2026-03-05 12:29:52
8316文字
Public 支部投稿済
 

【土きり】♡を連れ出して

2510。
両片思い(土自覚あり、きり自覚なし)の今更すぎるバレンタインネタです。この話ではくっつきません。
いつもよりギャグ寄りかもです。
※アニ●フェコラボ、ファ●マコラボネタを含みます。

元ネタ
ファ●マ(公式ツイだと引用になるので外部サイトです)
https://nijimen.kusuguru.co.jp/topics/595219

アニ●フェ
https://www.animatecafe.jp/event/ac000688


 南蛮のどこぞから持ち込まれた風習らしいが、いつの間にか「バレンタイン」なる制度が町中に広まっていた。
 このバレンタインの時期が近づくと、これまたどこからともなく「チョコレート」なる甘味が町中の至る所で売り出される。主に女性がそれを買い、恋仲や伴侶に贈るのだとか。中には意中の者に贈り、その甘味とともに想いを伝える者もいるらしい。しかし最近その風習を逆手に取って男性から意中の女性に贈り想いを伝える者や、同性の友人同士で交換し合う者たちも現れている。更には特別に想ってなどはないが世話になってるからと義理的に贈ることもあるらしく、どうやら近頃では『性別に関係なく、近しい者へ甘味を贈る日』という意味合いの方が強くなっている……気がする。
 忍術学園のよい子達も例に漏れずバレンタインの影響を受けており、町で買ったチョコレートを贈り合ったり、中にはチョコレートにひと手間加えた甘味を自分で作って配る子までいる。
 またバレンタインにかこつけて、よくわからないが撮影なるものまで行われた。一年は組からは乱太郎きり丸しんべヱの三人が、そして五年生五人の合わせて八人が選ばれ撮影に臨んだ。何の撮影かは結局よくわからなかったが、出来上がった写しは八人のよい子達それぞれの魅力が引き出されていた、文句のつけようもない見事な出来だった。
 どのよい子達も可愛いのは言うまでもない。しかし、中でもきり丸のポーズはどうにも目が離せない。言葉では尽くせないほど、衝撃的な可愛さだった。後で乱太郎達に話を聞けば、きり丸は特に指示されたわけでもなく自ら進んであのポーズを取ったのだという。
 どこでそんなものを覚えてきた。そんなことは教えていないはずだ。
 最近は女装の腕にも妙に磨きがかかっていて、見ているだけで胃が痛む。

 ……この胃の痛みがただの大人としての心配で済んでいないのだから、我ながら質が悪い。
 視線が離れない理由を、もう誤魔化しきれないところまできている。

 そんなこんなで迎えたバレンタイン当日。
 授業が終わり、きり丸が団子屋へバイトに向かうと言うので部屋へ様子を見にいけば、きり丸は私の心配などどこ吹く風で入念に身支度を整えていた。……女装の、だ。
 そして「今日は女装じゃないと絶っっっ対ダメです!!」とやけに力強く言い切り、いつものように団子屋のアルバイトに向かって行った。
 その言葉どおり化粧にもいつも以上に気合が入っていて、仕上がりは実に見事だった。どこからどう見ても、女子にしか見えなかった。

 ◇

 今日はバレンタイン。
 だけど俺にとっては絶好の稼ぎ時でしかない。
 俺がいつもバイトをしている団子屋では、バレンタイン特別仕様のチョコをあしらった団子を売り出すことになっていた。
 ただでさえ女装している時としていない時とでは売り上げが全然違う。それがバレンタインともなればなおさらだ。団子屋のおばちゃんもいつも以上に気合が入っていて、裾にひらひらをあしらった特別仕様の前掛けまで仕立ててくれた。こんな気合の入ったきり子ちゃんが店先に立って、売れないはずがない。特別仕様の団子はもちろん、いつもの団子まで文字どおり飛ぶように売れた。俺はバイト中笑いを堪えるのに必死だった。
 おばちゃんも「すごいねえ、この調子なら追加で仕込まなきゃだよ!」なんて言いながら奥へ走っていった。
 俺はその背中を見ながら頭の中で今日の取り分を計算する。
 やっぱり今日は女装で正解だ。

