悠環 彰
2026-03-04 23:24:11
3007文字
Public MCU:サム関連
 

Excursion

ステサムワンダとブルックリン。
ちょっとした小旅行のお話。

※ミニイベント【#月いち36の日】掲載作



「お、スティーブ」
 新たな体制とチーム編成でアベンジャーズとしての活動を初めて少し。日々入ってくる様々な情報や危機予測、そして未だ個人的に追い続けているバッキーについての情報など多くのデータや資料と向き合い、その傍ら今現在のメンバーの個々人のスキルアップや連携などの訓練でスティーブは忙しい日々を過ごしていた。先程も各地に残るヒドラの置き土産や残党についての報告に目を通していたところだったが、流石に慣れぬディスプレイとのにらめっこに辟易し、気分転換にと部屋を出た。
 取り敢えずコーヒーでもと共用のキッチンスペースに足を向けると、そこには先客がいた。
「どうした」
「いや、コーヒーでも飲もうかと思って」
 隣接の談話スペースのソファに腰掛けていたサムは、スティーブの顔を見るなり声をかけてくれた。目的を告げつつケトルの方に視線をやれば「任せろ」といって立ち上がる。
「いいよ、自分で淹れる」
 すぐに行動の意図が分かって首を振るが、サムはいいからと肩を叩いてテキパキとケトルとドリッパーを用意し始めてしまう。
「ええと……ここ座る? キャプテン」
 そんなサムの背後で立ち尽くしまごつくスティーブをソファにいたワンダが呼ぶ。何度か視線をうろつかせて、最終的にひとつため息をついて頷くとその隣に腰を下ろした。ローテーブルの上に置かれていたクッキーを「どうぞ」と差し出されたので、ありがとうと返して口に運ぶ。砂糖とバターの味がじわりと脳に回り肩から力が抜ける。
「サムとワンダはここで何を?」
「え、何って言われても、うーん」
「ちょっとした息抜きのティータイムだよ。あとは世間話」
 少し困った様子のワンダにサムの助け舟が飛ぶ。なるほど、二人は出会ったばかりだからこうして休憩を兼ねてコミュニケーションを取っているのだろう。たぶん、サムから声をかけたのだろうなと容易に想像がついて頬が緩む。
 しばらくしてほらどうぞとマグを差し出されて、礼を言いながら受け取る。口をつけてほっと息をつくスティーブの隣にサムが腰を下ろし、クッキーを一つ口に放り込んだ。
「そういえばさ」
 ポツポツとそれぞれが距離感を測りかねるテンポで当たり障りない会話をした後。ふとサムが話を変えた。
「俺、ブルックリンってあんま詳しくなくてさ」
 唐突に故郷の話を出されて思考が止まる。
「スティーブ、明日ヒマ?」
「明日? まぁ……暇と言えば、暇……なのか?」
「車出すから、ブルックリンの観光案内してくれよ」
 はぁ、と間抜けな声を漏らすスティーブに、イタズラっぽい笑顔が返る。
「観光案内って……今のブルックリンには詳しくない」
「ん、あー、それもそうか。アンタ、七十年氷漬けだったんだもんな」
 昔のブルックリンとて観光案内しろと言われて出来るかわからないが、現代のブルックリンなんて更に難しい。もちろん昔の面影を残しているところもあるだろうが、スティーブが覚えている故郷とは全く変わっている場所も多い。
「じゃあ、お互い初心者のつもりでうろうろしようぜ、散歩気分で」
「えぇ……?」
「ワンダも来るか?」
 両手でマグを抱えて黙り込んでいたワンダが、急に声をかけられて肩を跳ねさせた。そして、うろうろと視線を彷徨わせてからスティーブとサム、それぞれを見る。
……いいの?」
 戸惑ってはいるようだが、興味もあるという視線。サムはもちろんと声を弾ませ、両手を打ち合わせる。
