「ただの興味……いえ、熱心にピアスを眺めておられる貴女の期待に答えようと――
「いま、興味って言った!」
「そう聞こえましたか?」
 私の耳を触るのをやめた彼は、その手で自身の口元を隠してクスクスと笑う。誤魔化し方が雑である。
「んー、まぁ……チャレンジしてみても、いいかも?」
 フリンズに任せるなら、悪いようにはしないだろう――とは思うので。とはいえ、私の反応に対する興味が、それを上回らないことを祈るしか無いが……
「そうですか、ぜひお手伝いさせてくださいね」
「はいはい」
「では早速向かいましょう」
「え、今日なの? 今からなの?」
 私の問いには答えず、いつもよりも歩幅が大きな彼に手を取られて、あっという間に夜明かしの墓へ着いてしまった。


 ***


 着いて早々に居室に連れられ、「こちらに掛けていてください」と指定されたソファに座る。待っているだけで、目の前で着々と準備が進んでいく。
 サイドテーブルに置かれた清潔な脱脂綿、消毒用アルコール、そして――安全ピンが二つ。
「安全ピンなんて、なんで準備があるの?」
「こちらは、貴女の裁縫セットから拝借しました」
「あぁ……って、あれなの⁈」
 無言で頷くフリンズ。たしかにセットに入ってはいたけど、……あれかぁ。

「さて、消毒からですね」
 フリンズはソファの隣に座り、自身の手袋を外す。そうして、脱脂綿に消毒用アルコールを浸していく。フリンズの方へ向き直ろうとしたところ、「前を向いたままで結構ですよ」と言われた。
 そっと耳に触れられ、しっとりと冷たい液体を感じる。ほんの少し、ぞわっとする感覚があった。それに気づいたフリンズに、声を掛けられる。
――怖いですか?」
「怖いよ。でもフリンズだから平気、多分」
 そう答えると、彼の手がピタリと止まる。疑問に思ったので、目線だけ彼に向けると――笑っている? 口角が上がるのを隠せないようだ。
「楽しそう、だね?」
――そうでしょうか」
「そう見えるよ」
 目線を前に戻して、もう一度彼の方を見ると、いつもの表情に戻っていた。

「では――よろしいですか?」
「お……お願いします
 フリンズが安全ピンに手をかける。先ほどと同様に消毒用アルコールを振りかけて拭う。手のひらを上に向け、小さな蒼炎を生み出す。ピンの針先を「これも消毒ですよ」と言いつつ少し炙ったあと、針の温度を指先で触れて確かめる。少し冷めたことを確認したフリンズは、私の耳に手を添える。
 ――あっ。
 その瞬間に、ブワッと恐怖心が生まれた。冷や汗が出る。怖い。どうしよう。
 
「フリンズ、待っ――
 そう言い終わる前に、私の体に、耳に、プツッと小さな穴が開いた。

 すぐにズキンズキンと痛み始める耳に、思わず手を当てる。存在感を示す安全ピンを触ってしまい、少し針がズレた感覚で痛みを増し、顔をしかめる。
 伏せてしまった顔を上げ、フリンズの方を見ると――彼は、笑っていた。怪しく微笑む彼は、口角が上がってしまった口元を隠すように手で覆っていた。細められた目元、そして口角の端、髪の毛の先から、蒼炎が漏れ出ている。
「フリンズ、顔が怖いよ……?」
「おっと――これは失礼しました」
 いま自覚した――と言うような反応で、スッといつもの微笑みに戻り、体から漏れ出た炎を収める。そうして、彼は私に告げる。

「ふふ、まだもう一つありますよ。――続けますよね?」
 ニコリと笑うフリンズに対し、私は少し怯えながらも頷く事しかできなかった。


「これで終わりですね、頑張りましたね」
「うぅ両耳が痛い……。でもこれで、あのピアスが付けられる!」
「まだ、ですよ。これから数日に一度は消毒して、ピアス穴を安定するまではダメです」
「そうなの? ……それも痛そう。でも、やるしか無いか」
「よろしければ、消毒も僕が――
「いえ、それは自分で頑張ります!」
「おやおや、それはとても残念です」
 

 
『貴女に対してこんな機会、他には無さそうだったので。』