裏波
2026-03-05 11:02:56
1555文字
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月に飴

CoC6版「私立花ヶ丘高校秘密俱楽部」セッション後日談のあと、病室で母親との会話のはなし。

病室は、夕方の光で薄く染まっていた。

白い棚の上に置かれた果物かごを、満月はぼんやりと見る。
その横には、和菓子の焼き物と、小さな花束。

つい先ほどまで新聞部の面々がここにいた。

「あら、和菓子の焼き物に綺麗なお花。あとでお礼を言わなくてはね。ふふ、お母さん大好き。満月も食べるでしょう?」

母は楽しそうにそう言って、椅子に腰を下ろすと、包みを開けて焼き菓子を一口、放り込んだ。

「ほら、満月も。美味しいわよ~」

差し出されたのは、食べかけ。

……別に、お腹すいてません」

「やだ~反抗期? もう、お腹すいてなくても食べて、ちゃんと持ってきてくれた方に美味しかったよって伝えなきゃいけないのよ~? お礼も忘れずにね」

そう言いながら、無表情の満月の頬を横にぐいぐいと伸ばす。
母はにこりと微笑む。
満月は抵抗もせず、そのまま視線だけを逸らした。
その様子にくすりと母は笑い手を離す。

「おじい様からね、言われたわ。お仕事でもないのに刃物を持ち出すなんて、って。も~お母さんもひやひやしたわよ~~。こんなの警察にばれたら、大好きな満月のこと守れなくなっちゃうわ」

ころころと笑う。

「でも、満月は人助けしたんでしょ? だからおじい様にお母さん言ってやったわ。お友達とお料理会する予定だったけど、包丁が足りなかったから仕方なく持ち出したのよ!ってね。ふふ、おじい様お目目真ん丸でかわいかったわ~」

……あまりに突拍子もない。
呆れて言葉を失っただけでは、と満月は思う。
けれど、言ったところで意味はない。
だから黙っている。

しばらくの沈黙のあと、満月は静かに言った。

……でも僕は、暗殺の依頼ではないのに、人は殺しました」

母は一瞬だけ、笑みを消す。

「そう」

視線を逸らさず、満月を見る。

「それは、暗殺の依頼じゃなくても、人の命を奪うことはあってはならないことよ」

「はい」

短い返事。
数秒の静寂。
そして母は、いつもの調子で続ける。

「でも流石プロね~。実は今回、依頼が来ていたのよ。お仕事ありがとうございました」

そう言って、黄色い飴玉を一つ、掌に転がした。

それが嘘だということもわかる。
幼いころ、訓練や“お仕事”が終わるたびに、「お疲れさま」と渡された飴玉。

もう子供ではないのに。
それでも、満月は黙って受け取る。
掌の中で、小さな硬さが確かにある。

母は、握りしめた手をゆっくりとつつむ。

「刀、お友達の方、みんな優しくてよかったわね。おじい様のせいにしちゃいなさい。今のうちよ~。生きているうちに何でも言っておかなきゃ。ふふ。お父さんもね、ああ見えて心配しているのよ」

どうだろうか。
後継者がいなくなったら困るだけではないか。そう思いかける。
けれど、自分が継がなかったとしても、“八芒”は続く。

途絶えることはない。均衡がある限り。
八芒満月は、それを理解している。

「さ、そろそろお夕飯の準備もしなくちゃ!お母さん、もう帰るわね。あと何かほかに必要なものがあったら言いなさい?ゆっくり休むのよ」

慌ただしくしながら、退出する母を見送る。
先ほどとはうって変わって、病室は静寂に包まれた。

包み紙を剥がし、飴玉を口に入れる。
静かな甘さが、ゆっくりと溶ける。
窓の外、薄い雲の向こうに月の輪郭。

……甘いですね」

誰に向けるでもなく、そう言って。
満月は、空を見上げていた。


◆補足◆
満月の母親は、毎日寺に行き、「満月の罪は母親の自分である。どうか地獄に連れて行くなら母親の自分を」と祈ってる人。
「この子の業は私のものです」
「どうか報いを受けるなら私を」
という“業の肩代わり”をしている人。