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ながひさありか
2026-03-05 00:42:52
3886文字
Public
STR-Phaidei
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紙のはこぶねと月
自認がノンケ×ゲイ/モデル仲間/行きつけのバーで仕事の後輩を発見して声をかける/倫理的に正しくない描写があります。
ストレートは相手にしない、とはっきり言われたのははじめてのことだった。
行きつけのバーはどちらかというとバイセクシャルの人が多く、単純に飲み友達を探している人も多かったから余計にかもしれない。僕は完全にストレートのくせに(くせに、と言ってしまうのは、オーナーの知人じゃなかったらあんた許されてないよ、と結構な回数笑顔なしで忠告を受けているからだ)、飲み友達を探してここに出入りしていて、常連客が言うには、僕が泣かせてきた男は両手の数では足りないらしい(念のため言っておくと、ストレートなので友人以上は無理だよと声をかけてくれた人には最初から宣言している)。
話を戻そう。そう言う前提で、モーディスと友人になりたくて声をかけたのだ。彼はモデル業界ではそれなりに名前の知られはじめた男で、歴だけでいえば僕の三年後輩にあたるが、近頃は同じ雑誌に掲載されたりしている。まあ当然だろう、この顔と体だ。人気が出ない方がおかしい。先日はじめて仕事で絡んだけど、全身にタトゥーを入れているくせに僕以上に真面目で、スタッフ全員に穏やかな対応をしていた。逆になんでそんな誤解されるような格好を? と疑問が上るけれど私服を見る限り、ただ単に好みなのかもしれない。
——
と、鼻筋の通った横顔をカウンター席の隣から眺め、視線を少しずつ下げていく。薄手のシャツが見事な胸筋を浮き上がらせているし、裾さピッタリとしたレザースウェットのギリギリ上に設計されているのか、腹筋と鼠蹊部が覗いている。誘ってるのか? いやそりゃそうか。そう言う店なのだし。
冷やかしなら帰れ。不躾に眺めていると、小さく舌打ちが落ち、鬱陶しそうな金色の視線が僕に向けられる。
いやいや、これでも月に二回は来てるさ。君こそ今日が初めてだろ?
……
違う。たまたまお前と会わなかっただけだ。互いにカウンター向こうに顔を向ける。オーナーがそうそう、と頷いていた。なるほど、どうやら本当に、たまたま会ったことがなかったらしい。
そう言えば、インタビューで酒は好かないとか言ってなかったっけ? ショートカクテルと思しきグラスで唇を濡らしているモーディスに尋ねると、ノンアルだ、悪いか、と何故か不貞腐れたような声が落ちる。
目的違いで店に来るお前よりマシだろう。
——
とか言ってるけど、選り好みが激しくていつも一人じゃない。そもそも普段は話しかけるスキも見せてないし、ってことはファイノンのことは嫌いじゃないんでしょ。
……
余計なことを言うな。
オーナーとモーディスの会話に、ふぅん、と思わず口角が上がる。
なら何かの縁だろ、そんなに僕を邪険にしなくたっていいじゃないか。飲み友達が欲しいんだよ。
笑って会話を続けようとした僕に、モーディスは何故か真面目な顔で、俺は酒は好かん、お前の目的と合致しない、と天然なのか冗談なのか、本当に僕を追い払いたいのかさっぱりわからないことを言う。
ノンアルで金払いのいいお客さんって大好き。だって一番面倒くさくないから、とオーナーが鼻歌混じりにチーズをカットしている。確かに! でも僕は酔って迷惑かけたことないけどな。大人ならそれが普通でしょ。それも確かに。
話がずれたけど、まあとにかく仕事仲間のよしみってことで、今夜はこのまま一緒に飲もうじゃないか。選り好みが激しい、ってことは、別に一人で飲みたいわけじゃないんだろ?
……
都合よく解釈する男だ。へぇ、図星だろ。君ってそう言うの素直に肯定できなそうだよな
——
ってそんな怒った顔しても美人だから迫力ないよ。いやあるでしょ。そう? 仕事で迫力のある美人を見慣れてるからかな。あんまりピンとこない。ヘアメイクさんもスタイリストさんも珍しく興奮してたのは知ってる。言われただろ? 喋りすぎだ。いやほら、最初に言ったと思うけどな。飲み友達を探してるんだって。そりゃ会話を続けようとするだろ?