 そして気づけば予定よりもかなり早く、しかも倍以上の数の団子がきれいに売り切れていた。
「いや〜きりちゃん、ありがとうねえ!やっぱきりちゃんはウチの看板娘だよ!」
 おばちゃんは満面の笑みでそう言うと、予定よりもひと回り大きい銭袋をにこにことバイトを終えて『きり子』から着替えた俺に差し出した。
「アヒャ、ありがとうございますぅ〜!!」
 俺もバイト代が最初の倍以上になって、いよいよ笑いが止まらなかった。
「あとそうだ、ちょっと待ってて!」
 するとおばちゃんはまた奥へ引っ込んでいった。そして戻ってきたおばちゃんからはい、と白い包みを二つ渡された。
「アタシからきりちゃんへバレンタインのチョコレートだよ」
「え!」
 早速包みを一つ開けてみると、そこにはどこかで見たような銭の形をしたチョコレートが入っていた。
「アタシの気持ちが入ってるんだからね、くれぐれも売っぱらったりするんじゃないよ」
 おばちゃんはにやりと笑いながらも、きっちりと釘を刺してきた。どうやら俺の考えなんてとっくにお見通しらしい。
 ドケチといえど、お世話になってる人からそこまで言われてその気持ちを踏みにじるほど落ちちゃいない。超えてはいけない一線くらいはわかっているつもりだ。……多分。
 とりあえずこのチョコはあとでちゃんと美味しくいただくとして。
「でもおばちゃん、これもう一個も同じ物っすよね。なんで二個も?」
 するとおばちゃんはまるでこの質問を待っていたみたいに、笑みを深めた。
「その様子じゃきりちゃん、渡す用のチョコなんて用意してないでしょ。コレはアタシからのおまけだよ」
「え?」
「友達でも誰でもいいからきりちゃんが一番渡したいと思った人に渡してあげな!あ、あの人とかどうなのよ、いつも迎えにきてくれるあの男の人!」
「は?!?」
 〝あげる〟に反応する前に、おばちゃんの口から突然『いつも迎えにきてくれるあの男の人』──土井先生の話が出てきてそれどころじゃなくなってしまった。顔が一気に熱くなる。
 当のおばちゃんは「あっ今日は迎えに来れないんだったっけね?」なんて呑気なことを言っている。いや今はそういう話じゃなくて!
「ちょ、ま、えっ、何言ってんすか?!!おばちゃん知ってると思いますけど、僕男ですからね?!」
「あらきりちゃん、意外とそういうところ気にするのね〜! 今は男女関係なく友達同士で交換したり、お世話になってる人へ渡したりもするんでしょう。それでいいじゃないのさ」
「ぐ………。」
 おばちゃんの言う通りだった。昔は女の人が好きな男の人にチョコを渡す日だったらしいけど、今はもう身近な人にチョコを贈り合う日みたいになりつつある。
 俺がまだ手をつけていない方のチョコをぼんやり眺めている間に、おばちゃんはいつの間に懐から赤いリボンまで出してきて可愛らしく包みを整えていった。
「さ、暗くなる前に帰った帰った!今日は銭がいつもより重たいんだから気をつけるんだよ」
 おばちゃんはそう言って、ばしん、と俺の背中を叩いてきた。
 そして次の瞬間には俺は団子屋の外に押し出されていた。

