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アルマジロ
2026-03-07 11:45:46
2908文字
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腕の中で眠れ
例のシーンから泥酔レザヘク小話。酔い潰れた💣に🐺がもやもやする短い話です。
確かにボクはヘクトールに散々お世話になっているけどさ、ヘクトールだってボクに面倒見てもらうこと多いと思うんだよ。
こうやってヘクトールに肩を貸して連れ帰るなんて慣れっこだし、担いだまま片手でカードキーを取り出して、ヘクトールの家のドアを開けるのだって楽勝だ。
「ヘクトール、着いたよ」
部屋に入りながらすぐ近くの頭に向かって声を掛ける。唸ってるのか返事しているのかも曖昧なその口は、ずっとアルコールの匂いを漂わせていた。
歩いているつもりなんだろうけど、半分引き摺られているようなヘクトールに合わせているせいで、居間までの道がやたらと遠い。ようやく辿り着いたソファにヘクトールを座らせると、心配そうなポムが駆け寄ってきた。
「大丈夫、飲み過ぎただけさ。少し休めば元気になるよ」
ヘクトールの足元をうろついていたポムは、無事を確認した返事のように一言鳴くと、踵を返して仲間たちの元へと戻っていった。
ボクもソファから離れてキッチンへ向かう。拝借したコップに水を入れて戻ると、ヘクトールの頭が船を漕ぐように揺れていた。
「ヘクトール、寝る前に水飲まないと。ほら、口開けて」
夢現なヘクトールの口元にコップを寄せる。溢さないように注意しながら水を飲ませたけれど、ほんの少しだけ口の端から水が溢れてしまった。
顎へと伝う水滴を拭おうと手を伸ばす。赤い頬に手を添えて、唇のすぐ側へ指を濡らしながら滑らせた。そのまま手を止めて、数秒。指を離すこともできずに硬直する。
……
きっと、今なら何でもできてしまう。
ソファに沈む身体は四肢を投げ出していて、湿った唇は半開きのまま、微かな息で指をくすぐっている。瞼が閉じられているせいで、ボクがどんな目でヘクトールを見ているのか、彼は知ることすらできないだろう。
あまりにも無防備。そしてそれは、目の前にいるのがボクじゃなくても変わらない。酔い潰れたヘクトールの前に立つ知らない人間を想像して、喉に石が詰まったような心地になった。
ヘクトールは酒に強い体質ではない。それなのに潰れるまで飲んでしまうのは、ひとえに悪役闘士のイメージのためだ。
アルカディアの新生以来、さらに人気を増したボクたちは、あちこちのパーティに頻繁に招待されている。そういう場で求められるブルートボンバーは、大酒飲みで傍若無人に振る舞う悪役らしい姿だ。
彼はどうにも求められると断れない節がある。今回だって勧められるがままに酒を手に取り、気がつけばまともに歩けなくなっていた。
今回はボクが見張っていたから何とかなった。だが、次は?
もしもボクがいない時にヘクトールが酔い潰れてしまったら、どうなってしまうだろう。部屋の隅で盛る奴、意識のない人を介抱するふりをしてホテルへ向かう奴、相手のグラスに何かの粉末を入れる奴。そんなクズどもが何人もいるパーティ会場で、一人泥酔しているヘクトールを想像する。うん、駄目だ。絶対ろくな事にならないし、考えるだけで頭の血管が切れそうになる。
最悪なのは、お持ち帰りですらまだマシという現実だ。
もし酩酊状態の彼が、転んで頭をぶつけてしまったら。吐瀉物が喉に詰まったら。弱くなる呼吸に誰も気付けなかったら。
ソファに腰掛けるヘクトールは、人の気も知らないで気持ち良さそうに微睡んでいる。ゆらゆらと揺れるその頭に、今はもうレギュレーターは着いていない。
二度と、やり直しはできない。奇跡はもう使い切ってしまったんだから。
ヘクトールの隣に座って、縋るようにその身体に抱きつく。耳を胸元に当てれば、心臓がゆっくりとリズムを刻んでいた。吐息が微かにボクの髪を撫でていく。
すぐ隣に立つ死の気配を感じる度に、ボクはこうして確かめずにはいられなくなる。確かめたところで、冷えた指先はちっとも温かくならないけれど。
レギュレーターは、この国の人間に死というものを忘却させた。ボクはそんな生温い環境に辟易していたけれど、今にして思えば、ボクもまたレギュレーターの恩恵に知らず知らずのうちに甘やかされていたんだろう。
本当に恐ろしいのは自分の死ではない。他人の死だ。
大切な人がレギュレーターを着けているということは、生き残るチャンスが増えるということだ。何かあったとき、どうか少しでも、大切な人が助かる可能性が高くあってほしい。ボクが忌み嫌っていたあの装置は、もしかしたら、最初はそんな祈りから始まったのかもしれない。
興行に人の魂は必要ない。それは事実だ。だとしても、この世界には人の命を奪うものが多すぎる。
今までレギュレーターを着けてきた人間が、外してすぐに適切な危機管理能力を身に着けられるだろうか。着けていたときのような油断が起こらないと、どうして言い切れるだろうか。
一度死にかけた人間ですら、こうして不用心な姿を晒しているというのに。
「
……
ヘクトール、キミはどうしてそう
……
」
危険なことばかりするんだ、と言いかけて口を噤む。それは何度も何度もボクが言われてきた言葉だった。
ふっ、と自嘲混じりの息が零れる。レギュレーターを着けない命知らず。かつてそう呼ばれてきたボクが、今になってレギュレーターを求める人間の気持ちが分かるなんて。
身体を起こして、隣で微睡むヘクトールを眺める。レギュレーターのあった場所を懐かしむかのように、赤い髪をそっと撫でた。
ヘクトールの心と身体を、その命が尽きるまで守り抜かなければならない。もう二度とあんな思いをしないために。そのためにはどうすればいい?
あらゆる脅威を排除して、どこにも行かないように縛りつけて、ずっとボクの傍にいるように閉じ込めたい、なんて、破滅的な思考がよぎるくらいには難問だ。
一緒に生きるって、一緒に死ぬよりずっと難しい。ボクは今度こそ、最期までヘクトールと一緒にいたいだけなのに。
「
……
そんなになるまで飲んじゃ駄目だよ。何かあったら、どうするつもりだったんだい」
危ないことをするな、と言えば、お前にだけは言われたくない、と返されてしまうだろうから、こんな言葉でしか気遣えない。
ヘクトールが僅かに目を開いた。蕩けた目でボクを見ると、紅潮した頬を緩ませて囁く。
「平気だろ
……
お前がいるんだから
……
」
そう言って、再び目を閉じる。その表情は一切の力を抜いて、安心しきったものだった。穏やかな呼吸に合わせて胸が上下する。自分を見殺しにした人間が、目の前にいるというのに。
本当に懲りないな、キミは。あんな目に遭ってなお、ボクに身の安全を委ねるなんて、どうかしてるとしか思えない。
「
……
だから、不用心なんだよ」
そしてその甘い考えに、どうしようもなくボクの呼吸は楽になる。ぞくぞくと身体を走る痺れは、不安と呼ぶにはあまりにも甘美だ。
キミのそんな隙に付け入って、ボクはまだ、キミの命を握ることができる。レギュレーターではなく、ボクだけが。
そんなことを嬉しいと思う親友でごめんね。
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