ギャビィ
2026-03-07 08:17:17
2922文字
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その後の話

新刊「山河のひかり」のその後の話です

𝓜𝓮𝓪𝓷𝔀𝓱𝓲𝓵𝓮 𝓙𝓾𝓰𝓸𝓼𝓵𝓪𝓿𝓲𝓳𝓪……

(一方その頃ユーゴスラヴィアでは……


「お、おい! ヴォイヴォディナ! ヴォイヴォディナッ!」
「なあにー、コソヴォちゃん」

 焦ったように呼びかけるコソヴォに、ヴォイヴォディナはのんびりと返事をした。なぜか小声のコソヴォが手招きをするのでヴォイヴォディナは顔を近づける。コソヴォはまだ背が伸びきっていないから、ヴォイヴォディナが少し屈むような姿勢になった。
「この家静かすぎるぞ!」
 ヴォイヴォディナの耳元で、コソヴォがひそひそと深刻そうな声音で言う。ヴォイヴォディナは、またのんびりした調子で言った。
「なんだあ、そんなことかあ」
「お、おい! お前声が大きいぞ!」
 途端にコソヴォが慌てたように自身の口元に指を立てて、シィッとジェスチャーをした。静かすぎる、なんて言うわりに自分も静かにしようと努めているのは、なんだか妙な話だ。ヴォイヴォディナにもなんとなくわからないでもない。いつもは賑やかなこの家が、ここ数日はシン、と静まり返ってちょっと声を出すだけで響いてしまうのだ。慣れない雰囲気をコソヴォなりに気にしているのだろう。
「だってアイツら、ずっとあの調子だぜ!」
 相変わらず小声のコソヴォがリビングの真ん中を指差す。ヴォイヴォディナが目を向けると、アームチェアに座って本を読んでいるスロベニアと、ローテーブルを挟んでその向かい側のソファーで寝転がってこれまた本を読んでいるモンテネグロがいる。国際パーティに出席するためにセルビア、クロアチア、ボスニア、マケドニアがいないから、このユーゴスラヴィアの家に残っているのは2人だけだった。
「ど、どうする?」
「ううーん、別にそのままで良いと思うけど」
 緊張しているようなコソヴォとは対照的に、ヴォイヴォディナはのんびりと、でも一応声を小さくして答えた。たしかにスロベニアもモンテネグロも、自分から話しかけるほうじゃあないかもねえ。と二人を眺めていると、横からコソヴォが、良くねえよ!と言う。
「このままじゃ、みんなが帰ってくるまであのままだぜ!」
 コソヴォの慌てる様子に、ヴォイヴォディナは微笑ましくなる。会話がない二人を勝手に心配しているのは、なんだか健気ですらある。そんなお節介ともいえる姿は、今は家を留守にしている人物にどこか重なるのだ。
「コソヴォちゃんって心配性だよね。セルビアみたい」
「はあ?! なんでそうなるんだよ!」
 ヴォイヴォディナがふふっと笑ってそう言うと、コソヴォは怒ったように声を上げた。声がリビングに響いて、コソヴォがハッとなって自分の口を手で押さえた。また辺りがシンとして、さっきよりもさらに静かになった気さえする。スロベニアとモンテネグロは相変わらず黙ったままだ。
「とにかく、このままじゃヤバいぜ」
 また小声に戻ったコソヴォが、ひそひそとヴォイヴォディナに言う。別にヤバくはないと思うけど……。ヴォイヴォディナは呟いた。そもそも、自分の部屋に篭っていても良いはずなのに、スロベニアもモンテネグロもわざわざリビングに来ているのは、二人なりにセルビアたちがいないのを気にしているからだろう。それがかえって異様に見えているのはおかしなことだけれど。みんな不器用だねえ。ヴォイヴォディナはそう思いつつ、なんだか必死なコソヴォのために何かをしてあげようと考えた。
「そうだねえ、じゃあこういうのはどうかな」
 ヴォイヴォディナは思いついて、リビングボードからチェス盤と駒を取り出した。それからスロベニアとモンテネグロの間のローテーブルにそれをそっと置いた。それからまたコソヴォのほうへと静かに戻って、これで安心とばかりに言った。
「ほら! これでチェスの勝負で次の手を考えて黙り込んでる風になったよ!」
「ほら、じゃねえー! ただチェス盤置いただけじゃねえか! 何もよくなってねえよ!」
「ええー、でも見た目それっぽいよ」
 ヴォイヴォディナの渾身のアイディアは、コソヴォにはお気に召さなかったらしい。その時、スロベニアがふと手を動かした。
「あっ、ほら、スロベニアがチェスやろうとしてくれてる!」
「マジで!? こんな雑な振りにノッてくれんの?! アイツちょっといい奴じゃねーか! よし、このままツルナゴーラもチェスを、おい! 寝てる!?」
「お昼寝の時間なんだねえ」
「言ってる場合か! やべえ、スロベニア困ってる! さっきより状況が悪化した! どうすれば、」 
 頭を抱えたコソヴォがハッと何かを思いついてソファの方へ駆け寄って、そうして横を通り過ぎて部屋の角へ向かった。
「ニコラに感謝だ!」
 コソヴォが電源を入れるとテレビからニュースを伝える音が流れ始めた。家でテレビを使う時にお決まりになってるフレーズを言って、コソヴォが笑顔でヴォイヴォディナを振り返った。ヴォイヴォディナはコソヴォと視線を合わせることができなかった。コソヴォの背後にあるテレビの画面のほうが気になったからだ。
……ブダペスト?」
 ヴォイヴォディナがぽつりと溢したその単語に、スロベニアが顔を上げる。寝ていたはずのモンテネグロもそろりと上体を起こし始めた。


 


「早く自分のベッドで寝たいよ」
「たしかに」
 列車から降りてお土産に上等なチョコレートを買ってからマケドニアとセルビア、ボスニア、クロアチアは帰路についていた。みんな欠伸をしながらのんびり歩いて、やっと我が家だ。明け方だからまだ寝てるかも。そう言いながら、セルビアがベルも鳴らさずに鍵を開けて静かに中に入ると、リビングのほうからテレビの音と部屋の灯りが廊下に漏れ出てぴかぴかと光っていた。不思議に思って中に入ると、妙に静まり返っているリビングで、スロベニアやモンテネグロが真剣な顔でテレビを見ていた。
「あ! 帰ってきやがった!」
 コソヴォがセルビアたちを指差す。
「なによ、文句あるの」
「よく帰って来れたな、お前たち」
 スロベニアが振り返ってホッとしたように言った。
「大変なことになってるよ」
 モンテネグロがテレビの音量を上げる。レポーターが、隣国での混乱のことを報じていた。
「あの野郎、知ってやがったな……!」
 クロアチアが怒ったように怖い顔をしてグッと拳を握ってそう言った。
「セルビア、ハンガリーくんが……
 普段は聡明で明るいヴォイヴォディナが、泣きそうな顔で不安げに呟いた。セルビアは、一瞬息を呑んで、そうしてすぐに口を開いた。
「ボスナとツルナゴーラはヘルツェゴビナとダルマチアに連絡をとって、緊急会議よ。それから――
 セルビアは、クロアチアとヴォイヴォディナを見た。
「フルバツカとヴォイヴォディナはひとまず国境へ。――後のことはアンタに任せるわ」
 クロアチアがハッと顔を上げて、そうして頷いた。
「ヴォイヴォディナ、スボティッツァに行くぞ!」
「うん!」
 バタバタと部屋を出ていったあと、セルビアは呆然とテレビを見ていた。テレビの画面に見知った顔が映りそうな気がしておそろしかった。