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吾妻
2026-03-05 23:41:12
4875文字
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アークナイツ
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Sweetie
テキ博♀。つきあってる。バレンタインを諦めきれなかった
「
……
もしかして、口に合わなかった?」
テキーラは首を傾け、向かい側に座る恋人の顔を覗き込んだ。
彼女の前には、チョコレートリキュールがかかったバニラアイスが置かれている。今日のためにテキーラが取り寄せたものだ。忙しい最中のバレンタインだから、格式張った贈り物よりも、こういった簡素なもののほうがドクターも気負わずに済むかと思ったのだ。
勿論ドクターに贈るものだから、手抜きは一切していない。今日提供したデザートこそ、アイスにリキュールをかけただけの単純なものではあるけれど、リキュール自体にはかなりこだわった。
他にも飲み方はたくさんある。今抱えている案件が片付いたら、二人でゆっくり飲めばいい。
……
そう思っていたのだが。
ドクターがやけに静かなのが気にかかった。
元々そこまで饒舌な人ではないけれど、それにしたって今夜は随分と寡黙ではないか。
彼女の好みは把握していると思っていたが、もしかしてチョイスを間違えたのだろうか?
ドクターは手元に落としていた視線を上げ、不安げなテキーラを見つめて、静かに微笑した。
「そんなことはないよ。とても美味しい。ただ
――
」
中途半端に言葉を切って、物憂げに目を伏せる。テキーラは耳を寝かせ、じっと主人の言葉の続きを待った。
やがてドクターは、深い溜息をひとつ落として、
「今年も準備が間に合わなかったなと思って
……
」
と、消え入りそうな声でつぶやいた。
(
……
なるほど)
そういうことか。理解した。
つまりドクターは、忙しさにかまけてバレンタインの準備が間に合わなかったと落ち込んでいるわけだ。
「でもさ、ドクターは俺なんかと比べ物にならないくらい忙しかったわけだし
……
」
贈り物なんてなくてもいい、とは言わない。以前はそういうスタンスでいたけれど、最近は態度を改めたのだ。
考え方自体が変わったわけではない。テキーラは今でも、自分の愛情に同等の対価がほしいとは思っていない。けれど、ただ相手を優先するだけではフェアではないとドクターは言うし、彼女の愛情や気遣いを無碍にすれば、結果的にドクターを悲しませてしまうことになる。
ドクターが自分のことを想って、自分のために何かしてくれるのは、純粋に嬉しいし。
それゆえに、彼女の前ではもう少し欲を出してみようと試みているわけだ。
「俺は、当日じゃなくても嬉しいよ」
テーブルの上に置かれたドクターの手に自分の掌を重ね、できる限り甘みを含めた声で告げた。
ドクターの指先はいつも少し冷たくて、握り合わせているうちに互いの体温が混ざってゆくのが心地よい。
「そもそも、ドクターが俺のことを考えてくれるだけで、すごく嬉しいし」
じゃれつくように指同士を絡めて、おどけた調子で付け加えたら、ドクターの口から安堵と苦みが混ざった笑いがこぼれる。
「君はそうやって、すぐ私を甘やかす」
沈んでいた空気が和らぐのを感じる。向こうから指を握り返されて、テキーラは自然と口元を綻ばせた。
「俺はもっと甘えてほしいくらいなんだけど」
テキーラは、自分が〝特別〟ではないことを知っている。
たとえ自分が可能な限り最大限にドクターを甘やかしたとしても、彼女が背負う重責の一割だって肩代わりできないだろう。
その事実を思うと、途方もない無力感に襲われる。
けれど、最近は少しだけふてぶてしくなったので。
〝だったら目一杯甘やかしてもいいのでは〟? と、逆説的に考えられるようになった。
どう足掻いても、彼女に降りかかる運命を変えられないのであれば。
せめて二人で過ごす日常を、居心地のいいものにしたい。最近は、そんなふうに開き直れるようになった。
「ほら、早く食べないと溶けちゃうよ? 俺が食べさせてあげようか?」
「
……
自分で食べるから大丈夫」
「はは、残念」
実は本気で残念だったのだが、ドクターが照れた様子で視線を逃すのが可愛かったので、それが見れただけで良しとしよう。
「仕事が一段落ついたら、改めてプレゼントを用意するつもりだけど
……
」
少し柔らかくなったバニラアイスを一口飲み込んでから、ドクターが口を開いた。
「うん」
恋人の薄い唇を眺めて、なんなら「キスしちゃいたいな」などと考えていたテキーラは、不埒な考えを悟られぬように平静を装って返事をした。
「それはそれとして、君は私にして欲しいことはないのかな」
「
……
えっ?」
「実は今日、スタッフの女の子に
――
」
――
バレンタインのチョコが間に合わなかった? そんなの、『私がプレゼント〜!』って抱きついちゃえばオッケーですよ〜!
