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だま
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エムルク
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02:愛する方法とその実践について
エムルク/連作
確かに昔はよく想像していた。ある日、運命の相手と真実の恋に落ちるのだろうと。永遠に続く愛を誓い合い、なにも疑うことも不安に思うこともなくひとつになるのだと。
そんなものはおとぎ話にすぎないと、友人たちは笑った。特にヨハナの言い様ときたら!
彼らの言葉を無視してエムリックはずいぶんと長い間、誠実で持続的な愛を求めてきたが真実の恋も永遠の愛も存在しないのだと(少なくとも自分の手には入らないのだと)いまでは理解していた。
はずだったのだが。
ルークが生真面目な顔でエムリックを見ている。
ちらりと見える白い首筋には火傷の痕だけでなく、皮下出血の赤い花がいくつも咲いている。昨夜のできごとが現実だったという証拠だ。エムリックはなるべくそこを見ないようにしながら、新しい恋人を見返した。
「教授?」
「その呼び方は止してくれ、ダーリン。生徒相手に不貞を働いている気がする」
「じゃあ、エムリック。恥ずかしいことに俺はその、こういったことの経験がない。どうすればいいのか教えてもらわないと
……
」
初めてキスをした時にも驚いたが、ルークは本当にいままで交際をしたことがないらしい。二十歳になってすらいないように見えるが、ハーディングいわく二十代半ばかそれより上だという。普段の立ち居振る舞いを考えると納得できる年齢だが、それにしてもその歳まで一度も浮いた話がなかったというのはエムリックにはなかなか理解しがたいことだった。
なぜならルークはほとんど破滅的ともいえる魅力を持っている。容姿ひとつとってもそうだ。人によっては彼の顔を覆う火傷の痕を厭うかもしれない。だが、それはルークの涼やかな視線や、整った目鼻立ちを一切損なわせてはいなかった。むしろそのすべてがあるべきところにあると感じられる。少なくともエムリックにとっては。目を惹かれずにはいられないほどの完璧さだった。なのに誰も彼に誘いかけたりしなかったのだろうか。
ふと気になって、エムリックは質問を口にした。
「今まで誰かを好きになったことはあるのか?」
「ない」
「
――
そうか」
だらしなくほころびそうになる頬に力を入れ、エムリックは努めて自然に見えるように笑みを浮かべた。
「私を選んでくれて嬉しいよ、ルーク」
本当に、心からそう思う。
エムリックは暖炉の前まで椅子を移動させると、座り心地のいい方へルークを座らせた。さて、どこから始めるべきか。
「私たちの関係性はわかっているかね」
「恋人同士?」
「その通りだ、愛しい人。私たちは互いを大切にし合わねばならない。まあ、できる範囲でいい」
やり過ぎると束縛になる、と言うべきか迷ったがエムリックは言葉を濁した。そもそも自分たちの関係性の始まりからして束縛という行為を否定できない。互いに互いを引き留めようとしているのは健全とは言えないだろう。
エムリックは言葉を重ねる代わりにルークの手を取り、指と指を絡めて握った。
「付き合い方は人それぞれだ。私の場合はふたりで居られる時は、できるだけ触れあっていたい」
「わかった。つまりこうして触ったり、キスをするのが好きなんだな。ちなみに触られるのと触るのはどっちが好きだ?」
「そうだな、お前が触ってくれるなら嬉しいと思うだろうな」
