ねぶくろ
2026-03-04 19:44:21
1918文字
Public Skeb
 

White sweet

Skebにて納品した作品です。

「これ、」
 出し抜けに突き出された包みに目を瞬いて、無徒むと嵩良たからは「ん?」と相手を見下ろした。
 人前に出る仕事だから手入れをしっかりしているのか、それとも単に素材が良いのか、いつ見ても見目の麗しい相手の男、──狭霧さぎり愛央あおは、整った顔を不本意そうに歪めて「だから、これ」と苛立ったように包みを嵩良の胸に突きつけた。
「お返し!」
……お返し?」
 何の? と手のひらに収まる小さな包みを受け取って、嵩良はゆるく小首を傾げた。百円ショップかどこかで購入したのだろう、愛想のない透明の袋には、いびつな形をしたクッキーが四枚ほど入っている。彼が不器用なりに手料理を作って押し付けてくるのは珍しいことではないのだが、甘い物というのが不可解だ。意図を汲みかねて目を瞬いていれば、愛央は沈黙に堪えかねたように口を開いた。
「お返しって言ったら一つしかないでしょ。嵩良くんってホントぼんやり生きてるよね」
 素直さを胎内に置いて生まれて来たのであろう愛央は、扇子で口元を隠していつものように憎まれ口をたたく。語りを生業としている落語家にしてはあまりに直球で捻りのない言い回しだと思うが、それを指摘すれば今度は扇子で叩いてくるので、口には出さない。
 嵩良はそよ風のような嫌味を聞き流し、受け取った包みを揺らした。
……ぼんやり生きてる俺に、何のお返しか教えてもらっても?」
 尋ねれば、先ほどまでの威勢はどこへ行ったのか、愛央は気まずそうに目を逸らした。「だから、お返しって言ったら一つしかないでしょ……」と歯切れ悪く呟いて、観念したのか開き直ったのか、嵩良へ尖った視線を向ける。
「バレンタインデーにチョコレート押し付けてきたのは嵩良くんでしょ。そのお返し! この俺が手作りしてあげたんだから、お礼くらい言ったらどうなの!」
 言いつつ、愛央はぺしぺしと、さして痛くもない扇子での攻撃を繰り出して来る。それを軽く手でガードし、嵩良は「あぁ……、」と納得しながらひと月ほど前の出来事を思い返した。

 愛央のそれとは系統が異なるが、嵩良も人目を惹く程度には端正な顔立ちをしている。それゆえ、異性からのアプローチを受けることも少なくない。バレンタインデーには十指では数えきれない量のチョコレートを貰ったのだが、──生憎と、嵩良はチョコレートを好まない。むしろ、嫌いだという自覚がある。
 そこで愛央である。彼は嵩良とは異なり甘味を好むので、貰ったチョコレートを一切合切押し付けた。押し付けられた愛央は、「嵩良くん宛ての本命チョコなんて要らないんだけど!」「得体のしれない他人の手作りなんて押し付けないでよ!」と散々喚いていたので、まさか律儀にお返しを作ってくるとは思わなかった。嵩良は貰ったものを横流ししただけなのだが、彼の中では『嵩良からのチョコ』としてカウントされているのだろうか。
 なんか言ったらどうなの、と相変わらずぺしぺしと弱い力が胸板を打つ。嵩良は「まさか天下の落語家様からお返しを貰えるとは」と愛央に視線を返した。流し目を意識したのは、一種の意趣返しだ。彼が嵩良の顔に弱いことは知っている。
 一見すればどこかの女神像かと見紛うほど綺麗な顔に不意を衝かれた油断を浮かべ、愛央が扇子の攻撃を止める。見惚れたのか何なのか、彼は絶句し、──不自然にひらいた間を繕うように、「ありがとうは!?」と嵩良を睨んだ。
「ありがとう」
 素直に謝辞を述べれば、感謝の言葉を引き出したことに満足してか、愛央が頬を緩めて腕を組む。傲然とした眼差しをスルーして、嵩良は「ところで、なんでクッキーなの?」と問いかけた。
「不器用すぎてチョコレートも溶かせなかった?」
「ば、馬鹿にしないでよね! そのくらい俺にもできるし!」
 煽れば覿面に効果が表れる。こういうところは素直なんだよな、と面白い気持ちで眺めていれば、愛央は相変わらず腕を組んだ尊大な格好で「嵩良くん、チョコレート嫌いでしょ。食べられないもの渡したってしょうがないじゃん」と言葉を重ねた。
 その言葉に、思わず「へぇ?」と声が零れる。嵩良は思わず頬を緩めて、愛央を見下ろした。こちらの態度を不審に思ってか、得意げだった表情を曇らせて、彼が「何笑ってんの?」と不機嫌に問いかける。怪訝そうに眉をひそめる愛央としっかり目を合わせ、嵩良は機嫌よく言葉を返した。
「アンタ、嫌いなやつの好き嫌いまでしっかり覚えてるんだな?」
 ありがとな、大事に食べるよ──と、意地悪く笑んで駄目押しのように重ねてやれば、天下の落語家様は返す言葉を失って、負け惜しみのように爪先を繰り出した。