 ◇

「つってもな〜
 おばちゃんの忠告通り、命より大事な銭袋を『きり子』の着物の中に隠して両腕でしっかりと抱えながら、俺は学園への帰り道をひとり歩いていた。予定よりもかなり早く団子屋を出られたからこれなら明るさの残る夕暮れのうちには学園に着けそうだ。
 ……銭はもちろん大事だけど、今の問題はこのリボン付きのチョコだ。
 正直乱太郎としんべヱの二人に『友チョコ』として渡して半分ずつ、ってのが一番無難な気もする。なんで一個しかないんだってなるだろうけど、そこはまあ、ドケチのご愛嬌だ。あの二人なら笑って許してくれるだろう。
 だけどそれはなんか違う気がした。おばちゃんに先生の話を出されたからってのもあるけど、それだけじゃないと思う。だけどそれがどうしてかはわからない。
………。」
 とりあえず一度チョコを着物の中に戻して、さっさと学園に戻ることにした。この時期は陽が落ちるのも早いし、あんまりモタモタしているとチョコも溶けちまう。そんなのはもったいなさすぎる。
 すると、
「お〜〜い、きり丸ぅ〜〜!」
 俺が向かおうとしていたその先から、聞き馴染みのある声がした。……土井先生だ。
 先生は俺がその声に反応したのに気づくと、小走りでこちらへ駆け寄ってきた。
「用事が予定よりも早く終わったから迎えに行こうとしたんだが……すまん、そっちももう終わってたんだな」
「いや、僕が天才アルバイターすぎていつもより早く終わったので!」
「お前な〜
 先生はいつものように胃を押さえながら、少し涙ぐんだような目でため息をつく。
 そのままやれやれといった顔のまま、どこからか綿入りの小袖を取り出し俺の肩へそっとかけてきた。
「え」
「そんな薄着じゃ冷えるだろ。ほら、早く帰るぞ」
 そう言いながら今度はいつものように穏やかな笑顔で、ゆっくりと歩き始めた。
……ありがとう、ございます」


 先生とたわいもない話をしながら、いつもよりどこかゆっくりと学園への帰り道を歩く。
 ……なんとなく、この時間が終わらなければいいのに、なんて柄にもないことを思ってしまった。
 もちろんそんなわけもなく、やがて学園の門が見えてくる。
 あのリボン付きのチョコも、まだ着物の中に入ったままだ。

 ……別に、先生に渡すなんて決めたわけじゃない。
 というか乱太郎たちに渡す方が絶対無難だって、そんなのはわかってる。
 ………でも、それじゃやっぱり違う気がする。なんでかわからないけど。
 それにおばちゃんも言ってた。お世話になってるから渡せばいいんだって。
 だから、深い意味なんて、ない。
 ……先生に渡せば、いいだけだ。

 学園の門をくぐったら、きっともう渡せない。
 そう思ったら、足が止まった。

「きり丸?」
 俺が急に立ち止まったのを見て、先生も足を止める。
 そして不思議そうに、だけどまっすぐにこっちを見てくる。

 もうここまできたら、やるしかない。
 少し震える手で、俺は着物の中からリボン付きのチョコレートを取り出した。

「こ、これ………、バレンタインの、チョコレート……、です。」
 俺はうつむきながら、先生にチョコを渡すというよりほとんど押し付けるように差し出した。
 先生もその勢いのまま受け取ったようなので、俺はすぐに手を離した。
 ……恐る恐る先生の顔を見上げると、先生は目と口をわずかに開けたまま、ぽかんと固まっていた。

「あ、あの、違いますからね!?団子屋のおばちゃんが、きりちゃんはどうせ渡すチョコなんて用意してないからお世話になってる人に渡したら〜って……。あ、そ、それで!いつも迎えにきている人に渡したらどうだーって!」
 ……いつも余計な一言を言うこの口が、今日はいつも以上に勝手に回っていた。
 顔に一気に集まった熱も、心臓の音も、どちらもおさまりそうにない。
 もう一度先生を見上げてみれば、さっきの表情と体制のまま少しも変わっていなかった。

 そのまま沈黙が流れる。

……あの、先生?」
 俺の声に先生ははっとしたように瞬きをして、ゆっくりとこちらを見つめた。どうやら我に返ったらしい。
 俺もこれ以上この空気に耐えられる気がしなくて、誤魔化すみたいに口を開く。
「先生、早く戻りましょう」
 そう言って一歩踏み出した、その時だった。
 目の前に先生のチョコを持っていない方の手がすっと差し出される。
 まるで学園への進路を塞ぐかのように。

「え」

 俺の足が止まったのを確認すると、先生はまたすっと手を引っ込めた。
 それから今度は片膝をついて俺と目線を合わせてきて、さっき俺の目の前に出された方の手で今度は俺の頭を緩く撫でてくる。
 先生の顔を見ればいつもの優しい笑顔のはずなのに、なんだか少しだけ知らない顔に見えた。