ルークは少し考え、自分の椅子をエムリックに近づけた。互いの膝が触れあい、今まで見たことがないほど優しい表情をして、ルークはエムリックのもう片方の手を撫でた。彼の指先が当たると魔法を使った時のような、皮膚の下で小さな泡が弾けるような、ぴりぴりとした刺激が走った気がした。
エムリックの反応を窺って、ルークはなにか得心したらしい。握ったり擦ったりしながらも、目線はしっかりとエムリックの顔に注がれている。ただ触られているだけなのに、背筋が震えるほど気持ちが良い。
今までの経験上、てっきり相手から甘えられるものだとばかり思っていたのだが、ルークはエムリックを甘やかしている。それもおそらく無意識に。さらにいえばかなり的確に。
とても気持ちがいい。頭の芯から融けてしまいそうだ。
握った手に思わず力がかかると、ルークは首をかしげた。
「他には?どうすれば嬉しくなるんだ」
低くささやかれ、エムリックは間近にある恋人の顔をぼんやりと、夢見心地で見つめた。
奇妙なことにルークからは肉欲的な熱っぽさが感じられない。穏やかな愛情とでも言えばいいのだろうか、真心からエムリックを喜ばせたいと思っているようだった。
「私は
……
」
言葉に詰まる恋人を、ルークはのぞき込むように見つめ返した。櫛など入れたことのなさそうな絡み合った前髪が、ふわりと揺れる。
今までの恋人とはどう過ごしていただろうかと考えるも、ルークの優しい笑みを前にするとどれもが間違っているように思えた。煌びやかな食事も、街で過ごす豪奢なデートや、ベッドの上で過ごす熱い夜も、甘く愛をささやきあうことですら正しい答えではない気がする。
もちろん、ルークと一緒に豪勢な食事をすればいい思い出になるだろうし、ネヴァラをほとんど歩いたことがないという彼に街を案内するのも楽しいだろう。そしてベッドで
……
否、どうにもこの先を想像するのは難しい。ルークが相手になると思春期の頃に感じたような気恥ずかしさが湧いてくる。このことはしばらく考えずにいよう、とエムリックは思考に蓋をした。
そう、できればルークとは特別ではない普通の時間を共有したい。こうして触れあうのはもちろん大歓迎だが、本を読み、お茶を飲みながら話をして、時にはふたりで散歩をしたい。そしていつだってキスで愛を伝えたかった。でも、刺激がなさすぎてルークは嫌がるかもしれない。
退屈な男だと思われるのは怖かった。もしルークに飽きられてしまったら、エムリックにはなにも残らない。いまさら不死の儀式に挑めるとも思えない。
不安をごまかすようにエムリックは微笑んだ。
「私のことより、お前のことが知りたい」
「俺の?」
手を繋いだまま、ルークは考え込む。
「いまこうして一緒にいられるだけでも嬉しいけど」
「例えば、私が部屋で本を読もうと言っても?」
「ああ、それはすごくいいな。嬉しいし、落ち着くと思う。そういうことでもいいのか?じゃあいろいろあるぞ。一緒にマンフレッドが淹れてくれたお茶を飲むとか、薬草の買い出しに行ったり、本の整理をしてもいいかもしれない。それから大共同墓地の
――
」
エムリックはルークの膝に重ねた手を置き、楽しそうに話す恋人に、自分もまぶたを閉じずにキスをした。ルークが瞬きをする。その動作も、呼吸も、すべて逃さずにエムリックは味わった。
誰かが言っていた。運命の人なんて下手なロマンス小説だけの妄想だと。
(では彼は?彼の存在はどう説明するというんだ?)
角度を変え舌先で唇をなぞると、ルークはびくりと体を震わせてまぶたを閉じ、微かに口を開けた。舌を差し入れても抵抗はない。あたたかい口のなかを丁寧に舐めていくと、ルークの手がエムリックの背中に遠慮がちにまわされた。もう片方の手はエムリックに絡め取られたまま、膝の上で押さえつけられている。
一度唇を離すと、ルークが掠れた声で言った。
――
どうすればいい?