「こっち来てろくに観光もしてないだろ。ちょうどいい」
 じゃあ明日、と笑顔で言い放って彼はマグの残りを飲み干すと談話スペースを出ていく。どうやらなし崩しに郷帰りをすることになったらしいスティーブは、手元のマグの中身が冷めるまで呆然とした心地でソファに座っていた。
 そして翌日。サムの運転する車にスティーブとワンダが同乗し、一路ブルックリンへと出発した。基地にいた他のメンバーにも声をかけたが、突然決めたスケジュールに予定が合わず残念ながらヴィジョンは不参加となってしまった。ナターシャはお土産よろしくと抜け目なく笑いながら片手を振って三人を見送った。
 スティーブは一応基地からブルックリンまでの経路を記した地図を持ち込んだが、既にサムが自力でルート決めをしていたようなので口を出す隙はなく、ただ助手席に座って他愛ない話をするばかりだった。途中少し休憩をとりながら、三時間足らずでブルックリンへ到着する。
「まずは腹ごしらえからだな」
 少し回り道をしてブルックリンブリッジを通り、街中のレストランでバーガーを頬張った。建物の壁に描かれたアートなどに目を奪われつつ、当て所もなく街を散策。途中で気になる店を見つけては寄り道をする。サムが引っ張っていくこともあれば、ワンダが視線を取られたのに目ざとく気づいて入ることもあった。
「これとかどう?」
「へぇ、いいな。どうだよ、スティーブ」
 古着屋ではワンダとサムに着せ替え人形にされたりもした。ファッションのことはわからないが、明らかに悪ふざけと取れるような柄シャツが出てきたり、かと思えばオールドスタイルのシックなジャケットをあてがわれたり。散々物色したが、結局買い物をしたのはワンダだけだった。
 一通り歩き回って、少し早めのディナーを食べるためにレストランへ。先程の古着屋でおすすめと聞いた店だ。それぞれに気になるメニューを注文し、ワンダが頼んだスイーツのおすそ分けをもらう。昔ながらのレシピで作られたというパイは少し懐かしい味だった。
「すっかり寝ちまったな」
 帰り道の車内。後部座席に一人座ったワンダはすぐにうとうとと船を漕ぎ始め、いつの間にか寝入ってしまった。最初はおとなしかったが、段々と遠慮がなくなり賑やかな町並みにはしゃいでいたので疲れたのだろう。
「ありがとう、サム」
 ごうごうと車の外を通っていく風の音だけが響く静かな車内。スティーブがぽつりと告げると、ちらりとこちらに視線を向けたサムの顔が、道路脇の明かりにさっと照らされる。
「何の話?」
……いや、なんでもない」
 わざとらしくはぐらかすから、それ以上は言わなかった。そうか、とサムも相槌をうち、そして少しだけ笑った。
 ここしばらく、スティーブは色々なことを抱えすぎて煮詰まっていたように思う。だが、二人に引っ張られるようにしてブルックリンを回るうちに、スティーブは不思議と笑っていた。いい気分転換になったのだろう。ワンダとも様々な話をして、少し打ち解けられたと感じる。
「運転、疲れないか。途中で変わろうか」
 提案を、彼はやはり笑って退ける。
「これぐらいなんてことないさ。D.C.よりは近いし、実家へはもっとかかる」
「へぇ?」
「暇なら、寝ててもいい。ついたら起こすよ」
 一瞬だけ、どうしようかと考えた。だが、ゆるりと首を振る。
「君と、話をしていたいな」
 他愛ない、世間話を。
「まずは、君の故郷の話とか」
 少し困ったように笑う横顔が一瞬だけ明かりに照らされた。
「別に、面白いことなんてないぞ」
 そう前置いて、ポツポツと話し始める。基地までの長くはない時間、静かに語られる彼の故郷の話に耳を傾ける。その心地よい空気に浸りながら、いつか、サムを生み育てた故郷にも行ってみたいなと少し思った。