……チョコ、ありがとうな。きり丸。……どうして、私に?」
「それは……。」
「乱太郎達に渡そう、とはならなかったのか?」
「いや、なりましたよ。最初はそうするつもりでしたし。……でも、それはなんか違う気がして……
………それは、どうしてだ?」
 そう、それがずっとわからない。おばちゃんに先生に渡したらって言われたから、てのはあると思う。けどそれだけじゃない気がする。
 さっきから〝それ〟がずっと胸の奥に小さなトゲのように引っかかっている。そしてそのトゲは、こうして先生にチョコを渡してもなくならなかった。

 もう一度先生の顔を見れば、先生は「ん?」とやわらかく笑って、俺の言葉を待っていた。
 何も急かさず、俺の言葉をただ待っている。

 その笑顔を見た、その時だった。

「あ!」
 思わず声が出た。
「どうしたんだ、きり丸?」
「思い出しました、先生!この間撮影ありましたよね!撮影!」
「さつ……えい?」
 先生はさっきまでの笑顔を完全に引っ込めて、今度は目を丸くしている。まるで全然考えてなかったことを言われた、って顔だ。
「お前達が五年生と一緒だったやつか?」
「そっちじゃなくて、先生も参加したやつです!利吉さんや雑渡さんも一緒だった!」
「あっ………たな、そんな撮影も」
 先生が言った五年生の先輩方と一緒だった撮影とは別に、もう一つよくわからない撮影が同じ頃にあった。その撮影は乱太郎としんべヱ、土井先生に利吉さん、そしてあのタソガレドキの雑渡さんという正直よくわからないメンバーでの撮影だった。

それで、その撮影とやらがどうしたんだ?」
 先生はもう驚きっていうより、困惑した顔で俺を見ていた。
「先生、その撮影が終わった後の写しって見ました?」
「お前達や利吉くんのと、あと一応、雑渡さんのも見たが……自分のはあまり見ていないな」
「それですよ!」
 俺がびしっと先生を指差して言えば、先生は「人に向かって指を差すんじゃない」と注意しつつもいよいよ困惑を通り越して俺が何を言っているのかわからない、という顔をしていた。

「あの時の先生、銭の形のチョコ持ってめちゃくちゃ笑ってましたよ! ……自分で気づかなかったんですか?」

 先生は最初、きょとんとした顔で俺のその言葉を聞いていた。だけどすぐに、何か思い当たることがあったのかはっとしたように少しだけ目を見開いた。
 そしてみるみるうちに顔が赤くなっていく。

 ……まあ、そりゃそうだ。
 大の大人が銭の形のチョコを持って、あんなに嬉しそうにしてたところを堂々と写されたんだから。
 いくら土井先生でもそりゃ恥ずかしいだろうな。少し今更な気もするけど。
 でも俺が言いたいのはそういうことじゃない。

「だから、先生」
 俺はさっきまで俺の頭を撫でていた手を額に当てて、小さくうなだれている先生に向かって声をかけた。
 先生はそのまま指と指の隙間から目だけをこちらに向けてくる。

 さっき、俺の言葉を待っていた先生の笑顔を見たとき。胸の奥に引っかかっていたトゲのようなものがすっと消えた気がした。
 その時やっと、先生にチョコを渡したかった本当の理由がわかった気がした。

 俺は、それをそのまま口にした。

「先生に……またあんな顔で笑ってもらえたら、嬉しいって思って、このチョコを渡しました」

 …………そう言いきって、いよいよ限界だった。
 もうこれ以上は恥ずかしくて、先生の顔も見ることができない。
……さ、先戻ります!」
 ほとんど捨て台詞みたいにそう言って、俺はそのまま学園の門へ向かってひとり駆け出した。
 先生も恥ずかしかったのか、追ってくる気配も呼び止める声もなかった。……助かった。
 そのあと学園の門で出迎えてくれた小松田さんにも、部屋にいた乱太郎としんべヱにも「顔真っ赤だよ! どうしたの?」なんて言われた。

 ◆

 きり丸はひとり、学園の門へ向かって駆け出していった。その小さな背中があっという間に遠ざかっていく。
 やがて門の方から小松田君の少し慌てたような声が聞こえてきた。どうやら無事に門をくぐったらしい。
 ……追いかけることも、呼び止めることもしなかった。いや、できなかった。
 とてもじゃないが、今の私の顔は十の子供には向けていいようなものではなかった。