「
……
って、言われて」
「
……
」
誰だろう、そんな変な入知恵をしたのは。
テキーラは思考をフル回転させて、犯人の目星をつける。そのノリの良さは、最近人事部に配属になったフェリーンだろうか? 流行に敏感で、ファッションと恋バナが好きで、なんとなくウタゲと気が合いそうなタイプの。
確かに、あの子なら言いかねないし、その言葉にも一理ある。テキーラにとってドクターは、バレンタインどころか、いつだって一番に欲しいものだから。
ただ、問題なのはドクター自身の意識であって。
「
……
それってもしかして、バレンタインのプレゼントまでの〝繋ぎ〟ってこと
……
?」
口からこぼれ落ちたのは、普段より少し低めの声だった。ドクターはアイスを食べる手を止めて、呆気に取られた様子でテキーラを見る。
「そういうことになるのかな
……
? ひとまず、というか」
「ダメだよ」
対人関係において、あまり頭ごなしに否定したりしないよう心掛けているつもりだが、今回ばかりは口をついて出てしまった。
普段はあんなに察しがいいはずのドクターが、まだきょとんとしていることが、さらにテキーラをムキにさせた。
(君はいつも、俺が自分自身を大事にしないっていうけど
……
)
テキーラからしてみれば、ドクターだってそうなのだ。
「俺はいつだって、他の何よりも君が一番欲しいんだよ。何かの代わりとか、繋ぎとか、その場しのぎの消耗品みたいに言わないでよ」
「
……
」
何より大切な宝物なのに。宝物本人が自分のことを大事にしないので困ってしまう。
お互い様だろ、と返されたら何も言えなくなってしまうが、こればかりは言わずにいられなかった。
ドクターはスプーンを片手にぱちぱちと数度まばたきをして、それから「ああ」と小さく頷いた。
「確かに無神経だった。すまない」
そして、神妙に詫びながら視線を逃し、目を伏せるので。落ち込ませてしまったのかと、テキーラは慌てた。
「ごめんね。少し言い方がきつかったかも
……
。別にドクターを責めてるわけじゃなくて
……
」
「大丈夫。わかってる」
アワアワと腰を浮かして身を乗り出したテキーラは、間近になったドクターの頬が、僅かに赤らんでいることに気がついた。
「
……
あれ?」
思わず声が出てしまった。
もしかしてドクターは、落ち込んでいるわけではない
……
?
「君が急に〝一番欲しい〟なんて言うから
……
びっくりして
……
」
ボソボソと呟きつつ、ドクターは空いている方の手で口元を覆う。その恥じらいに満ちた表情があまりに可愛かったので、テキーラはまばたきも忘れて見入ってしまった。
業務中はあんなに余裕たっぷりで、時として驚くほど大胆に立ち回れる人なのに。
プライベートとなると、途端に初心な少女のように恥じらってみせるから。
毎度毎度、飽きもせずに、そのギャップに翻弄される。
お付き合いをはじめてからというもの、キスもハグも、それ以上のあんなことやこんなことまで、二人でたくさんしてきたのに。
(
……
ちょっとずるくない?)