エムリックは彼の顔を撫で、再び口づけた。今度はルークがエムリックの口へおずおずと舌を侵入させる。探るようにゆっくりと、呼吸に合わせて舌を絡ませた。じゃれるように下唇を食み、やわらかく押し返す。熟れた果実のように熱く濡れた舌が、エムリックを絡め取る。
ルークの意外な才能にエムリックは思わず吐息をこぼした。自分が無条件に求められていると、そう思えるキスだ。激しさも欲情もない、驚くほど優しく拙い行為だが、精神的な充足を与えてくれる。
「ルーク」
「ん?」
なんとか顔を離し、エムリックは衝動的に問いかけた。
「いまさらだが、本当に私でいいのか?この先、お前がどれほど一緒にいてくれてもリッチダムになるのを諦めきれないかもしれない。それでも」
本当に運命の相手だと思ってもいいのかと、心の中で続けた。あまりにも身勝手な願望だ。
薪がはぜる。炎に照らされてルークの瞳に火が踊る。
「お前がリッチダムになっても傍にいるよ」
「本当に?」
「本当に。どんなエムリックでも一緒に居たい」
「ではなぜリッチダムにならないでほしいと言ったんだ?」
エムリックは甘くふわふわとした気分でそう訊いた。詰まるところこの質問は「私のどこを好きになったの?」という付き合いたてのカップルの会話にすぎない。何度だって理由を聞きたいのである。
それまで平然としていたルークは急に顔を伏せた。唯一見える耳が彼の心情を語るように、羞恥の色に染まっていく。
「お前が不死になったら、俺が死んだあと離ればなれになるだろ。俺は死後も一緒に居たい
……
いや、これはただのわがままだ」
不明瞭にもごもごと言われ、エムリックは理性を総動員せねばならなかった。
ありとあらゆることが初体験のルークに、恋人がバカげた質問をした上に、おおはしゃぎして抱きついてきたなんてまぬけな記憶を残したくはない。それでなくとも自分でも気づかないうちに愚かな行動をとっているだろう。ルークがいつか過去を振り返った時に少しでも良い思い出になっていてほしかった。
「エムリックこそ、俺なんかの言うことを真に受けて夢を諦めていいのか?」
「お前の言うことだから信じられるんだ」
抱きつく代わりにエムリックはありったけの愛情を込めて言った。ルーク以外の誰に同じ言葉を言われても、盲目的に信じることなどできない。ルークだからなのだ。彼以外、エムリックに死後も続く愛を想像させ、恐怖ではなく希望を抱かせるのは不可能だろう。
ルークは不意に眉根を寄せると、エムリックの顔を袖口でこすった。ごしごしと乱暴に拭かれる。
以前にもこうしてルークに顔を拭かれた気がして、エムリックはなぜだか懐かしい気持ちになる。いや、確かに昔同じことが
……
。
「すまない、俺の唾液がついていた。まだまだキスは練習が必要だな。魔法より難しい」
「始めてから二日目にしては天才的な飛躍だと思うぞ」
「お世辞はいらない」
むくれるルークに、エムリックは愛情を込めて微笑んだ。
淡い春色の瞳を見つめて頬を撫でると、ルークは真面目な顔で「今日はこれで終わっておくから」と自信なさげに言った。そしてエムリックの顎に軽く唇を当て、素早く才能たっぷりのキスをした。
エムリックは甘い刺激のなかで考える。
そう、確かに昔はよく想像していた。
ある日、運命を感じる相手と真実の恋に落ちるのだろうと。永遠に続く愛を誓い合い、なにも疑うことも不安に思うこともなくひとつになるのだと。
先ほどまで感じていた微かな不安もいまは消え去り、エムリックは長年手にしていなかった平穏を胸に抱いている。ルークに出会ってから、死のことよりも彼のことを考えている時間が多くなった。古代エルフの神々と戦うなんて、死と隣り合わせなのに。
これが真実の恋なのだとエムリックは確信していた。ロマンチストだと笑われてもいい。ただ自分の胸のなかで、この関係にちいさな金の銘板を付けたいだけなのだ。
ルークの手が触れる。触れられる場所すべてに熱い血潮が流れる。彼は望むものをすべて与えてくれる。エムリックに欠けているすべてを。
お前のためなら永遠の存在になることすら諦められると、エムリックは心のなかでささやいた。あの日、一緒に生きて欲しいと告白したルークに、エムリックは人生という盤上を覆されたのだ。
「エムリック」
呼吸の合間にルークが呼ぶ。
「明日は本を読もう」
唇が腫れそうだと言われ、エムリックはうなずいた。そして、愛しい唇にキスを重ねた。
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