 先程きり丸には、例の撮影のあとは自分の写しは見ていないと言った。あれは嘘だった。
 私は、きり丸が言った通り銭の形をしたチョコレートを手に満面の笑みを浮かべている自分が写っているのをしっかり確認していた。
 きり丸はあのチョコレートを見て私が嬉しそうにしていた理由を、チョコレートが美味しそうだったからとか、それを貰えて嬉しかったからだとか、そのあたりを考えているのだろう。……そうではない。
 私はあの撮影の時、『銭の形』をしたチョコレートをみてきり丸の顔を思い浮かべていた。……だから、あんな笑顔になってしまっていた。
 勿論バレンタインが近づいていたからとか、そのうえ渡されたのがチョコレートだったからとか、理由はいくらでもこじつけられるのかもしれない。
 だが、それでもただ『銭の形』をしていただけで、あの時の私はそこまで思い至ってしまっていた。
 ……もう手遅れだ。

 休みに入る前、学園の門で「一緒に帰ろう」と声をかけたあの時から。暮らしを共にし、同じ時を過ごすうちに、きり丸は本当の意味で私に『帰る場所』を与えてくれた。
 そして、「一緒に帰ろう」と、私を過去の暗闇から導いてくれたあの時。身も心も、そして銭という命すらも削られていたのに、私に会いたいという一心で私に会いにきて、声をかけてくれた。
 最初に私から声をかけた時点で、もうどこか目が離せない存在だったのかもしれない。
 だが、ドクタケでのあの時から。私の中で何かが決定的に変わってしまった。
 あの時から、「気にかける」といった耳障りのいい綺麗な言葉では誤魔化しきれない感情が混ざってしまった。
 私はもう、きり丸を手放せなくなっていた。

 ……そして今日の〝これ〟だ。
 あんな顔であんな言葉を向けられてしまって、おまけにチョコレートまで渡されてしまっては、もうどうしようもない。
 ただでさえ手放せないというのに、ますます手放せなくなってしまった。
 ……きっとこれからも私はきり丸の一挙一動に振り回されて、ますます手放せなくなっていくのだろう。

 私ときり丸は、同じような育ちをしていても、結局のところ赤の他人同士だ。
 教師と生徒という関係すらも、学園の門をくぐりあの長屋に共に帰ればそのかたちは曖昧なものになる。
 家族でもない、赤の他人同士の、まだ何の名もついていない関係。
 だからこそ、どんな形の関係にもなれるはずだ。
 ……もっとも、私が望む形に辿り着くにはまだかなり遠い道のりになるのだろうが。
 だが、まだ時間ならある。


 そういえば、南蛮のどこぞから持ち込まれた風習はバレンタインの他にもう一つあると聞いたことがある。「ホワイトデー」とかいうやつだ。
 このホワイトデーは、バレンタインで女性からチョコレートを貰った男性がその女性にお返しで甘味などを贈る日だそうだ。
 ただ、どうやらそのお返しは「三倍で返す」という俗説があるらしい。

 先程のきり丸の様子を見る限りでは「三倍返し」のことは頭になさそうではあった。が、ドケチなあの子のことだ。後からどこかでその話を聞きつけて、何か言ってくるかもしれない。
 ただ、きり丸はドケチではあるが、無条件に何かを求めてくるようなことはほとんどない。むしろこちらが「あげる」と言っても、本当に欲しているものほど拒もうとするきらいがある。
 あの子は、幼い頃から失うことの恐怖や辛さを知っている。その育ち故なのだろう。

………三倍で返す、か」

 だからこそ、私は──もっと与えてやりたいと、思ってしまうのだ。

 ……まあ、与える理由ならたった今できた。
 むしろ三倍で足りるだろうか。

 きり丸から渡されたリボン付きのチョコレートを、もう一度見つめ直す。
 それをそっと懐にしまった。

 来る月のことを、ほんの少し思い浮かべながら。
 私は立ち上がり、先程きり丸がくぐっていった門へ向かって歩き出した。