たった一言でそんなに可愛い反応をされたら、胸が苦しくなるほどときめいて、嬉しくてたまらなくなって、同時に悪戯心まで湧いてきてしまう。
だって、これまで幾度となく「君が一番だよ」と伝えてきたはずなのに、彼女はいまいち自覚していないようなので。
「俺はこんなに君が好きなのに
……
」
テキーラは手を伸ばし、ドクターの頬に指先をすべらせてから、彼女の髪を一房すくいあげる。その動きに促されるように、ドクターは伏せていた顔を上げて、やや上目遣いに恋人を見上げた。
「もしかして、俺の伝え方が足りなかったとか?」
すくいあげた髪にそっとキスをして、更にぐっと顔を近づけ、彼女が好きなトーンでやや吐息多めに囁けば、
「そ!
……
ういう、わけでは
……
」
ドクターはあからさまに声を上擦らせて、視線を泳がせる。
ああ、そんな反応しちゃダメだって。瞳を熱っぽく潤ませるのもよくないよ。
なぜなら、自惚れたくなってしまうから。
(もしかしたら君は、俺が思ってるよりもずっと、俺のことが好きなんじゃないか、なんてさ)
不相応な期待なんて、したくはないのに。勝手に胸が高鳴ってしまう。
ドクターの肌がうっすらと色づいて見えるのは、ただアルコールが回って体が火照っているだけかもしれない。勝手に期待をして、あてが外れたときに虚しくなるのは自分じゃないか?
冷静で臆病なもう一人の自分が、脳内で何度もブレーキを踏もうとするけれど。
いつもはきちんと効くはずのストッパーが、ドクターの前では毎回壊れてしまう。
今回も体が勝手に動いて席を立ち、気づけばテキーラは、小さなテーブルを回り込んでドクターの横に立っていた。
「
……
?」
脈絡のない行動に、ドクターが怪訝そうに青年を見上げる。
戸惑う恋人に極上の笑顔を向けてから、テキーラは両腕をドクターに差し伸べて。
「よいしょ」
細身の体をひょいと肩の上まで抱え上げた。
「!? エルネスト
……
!」
「ほら、暴れないで。危ないから」
突然のことに、抱き上げられたドクターが肩の上でジタバタと暴れるが、その程度の抵抗は何の妨げにもならない。
なだめるようにぽんぽんと背中を軽く叩いてから、テキーラは部屋の隅にあるベッドのほうへと一歩踏み出した。
「こら、急に何
――
」
「俺がどれだけドクターを必要としてるか、ちゃんと伝えなきゃいけないと思ってさ。今から懇切丁寧に教えてあげるから」
「伝わってる! ちゃんと伝わってるから!」
「本当かなぁ」
正直、半分も伝わっていないと思うけど。
(俺は、君が思っているよりもずっと、どうにかなっちゃうくらい君が好きだし、心も体もめちゃくちゃになってるんだよ)
そんな、どうしようもない自分のことを。
すべて知ってほしいような、何も見ないでほしいような。
相反する欲求のはざまで、毎日もみくちゃにされている。
今朝もふたりで目を覚ましたベッドに、ドクターの体を仰向けに横たえる。
頭の横に片手を置いて覆いかぶされば、女の瞳が僅かに潤みを帯びて揺れた。
そこに戸惑いと同時に、隠しきれない期待が宿っているのを感じ取って、テキーラも思わず熱っぽい吐息をこぼしてしまった。
誰かに求められるのがこんなにも嬉しいことだなんて、彼女と出会うまでは知らなかった。
「大好きだよドクター。ドクターからもらえるものはなんでも嬉しいけど、俺が一番嬉しいのは君とこうして過ごす時間なんだって、覚えておいて欲しいな」
頬を撫で、顔を近づけて。じゃれあうように鼻先を擦り寄せてから、キスをした。
アイスクリームのおかげか、唇と口内はまだひんやりと冷たかった。
絡め取った舌先からは、アルコールとチョコレートの残り香が伝わってくる。
胸の奥から溢れて、全身に広がってゆく多幸感。どれほど上質な酒を飲んでも、甘いスイーツを食べても、こうはならない。敵うはずなんてない。
なぜなら
――
「ほら、ドクターが一番甘い」
息継ぎの間にそう囁いて、テキーラはもう一度、恋人の唇に噛みついた。
【おわり】
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