僕は美人に目がないと言えば誤解を生みそうだが、こんな仕事をしているのだから、当然美しい人もものも好きだ。機会があれば話してみたいなと思っていたわけで、こんなプライベートな機会を逃すわけにはいかない。
二杯目は奢るよ。会話料だと思ってくれていいからさ。フン、安すぎる。あ、言ったな。じゃあ一番高くつくやつでいいよ。ノンアルにあるのか知らないけど。
——
そんなくだらない話をして、なんだかんだモーディスが絆されてくれたことまでは覚えている。二杯目どころか三杯四杯とグラスを空けることになり、四杯目で少しくらいなら付き合ってやってもいい、とモーディスが口にし、オーナーのおすすめのカクテルを作ってもらった。モーディスの瞳の色のような、琥珀に輝く金色の酒が綺麗だった。
それは大した強さではなかったけれど、美味しすぎたからか、ちょっと早いペースでお互いに飲んでしまったことは覚えている。酔ったのなら帰れ、とカウンターに片肘をついてぼーっとモーディスを眺めている僕に、モーディスが小さな声で言う。その声も表情も、もう、最初のトゲトゲしさは無くなっていた。
ん〜〜〜、君が帰るなら。多分、そんなことを言ったのだろう。仕方がなさそうにモーディスは支払いを済ませて席を立つと、僕の腕を掴んで「タクシーに押し込んでくる」とオーナーに言った。オーナーは珍しいものを見るように瞳を見開いてから、にっこり笑ってよろしく、とモーディスに向かってウィンクをしていた。店のドアを出て、地下から地上への細い階段を引きずられるように上る間、僕はモーディスのシャツとボトムの隙間の素肌がずっと気になっていた。
あのさ、ちょっと触っていいか? 答えを待たずに隙間に指を滑らせる。びくっ、とモーディスが震えて、小さく声を上げた。貴様っ!? 振り返ったモーディスの顔が赤い。それが一杯しか飲んでいないのにもう回っているのか、本当に恥ずかしがっているのかはわからない。
——
わからなかったけど、その表情がやたらと色っぽく見えたのは確かだった。
くそっ、この酔っ払いが。悪態をつくモーディスの吊り上がった眉と眦の力強さが綺麗で、先日の仕事でもカメラ越しにこっちを睨みつけるような表情が一番いいってみんなも言ってたっけ、とそんなことを思い出す。
おい、と慌てたように声を上げたモーディスの反応は本当に意外だった。鍛え方が違うからか僕が着痩せするタイプだからなのか、モーディスは路地裏の壁に背中を押しつけられている事実に困惑しているようだった。もちろん、互いにものすごい力で抵抗していたわけだけど。
——
なんでだろう、君にキスがしたくてたまらない。
学生時代に罰ゲームで友人とキスをしたことはあったから、別にこれが初めてと言うわけでもない。だから躊躇や違和感がなかったのかも? となると、たまたま今まで恋人が異性だっただけで、実は僕ってどっちも大丈夫だったのか。
いたっ。
………
舌、噛むなよ。お互い商売道具だろ。
僕の指摘に、明確にモーディスが怯む。確かにそうだ、と気まずそうに視線を逸らしたモーディスの下唇は、僕の唾液で濡れていた。車道を車が走り抜けるたびに、ライトが路地に差し込み、てらてらとモーディスの濡れた唇を強調している。
近くのホテル知ってるけど。
モーディスの剥き出しの手首にそっと触れ、手の甲に指を這わせた。ここでは飲み友達を探していたけれど、ここがダメなら、次の店に行って遊ぼうかな、と思っていた。いつも大体そうしていたから。
どうする?
…………
。答えないならイエスってこと? でも僕、無理強いは趣味じゃないんだ。
選り好みが激しくて誰にも話しかけるスキを作らない。それって多分、僕が聞いちゃいけない情報だったんだろうな。
モーディス。
手の甲に浮いた血管をゆっくりとなぞり、何故か俯いてしまった顔を覗き込む。前髪が目許を隠しているのが邪魔だ。髪を鼻先と唇でかきわけ、頬に唇をそっと押しつけた。触れている手が微かに震えて、っ、と小さく声が漏れる。酔ってるなら帰れ? まさか。酔ってないよ。フリをしたら君は構うんだろうな、とあの短時間で確信したんだ。
したこともないくせに誘うな。僕の手を振り解き、胸を押し返してくるモーディスの唇に唇を重ねて、もう一度体を壁に押し付ける。こんな全力で力比べするようなキスってしたことないな、とそれはちょっとおかしい。
やっぱり問題なさそうなんだよなあ。そう、キスの合間に情緒のないことを考えていた。
外がいいなら僕はこのままでもいいけど。
頬に頬を擦り付けるように近づいて、耳許で囁いた。指先をボトムの端に引っ掛けながら、耳朶にキスをする。予想通り、いい匂いがする。撮影時、モーディスが隣を抜けるだけでいい匂いがしていたから、もしかするとその時からずっと気になっていたのかもしれない。
揶揄うのもいい加減にしろ。何度目かのキスのあと、うんざりした様子でモーディスが口にした。いや? 冗談でこんなことできるわけがない。
わからないことは君が教えてくれよ。代わりに、望み通りにしてあげられるから。
硬く閉じた膝頭にキスをして、ね? と首を傾ける。シーツに広がった麦畑のような美しい髪をそっと撫でて額にキスを落とし、ゆっくりと体に触れていると、段々と彼の体温が上がっていくのが手のひらの下でわかる。
赤い波のようなタトゥーが、しっとりと汗の浮き始めた皮膚の上でより一層美しく揺らいでいた。
綺麗だ。
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